復讐の始まり-11
「センセー。コレ、コウデイイか?」
「あん? おいおい……その持ち方だと手ぇ切るって言っただろ? ほら……手を猫にして、こうやんだよ。わかったか?」
「オイ、コウカ?」
「おぅ、それで合ってるぞ。まあお前耳とか尻尾から見ても猫っぽいし楽勝だろ?」
日が暮れて夜になると、外で作業していたレジスタンスたちはノアの地下施設内へと戻り、いつも通りに食事の準備を始める。今まで通りであればレジスタンスに所属する者が準備を整えていたが、獣牙族と協力関係を取るようになってからは、獣牙族の子供たちと、ノアの住民の子供たちを集めて調理を行うようにしていた。
防壁が出来るまでは獣牙族であっても危険なことには変わりはなく、さすがに大人たち全員とまではいかなかったが、子供たちと引率のために二人の大人たちがノアの地下施設内に入ることを許され、こうして飲食を共にしている。
そうしたのも、レジスタンスだけではなく、地下に住む住民たちも獣牙族に慣れてもらおうというタカコの提案があったからだ。大人は既に互いが危険であると認識しているため、慣れ合おうと思えば時間がかかるが、子供は大人に比べて先入観による警戒が薄い。
それ故に、子供同士で今のうちに信頼関係を築き、大人になった時に何も分け隔てなく協力し合えるようになるだろうとタカコは考えていた。
「おい獣牙族の分際で姉ちゃん占有すんなよ!」
「やめようよ……メリーお姉ちゃんも言ってたけど、そういうの良くないよぉ……」
「そうだそうだ! お前ら知ってるか? こいつらの尻尾とかすげえフワフワしてんだぜ⁉ 触ってみろってほら!」
「……オイ、気安ク触るナ!」
実際、狙い通り大人に比べていざこざは小さく可愛いもので、今のところ目立った揉め事はまだ一度も起きていない。むしろお互いあーだこーだ言いながらも興味をもって接し、スキンシップを図るくらいだった。
「おら! 相手の嫌がることはすんなって言っただろ! 相手が獣牙族だからって関係ないからな! 正直私もモフモフしたいの我慢してんだ! お前らも我慢しろ!」
「オ前ナラ、別に触っテモイイぞ」
「え? マジか? いいのか?」
「おい、姉ちゃんばっかりずるいぞ!」
また、子供たち同士で喧嘩が起きる前に、今のメリーのように大人たちが静止をかける。むしろ、子供たちに危害を加えられないか周りの大人たちがビクビクとしているくらいだった。
子供といえど獣牙族は人間に比べると大きな力を持っているため、やはり、獣牙族の傍に子供たちを置いているのが怖いのか、いつも不安そうな顔で大人たちは見守っている。
「オイ、オ前、切り方教えろ」
「ああ? もう姉ちゃんに教えてもらったの忘れたのかよ? 仕方ねえなあ、一回しかやらねえからよーく見とけよ?」
「ウン」
しかし、一週間もすれば慣れたもので、わからないことがあれば獣牙族の子供たちはノアの住民の子供たちに頼り、ノアの住民の子供たちも嫌な顔せずに素直に教えようとする。
「クルルお姉ちゃん。切ったんだけどこれで大丈夫かな?」
「わー! 上手に切れたねぇ! よし、じゃあ今度はこれを切ってみようか?」
「オイ、クルル、コッチモ切レタゾ」
「お? 手際いいね~! これなら人間の私よりもすぐに上手くなっちゃうね?」
また、仲が良くなる速度はさすが子供としか言いようがなかったが、メリーの存在とクルルの存在も大きくそれに貢献していた。
「メリーちゃんとクルルちゃんの周りっていっつも子供たちが群がってるわねぇ。メリーちゃんなんてお昼は外に出てないのに凄いわぁー……私のところになんて一切こないのに」
そんな子供に慕われる二人をどこか嫉妬しているのか、タカコが小指を加えながら羨望の眼差しを少し離れた場所で調理を行っている二人へと向ける。
「いいじゃない楽で? あたしからすれば、子供たちと一緒にやる調理はもうクーちゃんとメリーに任せればいいじゃんって感じだけど」
その傍らで、むしろありがたいと思っているのか、パルナは無表情のままジャガイモの皮をスラスラと切っていた。
「んん……あはぁん、大人が相手なら私たちも負けないのに……ねぇパルナちゃん?」
「え? う、ウン……ソウダトオモウ」
タカコのハートマークのエプロンにチラッと視線を向けた後、適当に言葉を流しながら、それでもパルナはジャガイモの皮を切り続ける。
メリーが子供たちに異常に慕われているのは、精神的な年齢が近く、子供たちが何を考えているのかメリー自身が分かっていて、接し方を知っているからというのと、子供たちからも大人に比べて近い存在であると思われているからだった。
クルルは単純に分け隔てなく優しく、母性に溢れているからというのが理由だ。
そんな中に混ざる危険な野獣の元に近寄るかと聞かれれば否としか答えようがない。
「まあ……あたしはあいつの方が以外だったけどね」
「あいつって……レックスちゃんのことかしら?」
タカコの言葉通りなのか、パルナは黙って頷くと、視線をホワイトボードに向かってバンバンと鞭を叩くレックスへと視線を向ける。
ホワイトボードには、物の名称や発音の仕方など、言葉に関する基礎的な知識に関して書かれていた。
「レックス、ワカリニクイゾ。もっとウチに優シク教えロ」
「ふざけるな! めちゃくちゃわかりやすく説明しているだろうが! っていうか何回同じところで躓けば気が済むんだ! いいか? もう一度だけ教えるぞ?」
教えを受けているピンク色の髪をした犬っぽい少女ペスも、まるでわざとかのように何度もしつこく質問をするが、レックスも投げ出さずに何度も質問に答えようとする。
「あの子って……子供? アリスちゃんくらいには大きいけど、地下施設内に入っても大丈夫なのかしら?」
「ちゃんと許可は取ったらしいわよ? なんか協力関係がどーとかで、あーやって教えないといけないんだって。まあでも絶対あいつ……下心あるわよ? あの獣牙族の子……服装も和服でちょっと見た目も可愛いし。本当にあいつ見境ないわね……流石チクビボーイ」
「あらあら何々? もしかして嫉妬しちゃってるのかしらパルナちゃん?」
「っば……! あたしがあんなムッツリに嫉妬するわけないでしょ? チクビボーイよチクビボーイ? それに相手は獣牙族よ? 常識的に考えてもらってもいいかしらタカコさん?」
パルナのジャガイモの皮を剥く速度が先程よりも倍速くなったの見て、タカコがどこか遠くおっとりとした表情になってため息を吐く。
直後、タカコはまるで遠い地にいる恋人を思うかのような優しい声色で「……デビッドさん」と、感慨深くつぶやいた。