復讐の始まり-10
レックスがそう言うと、思わぬ収穫とでもいわんばかりにペスは「オォ」と口を開いて尊敬の眼差しを向ける。だがすぐに、その視線はあさっての方向へと向けられた。
追ってレックスも視線の先へと向けると、そこには鏡がどこか苛立った様子で歩いている姿があった。
「師匠……? 地上に出てきたのか? 一体何をしているんだ?」
ピリピリとした空気が周囲を包み込む。ペスの犬のような耳と尻尾が逆立っていることからも、明らかに殺気立っているのがわかった。「一体何をしているのか?」その疑問は、鏡が所持していた武器の数々を見た瞬間にわかった。
右手に持っていたのはショートソードだった。左手には大剣を握っている。だがそれだけじゃなく、背中には二本の双剣。腰元には刀と呼ばれる日本古来より伝わるとされている剣が二本と、魔力銃器を入れてあるホルダーがぶら下がっている。
「あれは……武器か? 師匠が武器を持っているだと?」
一流の剣士が腰を抜かして逃げ去ってしまうような殺気を放ちながら、鏡は剣を地面に突き立てて目を瞑り、何かをジッと待ち始めた。
「アイツ……ヤッパリ凄マジイ。マルで隙がナイ」
ペスが息を飲みながら鏡を眺める。レックスにも、ペスが言いたいことは理解できた。どこから攻めても、恐らく一撃で葬り去られる。そんな気しかしなかったから。
「…………っな?」
暫くして、鏡の周囲を囲むように三体のモンスターが姿を見せた。
そしてその数体のモンスターは、現れた同時に、細切れになっていた。
何が起きたのか、何をしたのか、レックスの眼にはわからなかった。ほんの少し鏡がその場で剣を数回振ったかのような素振りは見えたが、それ以外は何をしたのか全くわからなかった。
「何をしたんだ……今? 制限を解除したわけじゃないよな?」
「ウチは見タ。アイツの剣かラ、透明ナ何カガ飛んデッタ」
鏡は制限を解除したわけではなく、ただ純粋に、自分の力を応用しただけだった。
鏡は自分が持つスキル『リバース』の力のせいで、クルルやパルナのように理を解して魔法を放つことが出来ず、レックスやデビッドのように気の流れと魔力の流れを制御して、ワザを発動することも出来ない。
だが、道具を使い、スキルの力を重ね合わせれば、それらに匹敵する力を発揮することができる。かつて、ヘキサルドリア国王、シモンに捕らわれたクルルを救出するために鏡が放った常識破りの一撃もその一つだ。
そこから応用し、鏡は自分で操作することの出来ない体内の魔力を乱暴に外へと放出し、スキル『反魔の意志』を使うことで表皮に溢れた魔力を強引に所持する剣へと流し込み、斬撃と共に敵へとぶつけた。今鏡が放ったのはそれだった。
「違う……これじゃあ駄目だ」
しかし鏡は、どこか満足していないかのように首を左右に振るとショートソードを地面へと投げ捨て、背中に刺していた二本の剣を抜いた。
そこから、同じように次々と自分が所持している武器の可能性を試しては捨てていく。
今まで鏡は、自分の成長に繋げるため、そして自分の速さを生かした攻撃を放つために素手で戦うことを選択していた。それは、対人戦においては自分の圧倒的な身体能力を駆使して相手を殺さないで勝利することも含まれていた。
「相手を殺すための……戦い方だ」
目の前で繰り広げられる鏡の慈悲のない戦いぶりを前に、レックスは頬に汗を垂らしながら、畏怖した様子で言葉を漏らす。
それは今までの鏡とは、明らかに違う戦い方だった。
相手の長所に真正面からぶつかり、己が経験にする戦い方ではなく、相手の長所を発揮される前に、問答無用で力でねじ伏せるやり方。素早く動く相手に対しては、脚を的確に魔力銃器で狙撃して動けなくし、すぐさま的確に急所を剣で一刺しする。
硬い甲殻を持つモンスターに対しては。大剣を使って強引に甲殻毎粉砕する等、相手の長所に対し、有効な手段で対処していく。
より、洗練された動きを生み出すために、鏡はそうやって色んな武器を試しては地面へと捨てていった。
「復讐のため……か」
鏡から溢れ出る殺気と、必死な形相を前にして。どうしてそのような戦闘スタイルに切り替えようとしているのか、何となくだったがレックスにはわかってしまった。
これからの戦いは、今までのようにどんな有効手段が通用するのかもわからない見えない敵を相手にするわけじゃない。明確に、同じ人間を相手にすることになる。
「クルルを救出する時に、師匠は武器を一度使ったことがあったが、あの時とはおそらく……違う理由で持ち出したのだろうな」
レックスの言葉通り、あの時鏡が武器を持ち出したのは、相手が武器を使用するだろうと見越してそれに対処するためだった。でも今回は、確実に相手を殺すため。敵を前に殺さないで済ますという生温い選択肢を捨てるために、鏡は武器を持ち出していた。
「アイツを参考ニスルトイイ…………アイツ、無駄がナイ」
「そうだな、……ずっと見てきたのに、気付かなかった」
ペスの言葉通り、鏡の動きには一切の無駄がなかった。今まで、その圧倒的な身体能力に焦がれて修行を行ってきたが、それだけでは鏡には追いつけないのだと、改めてレックスは鏡との実力差を実感する。
でも、レックスはその無駄を埋めるだけではやはり足りないと感じていた。
今の実力差を埋めさえすれば、鏡に少しは追いつくことも出来るのだろう。だが、それでも、あの圧倒的な力、相手を倒しきるだけの必殺の一撃を自分は持っていない。
ずっと昔に編み出した真・剛天地白雷砲も、かなりの威力を誇ってはいるが、結局それも自分のステータスにおける最大限の威力でしかない。結局、今よりも強い一撃を放とうと思えばステータスを上昇させる以外に方法がなかった。
「……無駄を除く以外にないのか? 僕がもっと強くなる方法は? 師匠にも負けない、師匠にも真似出来ないような強力な一撃を生み出す……」
言いかけて、レックスはハッとした表情を見せる。鏡にも真似することのできない力が、自分には確かにあったからだ。そして気付く、身体能力の向上にばかり目を向けていて、今ある自分の力の可能性に目を向けていなかったことに。
「師匠だけに背負わせるわけにはいかない。僕だって……役にたってみせるさ」
そう吐き捨てて、レックスは鏡の邪魔になる前にその場を後にし、新たな修行場所を求めて歩き始める。全ては、メノウと交わした約束を果たさんがために。
そんな鬼気迫る顔を見せるレックスのあとを、ペスは「人間、ヤッパ面白イ」と、上機嫌な様子でついていった。