復讐の始まり-9
言われて確かに、声を掛けられる前に一切の気配を感じなかったことにレックスは気付く。
「喰人族だけが、気配を消して忍び寄ってくるわけじゃないとでも言いたいのか?」
そんなこと、レックスにはわかっていた。わかっていたからこそ死角を作らないように、目で捉えてすぐに反応できる壁を背中に戦っていたからだ。
「言エバ、キリがナイ」
だが、見当はずれとでも言うように獣牙族の少女はやれやれと首を横に振る。
「背後カラ忍び寄っテテ壁を壊サレタラドウスル? オ前、モット音ト気配に敏感ナルベキ。喰人族デナイナラ必ズ、近付イテル奴カラ何カ、音出テテルキ」
余計なお世話だと言い返そうとしたが、レックスはぐっと堪えて「気配か……」と、目を瞑り、精神を研ぎ澄ませて周囲に何かが近付いて来ていないかを探り始める。
すると、獣牙族の少女の言葉通り、微かに周囲の生物たちが動く時に発せられる些細な音の数々が気配となって、まだなんとなくでしかなかったが、何かがいるのを感じられた。
「なるほど……精神集中による気配探りか。確かに今までの僕には足りてなかった部分だ」
「ソレダケ出来テモ仕方ナイケドナ、ソンナノ、基礎中ノ基礎ダキ」
「うぐ……」
呆れたような流し目を向けながら獣牙族の少女に向けられ、図星を突かれたことにレックスは少し落ち込んで身体をよろめかせる。
「なら……他はどうすればいい?」
しかし、レックスは特に強く言い返すことなく、例え口が悪くてもいいからと獣牙族の少女に助言を求めた。
今のレックスにとって、何と言われようが強くなれるのであれば、何だってよかったからだ。実際、獣牙族の少女は自分に足りてない部分を的確に言い当てた。それだけでも、ここは無下にあしらわずに堪えることができた。
「オォ……」
対する獣牙族の少女はどこか嬉しそうに意外そうな表情を見せていた。まるでこんな反応をされたのは初めてだとでも言うように。
「オ前、素直。ウチ、ソウイウ奴、スキ」
「というかお前は誰なんだ? その喋り方は何なんだ? ただでさえ片言なのに言葉に妙な訛りが入っているが……どういうことなんだ?」
「人間ニ元々興味ガアッタ。ウルガが人間ト和平ヲ結ぶズット前カラ。人間ヲ悪ク思ッテ無かっタノ、ウルガだけジャナイキ。この喋り方モ、人間ノ真似ジャ」
「元々人間と仲良くなりたかったってことか?」
レックスがそう聞き返すと、獣牙族の少女は張り切った様子で「ふんふん」と頷いた。
「今回ノ和平デ、人間ト話しヤスクなっテ、ウチ、ハッピー」
本当に嬉しく思っているのか、獣牙族の少女はピースをしてみせる。
「獣牙族の中にも変わり者はいるってことか……アリスみたいに」
「ウチから言ワセレバお前モ変ワッテル。お前、ウチが獣牙族って気付イテスグに警戒を解イタ。今も敵意がナイ。ソンナ奴、普通イナイ」
「元々僕は師匠に獣牙族は敵じゃないって言われていたからな。ピッタもいたし……そんなことを言えばお前こそ敵意を向けてなかったじゃないか? なら敵意を向ける必要はないだろう」
「オ前……イイ奴」
すると、獣牙族の少女はマンションの二階の窓から飛び出し、空中でクルクルと回転しながらレックスの目の前へと着地した。
「ウチ、ペス。お前は?」
「……僕はレックスだ。ペスって……名前か? 犬みたいな名前だな」
「レックス……ウン、覚エタ」
レックスが名乗ると、ペスは満足そうに笑顔を浮かべる。実際に降りてきてペスの全貌を眺めると、ペスはどこか人間臭かった。
というのも、服装が多くの獣牙族が着用している民族衣装のようなボロ布ではなく、身動きの取りやすい着物を着ていたからだ。その風貌はどこか、くノ一が休日に城下を歩き回る時に着ているかのような佇まいが醸し出されている。
子供っぽい容姿とは裏腹に、身長的に見ても年齢は十六歳くらいとアリスくらいには大人びており、いざ目の前に立たれると何とも言い難い照れくささがレックスを襲った。
「その服……着物か? 何でお前はそんなものを着用してるんだ?」
「人間ニ興味ガアルと言ったキ。皆は嫌ガルガ、ウチは気ニシナイ。街ニ落チテタカラ拾ッタ」
言葉通り拾ったのか、その着物は獣牙族が作ったとは思えないような色鮮やかで煌びやかな作りだった。また、動きやすさを重視しているのか着物が足を遮っておらず、ペスの生足が顔を見せている。これなら確かに動きやすさを重視する獣牙族でも着れるなと、レックスはペスの白く引き締まった脚に視線を落としながら「ふむ」と、納得したような満足した顔を見せた。
「それで……聞かせてくれ、僕が他に死ぬと思えるような根拠はなんだ?」
「レックス……一々動キニ無駄ガ多イ」
「無駄……だと?」
「ウチから見タラ、力任せに剣を振っテルヨウにシカ見エンキ」
言われてレックスは剣を構えて一気に振り切る。正直なところ、この動作に関してはずっと繰り返し行ってきた洗練されたものだとレックスは自負している。今自分でも確認してみたが、これ以上無駄のない剣の振り方をレックスには想像できなかった。
「初撃ハ別二問題ナイ。ムシロ完璧」
「じゃあなんなんだ?」
「攻撃ノ繋ぎ……無駄ガ多イ。剣を切り返シテ斬ればいいだけのタイミングで、ワザワザ一度下がッテ態勢を立テ直シタリとか、遠距離二いる相手をワザワザ放置したりとか。レックス……何か変な光ッタもの飛ばすワザ使ってた。何故先に使わナイ?」
「真……剛天地白雷砲のことか?」
ペスに言われてレックスは一考する。確かに、攻撃の繋ぎ方を考慮し、状況判断を素早く行って事前に対処することで、身体能力を超えるパフォーマンスを発揮することができる。
実際、クルルの召使いであるデビッドのように冷静に状況を読み取って繊細に対処する術を持っている者は、レベル以上の働きを見せることがあった。
「身体能力の向上ばかりに目がいっていたが……それを扱うための技術に目を向けていなかったな……このままじゃ、宝の持ち腐れってことか?」
鏡もデビッドと同じく、状況に応じて常に最善と呼べる一手を仕掛けてきた。普段、素手で戦うことで自分を追い込んでいるのもそのセンスを磨くためだったのだろうと今更ながらに気付く。
「試す価値はあるな。それに丁度いい……ペス、暇なら僕に付き合ってくれ。無茶だとはわかっていたが流石に一人は危険だからな。万が一は助けてほしい」
「……別にイイケド、条件ガアル。休憩の時デモイイからウチに人間の文化、教エロ」
「構わんが……もう和平は結ばれてるんだ。僕が教えなくてもレジスタンスの連中が教えてくれるだろう? わざわざ僕からじゃなくてもいいんじゃないか?」
「ソンなの最低限ノ教えダ……ソレに、アイツラマダマダ敵意剥き出し。居心地悪イ」
真剣に言っているのか、眼差しを真っすぐに見据えてくるペスに思わずレックスは苦笑し、やはりどこかアリスに似通っている部分があると、改めて無害なことを認識する。
「っふ……いいだろう。ついでに言葉も教えなおしてやる。独学なのかはわからないが、その片言な喋り方は聞き取りにくすぎだ。せめて、まともに会話が出来るようにくらいはならんとな」