復讐の始まり-8
長い修行を経て214ものレベルに到達したレックスは、戦いの日々を過ごす過程で、自分の力が確実に伸びていく感覚を知っていた。それ故に、この世界で戦いを繰り返す度にアースクリアという世界の恩恵を実感していた。
まるで強くなった気にならないのだ。いくら戦っても劇的な肉体の変化は発生しない。アースクリアの時に行っていた筋トレ程度の微々たる変化しか感じられなかったのだ。
「アースクリアに戻るか? いや……そんな時間もない。そんな……余裕もない」
鏡自身、この世界で一年も過ごしていたのに、身体能力が上がったのか自分でもわかってないかのような口ぶりで話していた。それだけ、この世界で得られる成長が実感し難いものなのだろう。
「だが……師匠は確かに、……元々凄すぎてわかりにくくはあったが、以前よりも確実に……強くなっていた」
バルムンクとの戦いのときに見せた鏡の全力。そこに二人存在しているかのように浴びせた二点同時攻撃、目にもとまらぬ殴打の嵐、自分たちがいくら暴れてもびくともしなかった壁を粉砕したその腕力。それらから総合的に見て、確実に鏡がアースクリアにいたころより成長しているのを感じた。
そう感じたのも、自身が以前より成長していたからでもある。レックスは鏡に追いつこうと努力を重ね、レベル214まで辿り着いた。だからこそ、鏡と再び相対した時、力の差を狭めたことからあとどれくらいの努力を重ねれば鏡に追いつくことが出来るか感じ取ろうとしていた。
でも、まるで狭まった気がしなかった。
昔よりも速くなり、今であれば鏡の速さを眼で捉え、ギリギリ対処することくらいはできると考えていたが、何も見えなかったのだ。
少しは追いついた感覚はあった。だが、それは思ったほどではない。
つまり、鏡は確実に昔よりも強くなっている。再び離されたと実感できるくらいに。
「だが、どうやってだ? とてもじゃないが、ここでいくらギリギリの戦いをしても……強くなった気がしない。経験値……いや、ステータスという概念が存在しないこの世界で強くなるにはどうすれば?」
悩んだ末、鏡に聞こうかどうか迷ったが、答えが返ってこないのはわかりきっていた。鏡には自覚症状がないからだ。となれば、自力でその道を探し当てるしかない。
「れ、レックスさん……そろそろ戻りませんか?」
「ごめんなさい……私の魔力も尽きてきて…………これ以上の回復は」
出る際に連れてきた同じく強くなることを志すレジスタンスの構成員四人が辛そうな表情をしながらレックスに声を掛ける。さすがのレックスも、回復役がいない状態で戦い続けるわけにもいかず、ギリッと歯を噛みしめながらも頷いた。
こういう状態になるほど、鏡の自動で回復するスキルが羨ましくなる。ただでさえ時間のないこの状況下で、休んでいる暇が惜しく思えてしまうからだ。
「みんなは……先に戻っていてくれ」
だが、そんな私情を他に押し付けるわけにもいかず、レックスはレジスタンスの構成員にそう告げると背を向ける。
「いやいや、さすがに置いていけないですよ! ここは地上なんですよ⁉ 喰人族に襲われでもしたらどうするんですか⁉」
「地上と言っても、ここら一帯は獣牙族やレジスタンスが一掃してくれたおかげで敵の数も少ない……一人でも大丈夫だ。喰人族も……俺なら対処できる」
「ですが……複数同時に出てくる可能性もあるわけですし。危険すぎます」
「構わん。行ってくれ、ここで死ぬくらいならきっと師匠の役にはたてない」
「……死なないでくださいよ。一応私たちに代わって誰かこっちに来れないか、当たってみます」
「すまない。よろしく頼む」
レックスの確固たる意志が見えたのか、レジスタンスの構成員はそれ以上何も言わずに引き返した。残されたレックスは、死角から喰人族に襲われないようにビルやマンションなどの建物を背に敵が出てきたときに備える。
「そうだ……ここでモンスターや異種族に倒されているようじゃ……」
それ以上の力を持った相手を前にしたとき、自分は何も役に立たない。それを、メノウを失った一件でレックスは思い知った。
メノウ失った時の悔しさを二度と受けないように、自分よりも格上の人間、それも複数を相手にできる強さを手に入れなければならない。そう感じていた。
「何が……僕たちに頼れだ。どの口で言っていたんだ僕は!」
何よりも、鏡に対して申し訳なかった。折角頼ってくれたのに、その結果メノウを失うことになってしまった。その責任を、鏡に与えてしまった。自分たちの浅はかさのせいで、今、鏡に辛い想いをさせてしまっている。
「もっと……もっと強く。もっと速く、強力な一撃を!」
「…………自殺行為」
レックスがビルを背に、迫りくるモンスターを倒している最中だった。突然、レックスの頭上からボソッと囁くように声が聞こえてきたのは。
「誰だ?」
あまりにも唐突な声掛けに、眼前に迫ったモンスターを薙ぎ払ってすぐさま視線を上へと向ける。するとそこには、マンションの二階の窓から、ピョコッと見下ろすように顔を出した獣牙族らしき少女がいた。
ピンク色のセミショートの髪から生える犬のような垂れ耳、パッチリとはしているが、どこか表情の変化の乏しい目元、小さく筋の通った鼻と口元は、気品のある貴族を連想させた。
そんな獣牙族の少女が、ジーッと興味津々な様子でレックスを上から見下ろしている。
「後ろ、来テル」
「そんなのはわかっている」
獣牙族の少女が上から指摘をすると、レックスはさも当たり前かのように視線を逸らさないまま、身体を捻って剣を振りぬき、丁度飛びかかって来ていたモンスターの胴体を切り裂いた。
「オォ」
少し予想外だったのか、獣牙族の少女は表情を変えずにそれだけ呟く。
「お前……話しかけてきたということはウルガのところに所属している獣牙族か? 何の用だ? 自殺行為とはどういう意味だ?」
「オ前……コノママここにイタラ死ぬ。ウチにはワカル」
「……何だと?」
「ウチに気付カナカッタ時点で、オ察し」