復讐の始まり-7
「まあいいや……ちょっと俺も出掛けてくる。ここは引き続き頼んだぞ」
何かを隠しているかのような一同の素振りに疑問を抱きながらも、鏡はそう言って手をひらひらと動かし、まだ作りかけ途中の防壁を超えて外へと向かう。
「出掛けるって……あんたどこに行くつもりよ?」
あまりにも突然の行動に、思わずパルナが慌てて鏡の腕を掴んで引き留める。すると鏡は、心配しなくても良いというように、振り返って不敵な笑みを浮かべた。
「ちょっと身体が鈍ってるからならしに行こうと思ってな。それと、セントラルタワー以外にもロシアに行くための何かがないか探しに行く」
「一人で行くつもりなの?」
「むしろ一人でいい。何も気にしなくていいからな」
まるで自分たちが一緒に行けば、死のリスクを気にしなければいけないとでも言わんばかりに鏡は言い切ると、そのまま防壁を超えて旧市街へと向かっていった。
「あいつ……まあ、あたしたちが行くとお荷物になるのは確かだけど、あんな言い方しなくてもいいじゃない」
「それだけ、私たちに死んでほしくないんでしょ。今の鏡ちゃんに出来る精一杯の気遣いなんだと思うわ。それに鏡ちゃんなら一人でも大丈夫でしょう。朧丸ちゃんとピッタちゃんがいたとはいえ、ずっと一人でアースの世界に居続けたのだもの」
「そこに関しては心配してないわよ。なんていうか……どんどん離れていってるっていうか」
タカコの言葉通り、鏡の実力は認めていた。だがもしかしたら、近い将来再び一人でまた無茶をするのではないかとパルナは懸念していた。
いつだって鏡は一人で無茶をしてきた。この世界に来てから鏡が自分たちにも任せるようになってくれたのは、自分たちが任せても大丈夫だと認めてくれていたからだ。
でも、その結果メノウを失ってしまった。そのせいで再び、失うことを恐れて誰にも任せず、一人で無茶をしないかを不安に感じていた。
「もし、また一人で無茶をしようとした時は、ボクたちが全力で止めればいいよ」
鏡が去っていったのを見て、アリスが隠れていた場所から顔を出し、迷いのない真っすぐな表情でハッキリとそう言い切る。
「パルナさんが言いたいこともわかるけど、それならこっちも遠慮することなんてないよ。鏡さんは死のリスクを恐れてボクたちに動かないように指示をして、一人で無茶をしようとするけど……死のリスクは誰にだってある。鏡さんにだってあるんだよ」
「……アリス」
「なら、鏡さんがボクたちを止めるように、ボクたちにだって鏡さんを止める権利くらいあるはずだよ」
つい先日にメノウを失ったばかりで、自分に置かれている状況もいつ死ぬかもわかった状態でないにもかかわらず、毅然とした態度を見せるアリスを前に、パルナは思わず苦笑してポンッとアリスの頭に手をのせる。
「あのちみっこが随分と立派になったもんよねぇ……前々から、あたしなんかよりずっとずっと立派だったけどね。死ぬのが怖くないの?」
「死ぬことに対する覚悟はこの世界に来る前に済ませてる。メノウが……死んじゃったのも同じ。ここでボクが悲しんで立ち止まってたりしたら……それこそメノウに顔向けできないもん」
「そっか」
感極まってパルナは思わずアリスを胸元に寄せて強く抱きしめ、「それでも無茶はしないように」と言葉を添える。「なんかおばさんくさいよパルナさん」とアリスは苦笑いを浮かべるが、無論その言葉をパルナが許すはずもなく、そのままアリスの首を締め上げて「ほぅ?」と、どこか影のある笑みを浮かべた。
「……強いノダナ、人間モ」
「あら? 獣牙族のウルガちゃんから見てもそう思えるのね」
「仲間トノ結束は我等ニハナイ強ミダ……我等ハすぐニ切り捨テルカラな」
そんなアリスとパルナを見てウルガが感慨深く言葉を漏らす。そんなウルガにタカコはポンッと肩を叩いてニッコリと笑顔を向ける。
「変われるわよ。仲間だもの」
「ソウ……カ、なら、我等モ変ワルためノ努力ヲしヨウ」
そんなタカコの言葉に、ウルガは満足したと言うように少しだけ笑みを浮かべ、再び防壁を構築するための作業の指示へと戻るため、獣牙族たちが密集する場所へと向かって歩いていった。
「……これじゃあ。駄目だ」
ノアから少し離れた場所にある、廃棄されて苔や雑草がびっしりと生い茂ったマンションやビルが並ぶ旧市街地の道路上で、山のように積み上げられたモンスターの死骸を前にレックスがそうつぶやく。
「技だけじゃ……駄目だ。単純な力、速さ……それがなければ……」
レックスは再び苦悩していた。己が力の限界を前に。