復讐の始まり-6
「……ティナとレックスは?」
「地下にいたのにティナちゃんのことも知らないのね」
「言っただろう? セントラルタワー内に籠りっきりだったって」
素っ気なく言葉を吐いた鏡を見て、タカコが少し呆れた様子で溜息を吐く。同時に、少しだけ悲しくなった。いつだって鏡は仲間のことを考えて行動していた。なのに、今はその仲間に対して目を向けず、仲間を奪った者への復讐に憑りつかれている。
「ティナちゃんならまだ塞ぎこんでると思うわ。メノウちゃんのことを随分と慕っていたみたいだし、それに、元々メンタルの強い子じゃないから……。ここに来て、ショックなことが重なりすぎて疲れちゃったんでしょうね」
「そうか……早く元気になるといいな」
その答え返しにタカコは思わず心の中で「それだけ?」とつぶやく。
何かが変わってしまった。たった一つの出来事で。確かにそれは重くて辛い出来事ではあったが、鏡がこうまで周りへの関心が無くなってしまうとはタカコも思っていなかった。
本人は何も変わっていないと主張しているが、明らかに以前の鏡とは何かが違う。
どうしてしまったのか? それを知る由はなく、タカコは悲し気な表情で「……そうね」とだけ答え返した。
「レックスなら、今頃何人かアースクリア出身のレジスタンスの連中を連れてどっかふらついていると思うわ」
「ふらついてる? ノア内をか?」
「ううん、地上。アースクリアにいた時みたいに肉体の進化やスキルの習得は出来ないけど、今より強くなる方法が必ずあるはずだって、止めたけど行っちゃったわ。同じ強くなることを望んでいた連中と一緒にね」
レックスもレックスで、不安定な状態ではあったが、鏡ほど自分を見失ってはいなかった。改めて自分を見つめた上で、メノウとの約束を果たすためにもっと強くなろうとしていた。
行動が極端なところがレックスらしくはあったが、それだけメノウを失ったときに力不足を感じていたのだろう。
「ところで……アリスちゃんのことは聞かないのね」
「あいつに……何もするなって言ったのは俺だからな」
タカコの質問に鏡は顔を背けて答え返す。
メノウを失ってから、鏡はアリスにすぐにアースクリアへと引き返すように言った。
だが、引き返すにしても、アースクリアへと戻るために装置を動かす技術を持っているのは來栖以外に存在せず、結局戻ることが出来ないため、アリスはいつ体内の魔力が無くなって消えるかもわからない状態でノアの地下施設内で暮らしている。
ただし、鏡の命令で体内の魔力を消費してしまわないよう、何もせずにジッとしているように言われた状態で。
『何もするなって……言わなかったか?』
一度、自分にも何か出来ることがあるはずだと、アリスは鏡の指示に逆らって物資調達に参加したが、それに対して鏡は静かに激怒した。
それがアリスのためだとはわかってはいても、その時の鏡はとても冷たく、今まで一度たりとも自分に対してそんな表情を見せたことがなかったのか、アリスは落ち込んだ様子で与えられたノア地下施設内の自室へと閉じこもった。
「顔はちゃんと見せに行ってるの?」
「ああ……ボチボチな。アースクリアに戻るまでは窮屈な思いをさせることになるけど、たまに顔を見せにいかないと。またこの前みたいに勝手をやってるかもしれないからな」
「手伝うくらいいいじゃないの。要は魔法を使ったりして体内の魔力を消費しないようにすればいいんだから。それなら普通に生活してるくらい問題ないじゃない」
「何があるかわからないだろ? メノウの件だってそうだ……俺は甘く考えすぎていた。万が一があれば、いくら手伝いだとしても魔法を絶対に使う。アリスはそういうやつだ」
アリスをよく知っているからこその言葉ではあったが、結局はそれも自分のためであった。自分の目的のために、アリスを閉じ込めているだけ。アリスを失うことを恐れて、でも自分のやりたいことは通す、そんなただの我儘。
「ま、それもそうね」
それでも一応はタカコたちもその意見に賛成ではあった。無理をして散らしてほしくないというのは同じ気持ちだったからだ。
だがそれは、鏡ほど厳しくはない。
「……さっきからどうした? なんか妙にそわそわしてないかお前?」
「え? いやいやそりゃあんたの勘違いでしょ。何よあんた、あたしをそんな見て……あたしに気でもあるの?」
「…………ハンッ」
「あ?」
わざとらしくウィンクをしてみせたパルナを鏡は鼻で笑う。
パルナが先程からそわそわと視線を右から左へと動かしたり、帽子を深く被って咳払いをしたりしているのは、鏡の背後すぐ近くに、アリスが隠れているからだった。
現在アリスは、パルナの指示に従って鏡の背後にある木箱に隠れながらこちらの様子を窺っていた。若干、見つかってはいけないというこの現状のスリルを楽しんでいるのか、猫のような口元を妙ににやついた顔を浮かべている。
アリスは、メノウが死んでも塞ぎ込むことはなかった。メノウは自分の中に生きている。メノウの想いを継いでここにいる。だから出来ることをしようと、クルルと同じように前へと進もうとしていた。周りに迷惑がかからない範囲で、自分に出来ることをしようと。
鏡はそれでも何もせずにいることを望んだが、手伝いくらいならば良いだろうというのがタカコたちの考え方だった。
故に、こうして鏡の目を盗んでは手伝いに来ることを承諾していた。ちなみに、その間の代役として、レジスタンス内に所属していた者にベッドの上で顔が見えないように寝るように指示してある。
現状、不安定な状態の鏡はアリスがその部屋にいる程度しか確認しない。本人も、アリスに少し避けられていると感じているのか、ベッドに近付いて顔を確認しようともしないため、今のようにばれずになんとか誤魔化せている。
さすがのタカコも、鏡に怒られたばかりにも関わらず大胆な行動に出たのには驚いたが、むしろ前を向こうとしてることに安心し、こうして悪戯めいた行動に一枚嚙んでいる。