復讐の始まり-4
危険が完全になくなったわけではなかったが、それでも今のところ誰も死傷者を出さずにこうして外で増築の工事を行えているのはピッタの力によるところが大きかった。
「お父……見直したです?」
「見直したも何も、元々認めてるしな……とりあえず頑張ってるな、偉い偉い」
褒めてと言わんばかりに鼻息を荒くしていたピッタに称賛を送ると、ピッタは満足したような顔で「この後も……任せるです」と、柔らかい笑みを浮かべる。
「あら、あんた来てたのね」
その時、少し疲れの見える顔色のパルナが姿を現す。
ずっと動きっぱないだったのか、熱そうに脱いだ帽子をパタパタと仰がせながら顔を見せるなり軽く溜め息を吐いた。
「大変そうだな。随分と疲れてるみたいだが?」
「そりゃそうよ。まだ獣牙族との共存なんて無理とか言っちゃってる奴等が多いせいで、効果的な防壁や、建築方法の知識のある人手がまるで足りてないんだから。あたしだって専門分野じゃないってのに王国の図書館で少しかじったからってこうやって引っ張りだされるくらいなのよ?」
「みんなそのうち協力するようになるさ、アースクリアの時もそうだっただろ?」
「まあそうだけど、気持ちの問題よ気持ちの問題。というか技術に関してはこっちの人たちの方が上でしょうに、あたしたちが作る防壁なんかで大丈夫なの?」
「ないよりはマシだろ? それに、獣牙族は元々そんなのない状況下でも生き抜いてこれたんだ。あるだけでも全然違うとは思うぞ? どっちにしろ。食糧確保のための土地の拡大は必須だろうし、スピードを求めるならアースクリアの技術だけで充分だろ」
「本当かしら……あたしと同じ理由で引っ張り出されてるクーちゃんはよくあんなに働けるって思うわ。もしかしたら無駄になっちゃうかもしれないのに」
パルナが指差した先には、獣牙族とレジスタンスの双方に指示を出し、テキパキと働くクルルの姿があった。設計図のような物を片手に事細かくそれぞれに指示を出し、外敵から身を守るための防壁をせっせと作っていた。
それだけじゃなく、懐いているのかピッタくらいの獣牙族の子供四人が、クルルのあとをかいがいしくついて回っていることから、まだ寝泊りする場所や食料の確保もままならない獣牙族の面倒を見ているのが窺えた。
「そういえばこの一週間、地下で見ないなーと思ったらずっとここにいたのか。働き屋さんだな」
「まあ……働く理由はわからないでもないけどね。あの子……一番最初に捕まって何も出来なかったことを悔いてるみたいだし。何もしてない時に考えちゃうのが嫌なんでしょう。ああやって忙しく働くことで忘れようとしてんのよ」
「……かもな」
一週間前に起きたことを思い出してか、パルナは少し表情を暗くする。
パルナの言葉通り。クルルは、最初に自分が捕まってしまったせいでメノウが殺されてしまったと悔いていた。無論、それは防ぎようのなかったことで、クルルが捕まっていなかったとしても同じ運命を辿っていたことには変わりなかった。それでも、魔力が尽きれば消えてしまうことに気付いてあげられなかったこと、何もしてあげられなかったことを悔やみ、落ち込んでいた。
だが、クルルは既に立ち直っていた。
「あら? こっち見て手を振ってるわよ。案外考えすぎかもしれないわね」
その時、鏡の姿に気付いてか満面の笑顔を浮かべてクルルが手を振った。まだまだ忙しい状態なのか傍には寄らなかったが、その顔はパルナの懸念とは裏腹にいきいきとした表情をしていた。
クルルは、悔やんでいても、落ち込んでいても、もうメノウは戻らないとわかっていた。ならば、メノウが最後に託した願いを叶えるのが自分の使命であると考え、少しでもその目的のために前進しようと出来ることから全力で働いているだけだった。
「しっかしめちゃくちゃ懐かれてるわねクーちゃん……ピッちゃんが最初に懐いたのもクーちゃんだったし、やっぱ子供って優しい女性が好きなのかしらね?」
「いや、俺に言われても知らねえよ。何で俺を見るんだよ!」
「幼女ハンターって呼ばれてるくらいだが子供の扱いは詳しいのかと思って」
「なんでだよ。……っていうか、お前はもう大丈夫なのか? 初日はかなり塞ぎ込んでたみたいだけど?」
「そりゃ一日はどんな奴でも塞ぎこむでしょうよ。あたしはまあ……初めての経験じゃないし、メノウのことをちゃんと考えてあげるなら、さっさと前に進むべきじゃない?」
そうは言いつつも、まだメノウ失ったことに対する悲しみを拭いきれていないのか、パルナは引きつった笑みを浮かべる。だがそれでも、乗り越えようと努めているのがわかり、鏡はその表情に対して何も言わずにただ一言だけ、「そうだな」とつぶやいた。
「あんたはどうなのよ?」
「お前と一緒さ、くよくよ悔やむより次のことを考えて行動に移す方があいつのためになる。とっととレジスタンスと獣牙族が協力し合って暮らしていける地盤を固めてロシアに行かないとな」
吹っ切っていると言いたいのか、鏡は表情を変えないままに淡々と告げる。
「……そ、ならいいけど」
パルナはそんな鏡の表情にどこか不安を感じていた。吹っ切れたというより、最早ロシアに行くこと以外に興味がないかのような、まるで復讐に取りつかれているかのようだったからだ。
もしかしたら、一番現実を受け入れられていないのは鏡なのかもしれない。だがそれを知る由もなく、どこかで先走った真似をしないかどうかだけパルナは気にすることにした。
「ところでご主人、ロシアにはどうやって向かうつもりでござるか?」
「ビックリした! あんた……いつも急に現れるわよね」
「きゅ……急に現れたからって突然鷲掴むのもどうかと、おも、思うで……ぐぁぁぁ!」
突然鏡の頭にピョコッと現れた朧丸を、パルナがすかさずガッと掴み取る。実は内心そんなに驚いてはいなかったが、反応が面白かったのでパルナは少しだけ強めにギュッと抑えつけた。