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LV999の村人  作者: 星月子猫
第四部
231/441

己が意志-5

「……ぬ、ぬぉおおおお⁉」


 直後、バルムンクは叫んでいた。仮に、スキルの力で守ってもらえるとわかっていながらも、自分が認識できない速度で突然目の前に現れた鋭い眼光を放つ、黒い服を身に纏った鏡が、まるで死神のように見えたから。


 鏡はすぐさまバルムンクに殴打を浴びせると、瞬時に今度は背後へと回り、背中へと殴打を浴びせる。それが終われば今度は側面へ、それが終わればその反対側へ、残像が生まれるほどに速く、バルムンクの周囲で黒い死神が踊りまわる。


「ふ……ふははは! 何だ? 威勢だけか? 結局何も出来ないのではないか? 無駄だ! 俺のスキルは全ての力を受け流す!」


「知ってるよ。お前がベラベラ喋ってくれたからな」


 鏡の動きを捉えることは叶わず、反撃には出られなかったが、それでも周囲をひたすらに動き回り、殴打を浴びせるだけしかしない鏡を見て杞憂だったかとバルムンクは安堵する。


「…………ッ⁉ ごぼ⁉」


 だが、変化はすぐに訪れた。


「待ってろ、今超えてやる……俺の限界を……速さの限界を……今!」


「なんだ……どういう……?」


 このままいけば、鏡の制限解除の力が消えた瞬間に反撃に出て勝てると思っていた。しかし気付けば、バルムンクは口元から血を噴出させ、足元がふらつくほどに疲弊していた。


「ば、馬鹿な⁉ 俺にダメージが通るはずが、通るはずがな……」


 そこまで言いかけて気付く。激しい痛みが、自分の内部から発生していることに。そしてもう一つ、鏡に目の前で殴られたと思ったら、ほぼ同時に近いタイミングでその背後を殴られていることに。鏡が周囲を動き回る速度が明らかに上がっていた。


「通るはずがない……そう思ってるのはお前だけだ。お前のスキルには弱点がある」


「弱点……だと?」


「お前のスキルは、正面から受けたダメージを背後に流すだけだ。なら、背後と正面で同時に衝撃を与えれば、その衝撃はどこに受け流す?」


 言われて、バルムンクは言葉を失う。その弱点の存在は、自分でも知っていた。でもそれは、相手が一人の場合、全く気にする必要のない弱点のはずだった。


 例え、二人の敵を相手にした時も、持ち前の戦士としての体力と防御力を駆使してその弱点が突かれたとしても対処してきた。正面と背面を同時に攻撃させない方法なんて、いくらでもあったからだ。


 でもそれは、自分が対処しきれる速度で動く相手に限る。


 今目の前に立っている村人は、たった一人で、自分が対処しきれない速度で、正面と背面を同時に攻撃してきている。恵まれない役割で戦い続けたが故に磨かれた戦闘センスを駆使し、的確に弱点を、反応出来ない速度で。


 仮に、自分にダメージを与えようと思うのであれば、普通は絞め技やガスなどによるダメージを狙ってくるのが常套手段。だがそれらは決定打に欠け、更に体格の大きなバルムンクであれば対処の仕方も複数考えてある。それをわかっていてか、あえて目の前の男は、両面を殴るという荒業を行ってきた。


「お前の敗因は、俺にそのスキルの効果を喋ったことだ。からくりさえ分かれば、対処できる」


 最早、バルムンクには鏡のその声がどこから発せられているのかわからなかった。


 視界に映ったのは、鏡が生み出した無数の残像。風を切る音がバルムンクの耳を突き、一体いつ攻撃を仕掛けられるかわからず、バルムンクは身構える。


 動かなかったのは、その速度から逃げようがないと瞬時に判断したからだった。


 そして思い知る。鏡とバルムンクの間にある圧倒的な力の差を。


「馬鹿な……馬鹿なぁあぁぁああ!」


 風を切るだけではなく、何かをえぐりつけるように殴った音が空間内に響き渡る。それも一度ではなく、何度も、徐々にその回数を増やしていく。


 手出しも出来ず、周囲から打ち込まれる無数の殴打を前に、バルムンクは成す術もなく、圧倒的な力を前に『殺される』という恐怖を直面にして叫び声をあげた。


 それは最早戦いとは呼べなかった。歴戦の戦士であるレベル200を超えるバルムンクがただ喚き叫び、終わるのを待つことを願う以外にすることのない、ただの『暴力』。


 前方から殴りつけられたと思えば、すぐさま背後から殴りつけられ、受け流されなかったダメージが内部で爆発するかのように痛みを訴える。ここ数年、ほとんどの大きなダメージを受けて来なかったバルムンクが久しぶりに体感する絶望的な痛み。それが、一発ではなく、何度も何度も繰り返される。


 そして、殴れば殴るほど、鏡の速度は怒りに呼応するように成長を遂げ、更に限界を超えて速くなっていく。


 一撃、十撃、百撃、千撃。この永遠にも思える数分の地獄の間にどれだけ殴られたか、バルムンクに考える余力は既になかった。頭部、腹部、背部、胸部、腕、足、全身が殴り続けられる。自分の身体がまだそこにあるのか不安に思ってしまうほどに。


 動くことも出来ず、ただ目の前で高速で自分の周囲を舞い続ける死神を見ていることしか出来ない恐怖。自分のスキルを発動していても、蓄積されていく全身の痛みが、バルムンクの戦意と、戦士としての自信を喪失させていく。


 たった一秒の間に、全身に何十撃も攻撃を加えられる恐怖。それは、速さの限界の限界を超えた、鋼鉄をも砕く拳を持った男が放つ、一発一発に小隕石が衝突したかのような衝撃が込められた、力尽きるまで何度でも続く逃れることの出来ない殴打の嵐。



 絶対破壊(死の宣告)



 激しく続く殴打の連撃の途中、バルムンクは遂に耐えきれなくなり、内部へのダメージを受け続けるよりも、殴り飛ばされた方が遥かにマシだとスキルの効果を解除し、鏡に勢いよく壁に叩きつけられる。


 だが、鏡は止まらなかった。壁に打ち付けられたあとも、まるでサンドバックを殴るかのように執拗にバルムンクを殴り続けた。慌ててバルムンクは再びスキルを発動させるが、バルムンクの力で壁から抜け出すことは叶わず、殴打の雨を、壁を背に正面から打ち込まれ続ける。


 殴りつけられた時に生まれる壁に向かって吹き飛ぶ力により、バルムンクは地面に足をつけることも叶わず、粉砕機を押し当てられ続けているかのような鏡の殴打の嵐を受け続けた、


 正面から受けるダメージをスキルによって背後へと流しているが、先に受けたダメージがあまりにも大きく、バルムンクは意識を少しずつ薄れさせる。もう、目の前に存在する悪魔を見ていられなかったから。これ以上目の前で自分を未だ殴り続ける存在を視界に映したくないという本能的な要求が恐怖によって生み出されたからだ。


 そして薄れゆく意識の中、怒りがままに目の前で拳を奮い続ける悪魔を見て、バルムンクは後悔する。『これを敵に回してはいけなかった』と。


「鏡さん……もういい、もういいよ! それよりもメノウが!」


 バルムンクの意識が途切れかけた刹那、アリスの叫び声が響き渡る。同時に、鏡はハッとしたような表情を浮かべてピタリと殴るのをやめ、すぐさまバルムンクの胸倉を掴んだ。


「言え……メノウを助ける方法を! 今すぐ! じゃないと……お前を俺が殺す!」


「ぅ……無駄だ。魔力を既に排出した検体に注ぎ込むことは出来るだろうが……その技術を知り、それが行えるのは……來栖だけだ」


「來栖が……? おい、來栖は今どこにいる⁉」


「無駄さ……來栖は……お前の目の前に現れない。そして目的のためなら俺たちなんて簡単に切り捨てられる。俺たちが……今までそうしてきたよう……に」


 そこまで言うと、バルムンクは気を失わせた。


 最早どうしようもなくなった現状に鏡は苛立ち、拳を地面へと打ち付ける。だが鏡は諦めずに立ち上がり、メノウの傍へと駆け寄った。

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