そんなものに、なんの価値がある?-13
「今まで攻めてこなかったのは魔王の意志だろ? でも今回攻めてきた。なら、それは魔王に何かあったか、魔王に何かしらの心境の変化があったって思わないか?」
「そうかもしれませんが……例えそうであったとしても、魔王が敵であるということは変わりません。どんな変化があったのかはわかりませんが、攻めてきたのは事実です」
クルルの信念の籠った眼差しを見て、鏡はまあそうだよなと、どこか遠い目をしながら上空にいるヘルクロウを見つめた。
そう簡単には人の考え方は変わらない。それを鏡はよく知っている。だからこそ色々諦めてきたし、たった1人で戦って、自分の目的のためだけにお金を集め続けてきた。
理解を得られないから、自分の境地には決して辿り着けないから。
鏡は改めてそれを実感する。
「……まあ、そうだな。魔王は敵だよ、間違いなく人類にとってのな」
その言葉に、アリスの表情が少し曇る。だが鏡は、安心させるかのように手をアリスの上に置くと言葉を続けた。
「だから魔王はお前達が倒せばいい、魔王は元々倒す予定でいればいいんだよ。でも、今回攻めてきたあいつらが魔王と一切関係無かったらどうする?」
「今攻めて来ている魔王軍が……魔王と一切関係ない?」
無論、今回攻めて来ている魔王軍が、魔王と何かしらの関わりがあるとわかった上での発言だった。だが同時に、違和感も覚えていた。今まで人類を攻めてきたことのない魔王が、初めて攻めてきたという事実に。
「魔王の威光を借りて暴れているだけかもしれないし、魔王に恨みを持っている同族の魔族が、人間に急いで倒させるように仕向けているかもしれないし、只の罠かもしれない」
「……で? あんたは結局何が言いたい訳?」
もったいぶった喋り方をする鏡に痺れを切らし、溜め息を吐きながらパルナは睨みつけるように鏡に視線を合わせてそう言った。
「倒すんじゃなくて、捕えて聞きだすんだよ。力を示すよりも、真実を知るのが優先だろ? どうせ敵なら、内部事情を聞くだけ聞こうぜ。あそこにいるみたいだしさ」
「聞いてどうするのよ? 敵なのは変わらないじゃない。それに、あんな上空にいたんじゃ、捕まえるのなんて無理ね」
「罠かどうか、何を企んでいるとか色々聞けるだろ? 敵だからって倒すだけが答えじゃない。捕まえるのが無理だから……で、諦めるから気付けないんだぜ?」
パルナは鏡のその言葉を聞いて頬に汗を垂らし、試すかのように口を紡んで様子を伺うことにする。対する鏡は、そう言い終えた後、タカコに視線を向けてお互い頷き合った。
「か、鏡さん。どうするつもりなの?」
「こうする」
アリスの質問に鏡が指を弾いて合図を送った直後、周囲に地震かと思わせる程の揺れが生じる勢いで地面を蹴り、タカコは上空へと飛び上がった。追って、爆発したのかと思う程の衝撃を地に残し、鏡がタカコに追いつく程の速度で上空へと飛び上がった。
「タカコちゃんよろしこ!」
「任せて頂戴、料金いらずの人間運送サービス、命の保証無し……行くわよ? 死にさらしゃぁあぇぇぇええ!」
飛び上がった鏡が上空でタカコに合流すると、タカコは近付いた鏡が通り過ぎる前に、全身を一回転させて捻り、鏡を足元から吹き飛ばすように全力で更に上空へと蹴り上げた。
【タカコバズーカ】、鏡が勝手に命名したその技は、タカコを利用して遥か上空に飛ぶための合体ジャンプである。
過去に一度、タカコにお願いして使用したことがある技だが、当時は特に何も考えずにとりあえずどこまで飛べるのかという好奇心で使ったため、予想以上に上空へと飛ばされた鏡は落下のことを考えておらず、大ダメージ受け、『これ駄目だわ』という理由で封印していた技でもある。
だが、敵が上空にいる今の状況にはうってつけの技だ。それを理解していたからか、お互い視線を合わせただけで何をするかの意志疎通ができた。
「あ、でもこれあれだね」
だが、鏡とタカコも試行回数が少ない故に理解していない欠点がこの技にはある。
「誰にも当たらずに通過するねこれ」
ちゃんと狙わなかった場合、誰にも当たらず通過して悲惨なことになる点だ。タカコも蹴り上げてから気付いたが、鏡が明らかにヘルクロウのいない星が見える綺麗な夜空に向かって飛んでいる。
「鏡ちゃんさようならっ」
そして瞬時に鏡の命をタカコは諦めた。諦めて地上へと落下しながら口元を手で塞ぎ、目を潤ませて悲しげな表情を浮かべる。
まるで自分は無関係とでも言いたいかのように。
「アァァァッー………!」
そして案の定、鏡はヘルクロウの群れの中心を通り過ぎ、更に高い上空へと一直線に飛んで行く。突然地上から上空へと叫び声をあげながらやってきた謎の生命体に、一体のヘルクロウに乗っていた魔族は思わず身体をびくつかせた。
「な……本当に何なんだこの街……? 本当に人間の街か? モンスターであるブラッディ―バッファだけじゃなくて人間も飛んで来るってどういうことなんだ……? 無差別? 無差別なのか?」
魔王軍と名乗る魔族の心拍数は、かつてない程に上昇していた。