己が意志-2
「油機! この手枷を外せ……外せよな! 許されると思ってんのか⁉ こんな命を弄ぶような真似をして……おい! 聞いてるのか⁉」
ふと、メリーの視界に顔を俯かせる油機の姿が映り、メリーは声を荒げて語り掛ける。
「思ってない……思ってる訳ないだろ!」
だが返ってきたのは、予想外にも悲し気な表情で、目の前で起きている悲惨な状況を受け止められずに震えている油機の姿と、メリーも聞いたことのないような必死な叫び声だった。
「あたしも……バルムンク隊長も、本当はこんなの望んでない。望んでないよ!」
「だったら……どうして!」
「メリーちゃんにはわからないよ! ううん……ここにいる全員わかりっこない! 皆……絶対に未来を選ばない。アースクリアを救うために……アースを見捨てる手段を選択する! メリーちゃんも……今のために未来を捨てる……絶対に!」
何を言っているのか、その場にいる一同にはわからなかった。だが少なくとも、油機も悲惨な目に合っているメノウを前にして、苦しんでいることだけはなんとか理解出来た。
それがどうしてなのか、どういうことなのかはわからなかったが、同じくバルムンクも暗い表情を浮かべていることから、自分たちには知らない何かを油機たちは知っているのだと瞬時に悟った。
「何を言ってるんだ……お前は?」
「油機。それ以上は許されていないぞ? 來栖はこいつらには理解してもらえない、協力は得られないと判断したんだ。不安要素は……残せない」
メリーが油機にすがるような視線で説明を求める。メリーの顔を見て思わず言葉にしてしまいそうなほどに苦しそうな表情を浮かべるが、バルムンクの念を差すかのような張り上げられた声を聞いて、顔を俯かせる。
「わかってる……わかってるよ」
そして、油機は自分納得させるように無理やり言葉を繰り返し、口を閉ざした。
「何だよそれ! 話す前に勝手に決めつけるなよ!」
「無駄だ。話して納得がいっていないのに我々に協力するといって、あとで裏切られても困るからな。そう思ってお前たちには話さないし協力も仰がないんだ。お前たちは……アースクリアを絶対に捨てられないだろうからな」
アースクリアという単語が出て、一同はますます訳がわからなくなり、困惑した表情を浮かべる。
「……何なのよ? どういうことなのよ? そんなのであたし達が納得するとでも思ってんの⁉」
あまりにも理解も納得もできず、命が失われるのを待つだけの状況に痺れを切らし、パルナが手枷をガシャガシャと鳴らしながら、声を張り上げる。
「お前たちが納得するかどうかではない、どうせお前たちはここで終わることになるのだ」
それでもバルムンクは話そうとはせず、冷たい視線をパルナに浴びせかける。
「だがそうだな……せめてもの慈悲で二つだけ教えてやろう」
「……二つ?」
しかしその時、隣でメノウと同じ運命を辿ることになるアリスの悲愴な顔が視界に入り、バルムンクは甘いとは思いつつもそう告げる。
「一つは、我々に協力するということはお前たちにとってアースクリアを見捨てるに等しい」
「もう一つは……?」
「何故俺たちが……獣牙族や喰人族を捕らえて進化を促していると思う? 何故俺たちは強い人間を求め続けると思う? 何故……新たな生物を生み出して強さを求め続けると思う?」
その瞬間、バルムンクより強さの追求という言葉を耳にして、タカコはどこか同じやり取りをつい最近したような感覚に陥った。それは、この世界、アースに来た時に自分たちが求められた理由にも繋がる。
強さの追求、それは外にいる危険な存在に対抗出来得る強い人間が必要だったから。
「タカコ……お前ならわかるはずだ。もう、気付いているんじゃないか? お前が俺に質問してきたことと同じだ。お前が初めてこの世界の外へと赴くとき、俺に何を聞いてきた?」
その瞬間、タカコは閃いたかのように目を見開き、絶句した。タカコがバルムンクに初めて外に赴くことに聞いたこと、それは、外にいる存在について。
「いるのね……? モンスターなんかよりも、獣牙族や喰人族なんか比較にならないほどの敵が……あなたたちがレジスタンスの皆を裏切ってでも倒さなきゃいけない相手が⁉」
タカコの言葉に、バルムンクも油機も返事はしなかった。その影を帯びたかのような佇まいが、まるで思い出したくもないと訴えているように見えて、タカコは再度聞き返さず言葉を飲み込む。
「……メノウさん!」
「そろそろ……終わりのようだな」
ティナの叫び声が響き渡り、一同は視線をバルムンクから再びメノウへと戻す。
そこに映ったのは、無数のモンスターの死骸と、全身から光の塊を放出しながら肩で苦しそうに呼吸を続けるメノウの姿だった。
「メノウ……もういいよ。もう大丈夫だよ! ボクたちなら……少しくらいモンスターに攻撃を受けたところで死んだりしない! だから、一人で背負わないで……もう、もう戦わなくていいから!」
「…………良いのです。アリス様」
アリスの悲痛な叫びに、メノウは柔らかい笑みを浮かべて返した。
その笑顔はとても儚げで、今にも消えてしまいそうで、でもとても優しくて、それを見た瞬間、アリス以外の一同は、もうメノウは助からないのだと悟り、思わず視線を逸らした。