第十八章 己が意志
「どういうことよアリス……消えるって何?」
目を見開き、血相を変えて叫ぶアリスの表情からそれが嘘ではない真実であると悟り、パルナは表情を強張らせてアリスに問いただす。
他の捕らわれている者たちも耳を疑うかのようにアリスへと視線を向けた。
「なんだ? 聞かされていないのか? ……足を引っ張ると考えて黙っていたか。健気だな」
「どういうことよ……消えるってなんなの⁉」
アリスから放たれた不可解な言葉に、パルナは額に汗を浮かべて聞き返す。
「そこの二人が元は魔族なのは知っているだろう? 魔族は元々この世界に身体を持たない……だが、そこの二人は來栖が編み出した技術により、存在を許されている」
「言っている意味が……わかりません!」
冷静に考えれば簡単に理解できるでバルムンクの言葉を、ティナはあえてそう言って叫ぶことによって、理解しようとするのを避けようとする。
「最もまだ試験段階でしかないがな……だからこうして強引にテストもさせてもらっている訳だ。気の毒ではあるがな」
「テストだとか試験段階だとか訳のわからないことをほざくな……ハッキリと教えろ!」
レックスは、どういうことなのかを聞かずとも理解していた。ここに来るよりもずっと前、初めて喰人族と戦った時から。ただ、本人が何も話さない以上、それはきっと何とかなり得ることなのだと楽観視していた。
「お前たちと違ってそこの二人の肉体は普通じゃ生成不可能な特殊な魔力によって構成されている。その魔力は何もせずとも少しずつ消費されるが、通常と同じく魔法を発動するための媒体として使用することができる。しかし……失われた魔力が戻ることはない。そしてその魔力が尽きた時……身体は消滅する」
それを聞いた全員、開いた口が塞がらなかった。思考が一瞬だけだが停止した。
自分たちがこの世界に訪れた時、偽りの世界で生きていたことに大きくショックを受けた。だが、アリスとメノウの二人は自分たちよりも遥かに重い運命に見舞われながら、それでも気丈に振る舞って自分たちの傍に居続けようとしてくれた。
それに気付かなかった自分たちを不甲斐なく思い、怒り、情けなくて狂いそうになった。
「うぉおおおおおおおおお! 離せ……離しなさい! 離せって言ってんのよぉおお!」
両手両足に付けられた手枷を強引に引き千切ろうと、タカコは激しく暴れ始める。普段はどんなことがあっても冷静を保とうとするタカコが、理性が吹き飛ぶほどに怒り、目の前で失われようとしている命を助けようとする様に感化され、他の一同もなんとか手枷を剥がそうと暴れはじめた。
「無駄だ。その手枷は外せない……お前たちのもつスキルさえも無効化させる力をもっているからな」
だが、もっとも力のあるタカコでさえもその枷を引きちぎれる様子はなかった。
「メノウ……それ以上戦うな。僕たちを信じろ……おい、聞いているのか⁉」
レックスも身体を何度も前のめりにしてメノウへと訴えかけるが、メノウは何も反応を示さず、ただ目の前に迫りくる無数のモンスターと相対し続ける。
「メノウさん! それ以上は駄目です……あなたが、あなたが消えてしまう!」
メノウの手元から何度も放たれる爆破魔法を視界に映し、クルルは見るに耐えなくなって思わず瞼を閉じ、涙を流す。
「ちょっと……メノウさん、駄目ですよ。駄目ですよそんなの、メノウさんがいなくなったら……そんなの面白くないです! 大丈夫です! 少しの時間なら私のスキルでなんとか耐えれますから……もう、もう戦わないでください!」
ティナも同じく、失われそうになっている命を目の前にして怯えた表情を浮かべ、震える身体を必死に抑えて、今にも泣き崩れそうな声でメノウに語り掛ける。
だがそれでも、メノウは戦うのを止めなかった。
最早何もしてあげることが出来ない一同には、ただひたすらに、メノウが無事でいてくれるのを祈ることしかできなかった。しかし、それも無駄に終わる。
「……メノウ⁉」
メノウの変化に気付き、アリスが悲痛な声を上げる。
メノウの身体から、まるでメノウの魂が天へと昇華されるかのように、魔力と思われる光の塊が少しずつ放出されていたからだ。
恐らくは、身体を構成しているその特殊な魔力が崩壊し始めているサイン。それをその場にいた一同は瞬時に理解し、先程よりも力強く、自分たちの手首足首が傷つくのもお構いなしに暴れはじめる。しかし、それでも手枷は外れることなく、一同の行動を束縛し続ける。
「……皆、落ち着け。落ち着くのだ」
だがその時、暴れる皆を落ち着けるかのように、戦いながらも穏やかな声色でメノウがつぶやくように語り掛ける。
「あがいたところで何も変わらぬ……落ち着くんだ。その体力を……その時が訪れるまで温存しろ。大丈夫だ……必ず助けは来る。鏡殿が必ず助けに来てくれるはずだ」
「でも……でも! 来てくれるとしても……メノウが! メノウが!」
「良いのですアリス様。鏡殿は必ず来てくれる……必ず皆を助けてくれる。私は……鏡殿が来てくれるまでの繋ぎでいい。皆の命を繋ぐことができるのであれば……本望だ!」
メノウの死をも覚悟した決死の想いが伝わり、一同は暴れていた手足をピタリと止め、今も尚戦い続けるメノウを黙って、瞳に涙を溜めながら見届け始める。
未だまだ来ぬ鏡がこの場に訪れるのを信じて。
「無駄だ……あの村人も、鏡も既に捕らえてある。一番厄介な存在になると思ってこことは別の部屋に捕らえてある……何があってもここには来ない」
バルムンクがはっきりと救いようのない事実を語り、希望を捨てさせようとするが、相反してメノウは不敵な笑みを浮かべて鼻で軽く「っふ」と一笑する。
「それはどうかな? 鏡殿は我々が無理だ不可能だと思ったことを何度も覆してきた男だ。油断していると……全てがひっくり返ることになるぞ?」
「強がりだな。鏡の力はもう充分に理解している。奴のパワーは驚異的だが、それだけだ。それを抑えつける方法はいくらでもこの施設……我々にはある。無駄な希望は捨てることだな」
バルムンクは言葉を重ねてメノウに諦めるように語り掛ける。それでもメノウの表情は曇ることなく、可能性を残しているとでも言いたげな不敵な笑みを浮かべたままだった。