逃げ出さないのは-6
「俺を捕まえたこと自体が、罠だったってこった」
『馬鹿な……!』
鏡が獣牙族に頼んだ要件は二つ。
一つは、鏡からの連絡が途絶えた時、鏡が作った隠し通路を通って中央にあるセントラルタワーに奇襲をかけ、鏡を救出するということ。
自分から捕まるのが、敵の懐に入る最も容易な方法であることを鏡は理解していた。だがそれにはリスクが高すぎた。万が一、自分の力で脱出出来ない場合、そこで詰んでしまうからだ。
また、自分から捕まりに行ったのでは不自然だと勘ぐられる可能性もあったため、あくまでも相手側の奇襲で捕まる必要があった。しかし、それはいつになるかはわからない。
そのため鏡は、明朝の6時に外へと赴き、ウルガと連絡を取り合うことにした。そして、その連絡が途絶えたのを合図とし、ウルガたち獣牙族に隠し通路から内部へと侵入し、鏡が捕まっているであろうセントラルタワー内に襲撃をかけて鏡を救出してもらうように鏡は要求した。
そしてもう一つは、攻撃を仕掛けてくる相手以外は、攻撃しないという取り決め。そして、出来れば殺さないという要求だった。
仮に、今回で敵を倒すことが出来れば、何も知らずに踊らされていたレジスタンスの連中にも説明がつき、時間はかかるかもしれなかったが獣牙族も弄ばれていた存在だったのだと、和解の道を切り開けるかもしれないと鏡が判断したからだ。
「まさか……俺が機械に頼るとは思わなくて油断しただろ? 口の中に仕込んだこいつに気付かなかった時点でチェックメイトだったんだよ……來栖!」
そう言って鏡は口の中から小さな基盤のような塊を吐き出す。それは、鏡たちの現在地をウルガたちに知らせるための発信機だった。そしてその位置を頼りにすれば、仮に壁に遮られて普通ではいけない道であったとしても、通路を破壊し、掘り進めれば辿り着くことが出来る。
数の少ないメノウたちではそこに向かおうとしている途中で倒されてしまう可能性があるため出来ず、レジスタンスの総勢よりも数多い獣牙族たちであれば可能になる強引な救出方法。それが鏡の狙いだった。
『一体どこから侵入した……? 君が掘った隠し通路は確かに塞いだはず。そのあとも掘り返されていないか定期的に確認に向かわせたのに……!』
「おいおい、俺が同じ場所を掘り返すとでも思ったのか?」
してやったとでも言わんばかりの表情を鏡が浮かべると、來栖の表情は苦痛に歪む。そしてそのまま暫く睨み合いが続いたあと、來栖はどこか満足したとでも言わんばかりに軽く鼻でふっと笑い、笑みを浮かべた。
『まさか……僕が長い年月をかけて作り上げた秩序と仕組みを、たった一日で壊されるとは思ってもいなかったよ。それも、たった一人の人間、村人の役割をもった男なんかにね』
「長い年月……?」
鏡には、來栖が放った言葉が少しだけ気になった。まるでこの状況の始まりを、たった一人で作り上げたかのような口ぶりに聞こえたからだ。しかし、それにしては來栖はあまりにも若すぎた。
「なんだ? 随分と余裕だな? もう逃げ場はない……洗いざらい話してもらうぞ」
だが鏡は、考えるよりも捕まえて直接全てを聞き出した方が早いと考え、追い詰めるかのように來栖を睨みつける。
『いや、僕が笑ったのは余裕があるからじゃない。君の力を少しだけ認めたのと同時に、滑稽に思えてね』
「言っている意味がわからないぞ」
『君の力は素晴らしい……だがそれは、何も知らないうえで振るわれている。まるで暴力で全てを解決しようとしている子供のようにね。君は、どうして僕がこんな世界を維持しているのか……知らないのだろう?』
「だったら教えろ。アースクリアから来た俺たちや……レジスタンスにまで黙ってこんなことをする真意を!」
『教えられない』
はっきりと告げられた來栖の言葉に、鏡は少しだけ苛立ち握り拳を作る。
『なんでかわかるかい? わからないだろうね……それは教えてあげるよ。君は僕をまだ追い詰めていないからさ』
「強がりだな……お前に逃げ道なんてない」
『この程度で勝ったつもりでいる。だから君には教えられないのさ、僕が真相を伝えるのは、僕が認めた僕に協力することを承諾した者か……僕が全てを賭けても良いと思えた人間だけさ』
「全てを賭けられる……?」
言葉の意味がわからず、鏡は困惑する。しかし、言葉の真意を確かめるよりも早く、鏡の前から來栖が映っていたモニターが音もなく消滅する。
『君にまだその資格はない』
暫くして、來栖の声だけが追って部屋に響き渡る。
『だから僕に、君がその資格をもっているかどうかを証明してくれ。果たして君は……僕を捕まえた上で、仲間を救うことが出来るかな?』
そこまで言われて鏡の目の前に再びモニターが映し出される。そこには、壁に張りつけられた状態で泣き叫ぶ仲間たちの姿と、身体から魔力の塊のような仄かに光る球体を放出させ、モンスターによる攻撃で全身をボロボロにさせながらも、仲間のために命がけで戦い続けるメノウの姿が映し出されていた。
「メノウ……⁉ 獣牙族の皆は何をしてるんだ⁉」
『無駄さ、確かに君を閉じ込めている部屋くらいなら、これだけの獣牙族がいれば辿り着けるのも変な話ではないが、彼らは最下層……地下深くにいる。それも大型のモンスターが攻撃をしてもびくともしない頑丈の部屋の中さ、獣牙族程度の力じゃ侵入することすら出来ない』
「來栖……お前!」
メノウの身体からは、魔力の塊と思わしき光の球体が次々に放出されていっていた。これがなんなのかは、鏡には聞かずとも理解出来た。
そして戦慄する。メノウの身体が失われつつあることに。
『こんな事態になったからと言って、僕がテストを止めるとでも思ったかい? さあどうする? 選ぶがいい……僕はこのセントラルタワーの最上階にいる。対して君の仲間たちは……最下層だ。さあ……どっちを取る?』
その瞬間、鏡はピッタを担ぎ上げて部屋から飛び出していた。焦燥する鏡に続いてウルガもそのあとに続く。鏡たちが向かった先は、地下だった。
『ふふ……楽しませてもらうよ』
部屋の中では、勝ち誇った様子でもなく、ただ無邪気にこれから起こりうる一連の流れに期待を寄せて高揚する、來栖の声だけが響き渡った。