逃げ出さないのは-4
「なんで俺たちだけ特別待遇なんだよ」
『君は、彼らとは別行動していたってのもあるが……危険だからね。君は僕の想像を遥かに越える存在だ……つまり、あの程度の拘束じゃ足りないって判断したんだ。万が一にも逃げ出せれないようにね』
「……某やピッタ殿は?」
その時、背筋がぞくっとするような、今まで聞いたことのないくらいに静かな声色が朧丸から発せられる。
『朧丸は君を拘束できるサイズのものがなくてね、面倒だからその部屋に入れさせてもらった。そこの失敗作についてはどうでもよかったんだけど、最後になるだろうし、鏡君の傍に居させてあげようと思ってね。優しいだろ? 僕は』
「黙るでござるよ……そこで待っていろ。必ず某が貴様の息の根を止めてみせる」
『それは……怖いね』
無理だと判断しているのか、來栖は朧丸に失笑を浴びせかける。対する朧丸は何も感じていないのか、ただ殺気を全身から放つだけでそれ以上何も言わず、瞼を閉じて立ち尽くす。
「……やっぱりか」
その時、モニターに映し出される円形の空間の端にバルムンクと油機が拘束されることなく立っていることに鏡は気付き、感慨深そうに溜息を吐く。
『おや? 気付いていたのかい? 油機が僕たちの仲間ってことに』
「なんとなくでしかなかったけどな……予想はしてた」
予想はしていたが、やはり少しショックだったのか、鏡はメリーの裏切られたという心境も察して少し表情を暗くする。
「というか、なんであいつらはあそこで縛られてるんだ? 全員俺のいる部屋に閉じ込めておけば良かったんじゃないのか?」
『これからとある実験をするつもりでね。彼らにはあそこで餌として縛られてもらったんだよ?』
「実験? なんだそれ?」
『魔族の……性能テストさ』
來栖がニッコリと笑みを浮かべた瞬間、円形空間の中央に突然穴が空き、その中から上昇するようにして身体を拘束されたメノウが姿を現す。
「メノウ……⁉」
『君は知っているかい? 魔族は元々この世界に存在しないんだよ。でも……僕はなんとか人間と同じく意志を持つ魔族を、この世界に連れて来れないか、ず~~~っと研究してたんだ』
次に、來栖がニッコリと笑みを浮かべて指をパチンと鳴らすと、メノウを拘束していた手枷が外され、メノウは自由の身となる。すぐさま、メノウは仲間たちの元へと向かって走り、拘束を外そうとするが、メノウの力では外せないようで、あがきもがいている姿がモニターに映し出される。
『そして僕はようやく、アースクリア内の魔族のデータから身体を構成し、この世界に呼び出す技術を手に入れた。早速呼び出そうとアースクリアを管理している者たちに声をかけたら、丁度いいのがいると教えてくれてね。彼と……彼女がこの世界に呼び出されたのさ』
「何をするつもりだ?」
『性能のテストさ。本当なら……レジスタンスとして活動してもらって、ゆっくりと調べようと思っていたんだけど……こんな事態になっちゃったからね』
次の瞬間、メノウたちのいる広い円形の空間内の、アリスたちが拘束されている場所とは反対側の壁際に、大量のモンスターが出現する。
『調べたところ、あの魔族の女の子よりも、あのメノウという男の方が強い力を持っているのがわかってね。魔族というのが、どれくらい強さを持った存在なのか……仲間を餌に試させてもらおうと思ってね。彼が戦わなければ……身動きのとれない仲間が犠牲になると伝えたうえでね』
醜悪な笑みをこぼす來栖を見て、耐えきれなくなったのか朧丸がモニターに向かって跳びかかり、「下衆が!」と素早く蹴りを放つ。だが、ホログラフィックで構成されたモニターに触れることは出来ず、朧丸はそのまま空を切って地面へと着地する。
「落ち着け朧丸。メノウたちなら大丈夫だ」
『おや? 楽観視してていいのかい? 僕はそのまま彼には死んでもらうつもりだよ?』
「それはどうかな? 言っておくがメノウは強いぞ? たかだかモンスターには倒されないくらいにはな」
『関係ないよ? ん? もしかして聞いてないのかい? 魔族の身体を構成しているのは僕が生み出した特殊な魔力だ。彼らはその魔力を接着剤として身体を構成していてね……そして彼らにその魔力を自力で生み出すことは出来ない』
「どういうことだ?」
『体内の魔力が枯渇すれば、彼らは身体を維持できなくなって消えてなくなるということだよ』
その時、鏡はメノウとアリスが自分たちを『データだけの存在』と呼称していた時、妙に悲し気な表情を浮かべていたのを思い出す。
「……あいつら」
『その顔は……薄々勘付いてはいたみたいだね』
メノウが死ぬかもしれないと聞かされて、鏡は焦燥して出入り口の扉を力いっぱい殴りつける。すると來栖はその反応が見たかったと言わんばかりに笑みを浮かべ、メノウたちが映るモニターを一度消して、鏡のすぐ目の前に來栖が映るモニターを移動させた。
『彼らのテストはどうだっていいだろう? あれは僕が何もしなくても勝手にバルムンクと油機がデータを取ってくれるはずだからね。それより僕は君と話をしたいんだ』
「話すことなんてねえよ……ここから出せ、メノウを助けに行く」
先程に比べ、余裕のない表情を浮かべる鏡に、來栖は嬉しそうにゾクゾクと身体を震わせるようにして笑みを浮かべる。
『僕は……君を失ったと聞いて暫くしてから激しく後悔したよ。君がレベル999を超えるすさまじい力を持った存在だとは、最初は知らなかったからね』
「知らなかった? お前がアースクリアを管理しているんじゃないのか?」
『僕は多忙でね……全部は一々管理していられない。だからいつもアースクリアから排出された人間のことは、レジスタンスの者に聞くようにしていたんだ。でも……君はすぐにいなくなった。最初はどうでもよかったんだけど……元々村人という最弱の役割だったのがこの世界に来たのは前例のないことだったから、念のためにどういった人物なのかを調べたら……ビックリ』
「惜しまれたところで、俺がはなから協力する気がないのなら意味がないだろ?」
『意味はあるよ? どうして君たちが処分されることが決定しながら、こうしてこの部屋に閉じ込めて生かしてると思う? 別室にいる彼らも、メノウ君を戦わせるための餌として生かしているだけだと思う?』
「……やっぱりか」
『なんだ……気付いてたのか?』
言葉では冷静を装っていたが、鏡の心境は穏やかではなかった。そして、二人の会話のやり取りが理解できないからか、ピッタと朧丸が「どういうことなのか?」と首を傾げる。
「朧丸とピッタの能力が、俺達人間が持つスキルと同じようにこの部屋で封じられることや、お前が強さを求めて強い人間を集め、強い生物を作り出すのが目的って言うなら……そんなの一つしかないだろ」
『ご明察』
「ご主人……どういうことでござるか?」
鏡の表情が険しく歪み、その様子からそれが非人道的な何かであるとはわかりつつも、どういうことなのかまではわからず、朧丸は鏡に説明を求める。
「……お前やピッタ。喰人族や……獣牙族、他の民族が持っている特殊な能力は、全部……元は人間が持つスキルだったってことだよ」
予想外の言葉に、朧丸だけでなくピッタまでもが困惑した表情を浮かべる。
『「スキルイーター」、私はこの技術をそう呼んでいます。人間の中に眠るスキルを解析して摘出し、量産、または強化を施して他の者に与える技術。とはいっても、誰にでも付けたり剥がしたり出来るわけではないんですけどね……そのスキルの適性をもった身体が必要になるんです。獣牙族のように五感を活かせる身体を持っていないといけなかったり……ね』
獣牙族が、どうして見た目が獣に寄った姿をしているのかの理由を知り、鏡はどこか納得したかのように拳をぎゅっと握り締める。納得はしたが、あまりにも非人道的行為が許せなかったからだ。
來栖の口調がおかしかったので前の話と一緒に修正しております