逃げ出さないのは-2
「勝てるとは思わない方がいいよメノウさん。喰人族の音を出さない能力も、獣牙族の異常に発達した五感も……あたしたちのスキルを参考に作られてる。あたしたちがそもそものオリジナルなんだよ……あんな中途半端に強化された化け物なんかよりも遥かにあたしたちの方が優れてる」
「やはりか……合点がいった。どうしてそんなに作られた存在と似通ったスキルを身に着けているのか気になっていたが……進化とはうまく言ったものだな」
少し前、喰人族に知能がもたらされたことにより、作り出された異種族は人間の手を借りずに進化できる生き物とバルムンクが言っていたのを思い出し、メノウは嘲笑する。
全ては知っていながら、ただ演じていただけなのだと、まんまと騙されていた自分が情けなくて、メノウはそのまま大きく笑い声をあげた。
「何がおかしい?」
突然笑い出したメノウが奇妙に感じ、バルムンクは表情を歪める。
「いや……随分まぬけだと思ってな。なるほど……確かに誰も気付けないわけだ。貴殿たちの演技は完璧だったよ……鏡殿がいなければ、今頃我々もお前たちに利用されて終わりのない実験のための戦いをさせられるところだったわけだ」
「知らなければ……良かったのにな。それならばまだ生きられた」
「どうかな? まだ終わりではない」
直後、メノウの手元に大きな魔力が込められる。それに呼応するように、アリスも手元に魔力を込め、ティナも二人のサポートのために聖書を構えていつでも回復できるように準備を整えた。
「アリス様、出し惜しみしている場合じゃありません。全力で行きますよ」
「うん! 大丈夫……ボク、まだ諦めてないよ!」
「出し惜しみ……? よくわかんないですけど、こんなところで終われません!」
背中合わせに立つ三人の魔力が入り乱れ、辺りに魔力の渦が巻き起こる。
アースクリア出身の者でも驚愕せずにはいられないほどの巨大な魔力を前に、バルムンクたちは顔色一つ変えずに見守り続ける。
「魔法職二人、回復職一人では何もできまい……メリー、お前は抵抗しなくてもいいのか? 顔は……まだ諦めていないようだが?」
「アースクリアの人間を相手に私が勝てるわけねえだろ。だから……こいつらに任せる」
「勝てるとでも思っているのか?」
「知るかよ。でもな……私たちをずっと騙してたお前らに一発喰らわさなきゃ気が済まねえ。私の代わりにこの三人がやってくれるって言ってんだ。私だけが絶望してなんかいられねえだろ?」
メリーが気丈に言い返すと、まるで嘲笑うかのように周りにいた敵は、顔を見合わせて苦笑し始める。バルムンクと油機に至っては、どこか哀れな者を見るかのような視線をメリーへと向けていた。
その直後、バルムンクが手をあげると笑い声をあげていた者も静まり返り、バルムンクを除いて全員が武器を収める。
「何のつもりだ?」
「哀れだな……無駄だと言うのがわからないか? ここにいるお前たち全員が束になって俺にかかったとしても、俺には勝てん」
「……やってみなければ、そんなのはわからん!」
バルムンクが呆れた表情で溜息を吐きながら一歩前へと歩を進めた瞬間、メノウは爆破魔法をバルムンクに向けて放った。それに続いてアリスとティナも魔法を放ち、視界を覆う巨大な爆発がすぐ目の前で巻き起こる。
対してバルムンクはそれを避けようとはせず、正面からその爆破魔法を受けた。
「無駄だ。もう一度言ってやろう……お前たちには俺に傷一つつけることは出来ん」
だが、爆炎が消え去ったあと、バルムンクは爆発なんてなかったかのようにあっけらかんとした表情で、無傷でメノウたちの目の前へと現れる。
「……っ、まだだ!」
直後、メノウはバルムンクの元へと駆け、瞬時に懐へと入り込む。
「魔族は……魔法だけではないぞ!」
そして、拳に魔力を纏わせ、全身の体重をのせた殴打をバルムンクの腹部へと叩き込み、更に爆破魔法をゼロ距離で放出する。しかしバルムンクはそれを避けようとはせず、正面から受け止めた。
あまりにも無防備なバルムンクを前に、メノウはそれをチャンスだと連続で魔力の籠った拳を叩き込み、次々に爆破魔法をゼロ距離で放っていく。
「……終わりか?」
だがそれでも、バルムンクは何事もなかったかのように、メノウにそう聞き返した。あまりのダメージのなさに、さすがのメノウもバルムンクから飛び退き、頬に汗を垂らし落とす。
バルムンクは、レジスタンスの本部内にいる時と同じく、鎧を身に纏っていない私服姿だった。にも関わらず、一切のダメージが通っていないことにメノウは困惑する。
「……スキルか」
そしてすぐに理解する。むしろ、それ以外にありえず、視線をメリーへと移す。
「メリー殿、バルムンク殿は一体どのようなスキルを?」
すかさずメノウがメリーにスキルの詳細を聞こうとするが、メリーは気難しい表情で黙ったままで、何も答えようとはしない。バルムンクが異常にタフであることはメリーも知っていたが、それが一体どういうスキルなのかは、メリー自身も知らなかったからだ。
「俺のスキルは……全てのダメージを受け流す力だ」
そこで、メリーが答えられずに黙っていると、バルムンクは自分からスキルの詳細を語りだした。まるで、知ったところでどうしようもないと決めつけているかのような言い草で。
「スキルを他人に教えるということは弱点を教えるようなものだが……このスキルに弱点はない。仮にあったとしても……お前たちではどうしようもない」
「勝手に決めつけるな!」
バルムンクの口ぶりが癪に障ったのか、アリスは相手に反応する余裕を与える間もなく再び手元に魔力を込めて、バルムンクの全身と周囲の大気を凍らせる魔法を撃ち放つ。
直後、バルムンクを中心に、巨大な氷の柱が住民街予定地の平地に出来上がった。
しかし、明らかにバルムンクの命に関わるであろう一撃を前にしたにも関わらず、一切の慌てたような反応を見せない油機たちを見て、アリスは鼓動を早める。
「……まさか」
アリスがそうつぶやいた直後、バルムンクの周囲に作られた氷の柱は一瞬にして砕け散り、何事もなかったかのようにバルムンクは歩を進めてアリスの目の前へと立ち塞がる。
「スキルに頼らずとも、己が力だけで俺はお前たちを遥かに上回る。悪いが……これ以上は付き合ってられん。何も知らないレジスタンスの隊員たちに駆けつけられては困るのでな」
言葉通り終わらせるつもりなのか、バルムンクは大剣を強く握りしめると一歩ずつ、メノウとアリスとティナの元へ向かって歩き始める。間髪入れずにメノウとアリスは魔法を放つが、バルムンクのスキルの前には意味を成さず、バルムンクは大剣の間合いへと入るや否やゆっくりと大剣を上段へと構える。
「身動きを封じます! 合わせてください!」
メノウが叫び、アリスが再びバルムンクを氷漬けにする。しかし先程とは違い、バルムンクが自力で氷漬けの状態から抜け出るよりも早く、メノウとアリスが合わせて爆破魔法を撃ち放つことにより、バルムンクを氷の塊毎弾き飛ばした。
「……嘘ですよね?」
氷が一気に過熱されて巻き上がった水蒸気の中から、やはりダメージを受けていないのか平然とした様子でバルムンクは再び進行を開始し、ティナは思わず絶句する。
「くそ……来るな……来るなよ!」
迫りくる脅威を前に、傍観していたメリーもガバメントを手に持ち出し、まるで、迫るトラウマを打ち払うかのように、バルムンクへと向けて魔力弾を乱射する。
そして、空気を裂いて螺旋回転をする魔力弾がバルムンクの額を撃ち抜いた瞬間、メリーの意識は目の前のバルムンクの手によってではなく、背後から接近していた見えない何者かの手によって一瞬にして奪われた。