たった一人-12
「馬鹿な……どうしてこうも裏目に出るのだ⁉」
自分の考えを見透かしたかのような相手の行動に、苛立ったメノウが拳を地面に打ち付ける。
メノウたちは、パルナが連れ去られたあとすぐさま合流し、テントの中へと戻ってきていた。
「ごめんねメノウ……パルナさんが目の前で突然消えたから、慌てて敵がいると思って威力を弱めた爆破魔法を放ったんだけど……大きな人の形をした何かに遮られて助けられなかった」
パルナが消えたその瞬間を目撃し、助けようと唯一行動に出たアリスがそう言ってシュンっとした表情で落ち込む。
「爆発を避けて人影が見えたということですね? その人影は一人でしたか?」
「ううん。大きな人が一人と、その人に担がれたパルナさん。それとあと……二人くらいいたような気がする。ハッキリとはわからなかったけど」
アリスの説明を受けて、メノウは「……やはり」と言葉を漏らす。元より一人の行動とは考えていなかったからだ。パルナの姿を消したところで、パルナに暴れられては意味がない。となればそれを抑えつけるだけの人数がいるとメノウは踏んでいた。
つまり、透明化の能力は伝染する。朧丸が使える透明化と同じように。
そして複数人で行動していたことから、今回の一件がただ偶然見かけたから捕らえたのではなく、計画的に起こされた行動であることがわかった。
最早、敵が一体どういう意図のもとに行動しているのがわからず、メノウは思わず歯を食いしばらせて自分の無能さを呪う。
「それよりこのテントの中に居て大丈夫なんですか? メノウさんが言うに、これから敵は私たちを消すために本格的に行動するんですよね? ここに留まるのは危険じゃないですか?」
パルナまでもが消されたことで、不安に押し潰されそうになっているのか、ティナが落ち着きのない様子で周囲をキョロキョロと見回す。
「いや、むしろここの方が安全だ」
「え、何でですか?」
「正確には密閉された空間なら安全と言った方がいいだろうな。予想通りではあったが、アリス様の話通りであるなら敵は我々が暴れないよう取り押さえるために複数人で行動している。つまり來栖が使っていたような瞬間移動のような手段はないということだ。あるならば取り押さえる必要もないだろうからな。となれば、姿も気配もないが我々に気付かれないように近付くにはそこまでの障害を取り除く必要がある」
メノウはそう説明すると、しっかりと塞いだテントの出入り口を指差した。
「なるほどな、敵が来るとしても出入り口の扉は開けて近付いてくるというわけか」
合流したあと、すぐにこのテントへ戻るように指示した理由を理解したのか、レックスは手を顎に置いて納得したかのような顔を見せる。
「そうだ。既にこの中に潜んでいるとしても出るには出入り口を開く必要がある。その時に攻撃を仕掛ければ……とは言っても、そんな間抜けな行動に相手は出ないだろうがな」
「それならばこのままここで朝まで待って、翌日にレジスタンスの連中に事情を話せばなんとかなるんじゃないか? ノア内に仲間を消そうとする輩が潜んでいるとなれば、奴らは僕たちに協力してくれるはずだ」
「いや……無理だな。信じてもらう前に我々は消されるだろうな」
「どういうことだ? 朝になれば敵も自由に行動は出来なくなるはずだろう?」
「信じてもらうまでに時間が掛かりすぎる。誰か一人が消えたことをレジスタンスに伝えたところで『どこかに行ってるんじゃないか? 常に一緒にいる方が変だろ?』と軽く流され、ようやく信じてもらって捜索が始まる頃には全員消されているはずだ」
「だが、それで消されたのならばそれで、レジスタンスの連中が怪しく思うのではないのか? そうなるのは敵側にとっても好ましい状況ではないはずだが?」
「誤魔化し方なんていくらでもあるはずだ。何ならもう一度食料庫を荒らしたことにして、我々全員が食料を奪って逃げたことにする方法だってある」
手の内ようのない状況に、レックスは「馬鹿な」と言ってようやくメノウがどうしてこんなにも憔悴しているのかを悟る。
「だがさすがにこう連日で人が消えたり、食糧庫が荒らされたりされるのは不自然だろう? なら、レジスタンス連中も少しくらいは変だと疑うんじゃないか?」
いくらなんでも敵側に都合が良すぎるとレックスがまだなんとかなるはずだと可能性を示すが、それを否定するかのように「そうでもない」と、至って冷静な表情でメリーが口を挟む。
「レジスタンスの連中は逃げ出したって考えるはずだ。最初に食料庫を荒らされて、クルルが持ち出して逃げたってことにされた時、誰もそんなはずはないって疑わなかっただろう? ……前例が何度かあるんだよ。それも全部アースクリア出身の人間が起こした前例だ」
「前例……だと?」
「こんな世界だぜ? アースクリアでのんびりと暮らせるはずだったのが一転して地獄の世界だ。逃げ出したいって考えるのがむしろ普通さ。だから誰も一回や二回程度じゃ疑わない……何ならクルルに裏切られ、タカコが死んだことになっているこの状況でなら尚更絶望して逃げられたと思うのが普通だよ」
はっきりと告げられたどうしようもない現状を前に、一同は勿論、それを告げたメリーさえも逃れない絶望を前に不安で押し潰されそうな苦い表情を見せる。
唯一、元より危機的な状況であったにも関わらず抗おうと策を練りづけていたメノウでさえ、お手上げと言わんばかりに顔を俯かせていた。
「恐らく明日、我々が全員消され、食糧庫を荒らした共犯者として扱われることになるはずだ。ご丁寧に昇降路を起動させて外へと逃げたと偽装までするだろう」
最早、この状況でひねり出せる策と呼べるようなまともな案は出てこず、メノウはそれだけ告げると押し黙り、それを見たレックスが「ここで終わりなのか?」と、あがくように拳を地面へと打ち付ける。
「例え策がなかったとしても……動くべきなのか?」
次の判断のミスが全滅に繋がる状況にまで追い込まれ、自分自身でも打つ手はないと額に汗を浮かばせ顔を俯かせながら、それでもメノウは諦めずに思考を巡らせていた。
最早、あてずっぽうにでも敵の本拠地か正体を見つけ出す以外に手は残されていない絶望的状況で策はない。メノウ自身も情けないと思える程に落ち込み諦めかけている。それでもあがこうとしていたのは、メノウが鏡という存在を知っているが故だった。
「鏡殿なら……この状況でどうする?」
鏡はどんな状況でも諦めない。最後の最後まであがき続けて活路を見出す。そしてそんな鏡が自分たちの元を離れて行動しているのは、ひとえにメノウを信じてくれているからだった。そしてそれを、メノウは理解している。
鏡から渡された信号弾を撃ち放つ銃を手に持って見つめながら、メノウは考え続ける。『まだ自分たちには鏡がいる。まだ諦めてはならない』と。
しかしそれでも、策は浮かばなかった。
「何故だ……一体何が、何が狙いだったのだ?」
メノウたちがこのような状況に追い込まれたのも、メノウが相手の行動意図を読み切れず、全ての行動が裏目に出続けたからだった。謎は大量に残されていた。
何故敵は、わざわざ最初、自分たちが既に狙われていることを知らせるために鏡が作った出入り口を塞いだあと、すぐに行動には出ず、翌日にクルルを捕まえるという無駄な行動に出たのか?
敵は何を狙って自分たちをすぐには捕まえずに残していたのか? そして何故このタイミングで捕まえることを再開し始めたのか?
どうしてパルナを捕まえたのか? 強い者から順に捕まえないその意図はなんなのか? 捕まえる相手の条件はなんなのか? その意図がまるでわからず意図、意図、意図と、メノウは何度も何度も可能性を考慮しては排除し、見えない敵の思考を読み解こうとする。だが、何もわからず、もう打つ手はないのかと諦めてしまいそうになったその時――、
「このまま……何も出来ずに終わるのか? 僕たちは何のために外へと出てきた? アースクリアを救うにはこの世界に来るしかなかったとはいえ……ここのままじゃあ意味がない」
レックスが放ったその一言で、メノウは思考停止させてレックスをポカンとした表情で見つめだした。
「レックス殿……今なんと言った?」
「……癇に障ったか? いや、すまない。少し弱気になっていた」
「いや、違うのだ! もう一度、もう一度今漏らした言葉を言い直してくれ!」
勢いよく迫ってきたメノウにレックスは何事かと頬に汗を垂らしながら、「えーっと……?」と目を泳がせつつ自分が吐いた言葉を思い出して再度繰り返す。
「…………このまま何も出来ずに終わるのか? 僕たちは何のために外へと出てきた? アースクリアを救うにはこの世界に来るしかなかったとはいえ……このままじゃあ意味がない。そう言ったんだ」
「何も出来ない……? 来るしかなった? 意味が……ない?」
そしてレックスが言葉を吐くや否や。何が引っ掛かたのか自分でもよくわかっていないかのようにメノウは言葉を繰り返し続ける。暫くして、メノウは全てが繋がったとでも言わんばかりに目を見開き、心の中で『そういう……ことか』とつぶやいた。