たった一人-11
翌日に備えてほとんどの者が床につき、夜を演出するために放たれていた仄かな光が失われ、ここが地下施設なのだと嫌でも実感してしまう常夜灯へと切り替わった深夜。一同は周囲に気付かれないようにレジスタンスの拠点から離れ、地下施設の中央付近に広がる市街地へと足を運んでいた。
「やっぱり、ぶ……不気味な雰囲気が漂っていますねここは、な、なんか……出てきそうです」
「なに可愛いこと言ってんのよあんた」
既に何度も深夜に足を運んだとはいえ、昼夜問わずに明るく賑やかなヴァルマンの街での生活に慣れているせいか、暗闇に包まれた街の雰囲気にまだ慣れていないティナは、落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見回す。
相反して元々薄暗い場所が得意なのか、パルナは怯えるティナを呆れた様子で見ていた。
「なんだかワクワクするね! この状況で言うのはちょっと不謹慎かもしれないけど、なんだか昔、冒険してた時のことを思い出したよ」
「なんでアリスちゃんはそんなウキウキしてるんですか……言っておきますが、敵はおばけだけじゃないんですよ? 同じ人間が潜んでる可能性が高いんです」
「むしろそっちがメインじゃないの?」
無論、ティナの言う通りアリスもそれをわかっていないわけではなかったが、薄暗い環境は魔王城で一時過ごしていたことから慣れていたのと、普段から魔族として人間に怯えて暮らしていたことからティナほど恐れを抱くことはなかった。
むしろ、敵かどうかもわからない相手を前にするよりも、完全に敵とわかっている相手を前にすることのほうがずっと楽と、アリスは考えていた。
「恐れを抱かねえのは結構だが、もうちょっと緊張感は持った方がいいと思うぜ? メノウの話通りなら相手は姿を消せるんだろ? 今も近くにいるかもしれないし……気は張っておくべきだ」
14歳の子供とは思えない殺気をも感じさせる雰囲気を漂わせながら、メリーは手元の魔力式ガバメントをスライドさせて戦闘態勢になる。
「メリー殿の言う通りですアリス様。油断は禁物です……常に仲間の状態に気を配るようにしてください。恐らくノア内で攻めてきたりはしないとは思いますが……念のために」
「う……ごめん。ボクが悪かったよ」
何も出来ずに仲間を失うだけの現状がよほど堪えているのか、メノウはアリスに対しても余裕のない表情を向け、すぐさま手に持っていた地図を広げる。地図は最初にクルルがいなくなった日に油機に用意してもらった物で、既に探索を終えた場所にはバツ印がつけてあった。
「まだしっかりと調べていないのはこの市街地……それとここから北東にある住民街からも外れた場所にある平地だ。油機殿とメリー殿いわく、人口が増えた時のための居住区予定地として残している場所らしいが……」
「前調べた時は何もありませんでしたね……ただの平地でした」
「何もないように見せかけて実はあったという可能性は残されている。既に調べてもらった後でティナ殿には悪いが、もう一度念入りに調べなおしてほしい」
「わかりました。市街地の方はどうするんですか? どっちか片方だけ調べて、後日もう一度調べなおすってことですか?」
「いや、二手に別れて行動する」
はっきりと告げられた言葉を前に、その場にいた全員が困惑する。
「二手にって……大丈夫なの?」
状況が状況だけに戦力を分散することを疑問視したパルナがそう声を掛けると、同じ気持ちなのか、レックスを除く全員がメノウへと注視して言葉を待った。
「大丈夫かどうかを問われれば大丈夫とは言い難いが、これが我々に出来る最善の行動であるのには間違いないはずだ。何かを狙ってか、クルル殿が消えてからはノアの施設内で敵は行動に移らない。ならば、逆にそれを利用して相手が行動に移る前に敵に繋がる情報を探し出す」
「なるほど……二手に別れようが今は消される心配はないってことね」
「それもあるが、消すとしても一人ずつになるはずだ。恐らくその力を持っている人数が少ないせいだろう。万が一消された場合でも、二手に行動していた方が総合的に見てメリットも大きい。姿も気配もない相手の奇襲を防げる可能性の方が低いであろうからな」
淡々と吐かれたメノウの言葉から、一同は単純に消されることも覚悟したうえでの判断であるのを理解する。恐れていては何も始まらないという覚悟が伝わったのか、一同はその提案を否定することなく黙って頷き、了承の意を見せる。
「それで、どう分けるんだ?」
まるで、始めからそうするとわかっていたかのようにレックスがメノウに話の続きを促す。
すると、メノウはそう言ってくるだろうとわかっていたかのように、ふっと鼻で軽く笑い、行動を共にするメンバーを口にした。
市街地を探索するメンバーとして、メノウ、レックス、油機の三人。
北東の平地を探索するメンバーとして、パルナ、アリス、ティナ、メリーの四人。
メノウがそれぞれのメンバー構成を告げると同時にそれぞれ目的の場所を主軸に探索を開始した。それぞれ、何か敵に繋がる情報が見つからないか、壁、地面などの至って普通に見える部分も念入りに調べ、隠された通路が存在しないか調べ尽くした。
結果。何もない壁や地面をコンコンと叩いたりして反響音を調べたりもしたが、隠し通路と思えるような場所は一切見つからず、敵に関する情報も得ることすらできず――、
メノウにとっても大切な相談役の一人であるパルナを、失うことになった。
敵はノア施設内では行動を起こさないと考えていたが故の行動であったはずにも関わらず、それを逆手にとったかのような敵の行動に、メノウは思わず目を見開いて「……馬鹿な」と言葉を漏らし、ブワっと額から焦りによる汗を浮かばせる。
敵がクルルを消してから以降、ノア内で誰かを消さないのは、レジスタンスの連中に何か異変が起きていると思わせないようにするためとメノウは考えていた。そのことから消すとすれば、中途半端に一人ずつ消すのではなく、一気に短時間で消しにかかるだろうということもあたりをつけていた。
その理由を踏まえた上で、パルナがこのタイミングで消えたのはつまり、クルルで消すのを止めていたその理由が敵側に無くなったことを意味していた。