たった一人-3
それから一同は、バルムンクに頼まれていた通り広場へと向かい、食糧調達のためにレジスタンスの部隊の一つ、調達班と合流してノアの外へと向かった。
調達班の主な仕事は、敵を殲滅してレジスタンスの隊員たちが活動できるエリアを確保することが目的の奪還班とは異なり、奪還班が確保したエリア内で物資を調達することにある。
一見、敵との戦闘を避けられる危険のない仕事のように見えるがそんなことはなく、仮に奪還班が処理しきれなかった多民族やモンスターがいた場合は、気付かれない場所に潜んでいた可能性が高く、物資の捜索中に奇襲を受けることがざらにある危険な仕事を担っている。
そのため、調達班は突然の奇襲にも対応できる身体能力を持ち合わせていなければならず、連絡系統の支援を行う者以外はアースクリア出身の者だけで構成されている。
物資は古代の文明が残した建物内に隠れていることが多く、現在メノウたちもノアの地下施設から数キロメートル離れた先にある旧豊島区の池袋と呼ばれていた方面に向けて移動を行いながら、道中にある家屋を探索していた。
その途中、探索を行っていた廃棄された高層マンションの屋上で、いったんの目途をつけたメノウとアリスとレックスと油機の4人は少しの休憩を挟み、屋上から見える街の景色を眺めながらそれぞれ腰をおろしていた。
「……凄いよね。こんなに建物が密集した世界が昔は栄えていたなんて。きっと……人の数も凄かったんだろうね。それが今は誰もいないなんて」
廃屋となったビル街に生い茂った苔や草木が太陽の光に反射され、神秘的な美しさを放つ失われた世界を前に、アリスは感慨深くつぶやいた。
「バルムンク殿は、この世界は他民族やモンスターたちの手によって奪われたと言っていました。ですが、蓋を開けてみればその世界に他民族やモンスターを作った存在がいて、しかも世界が滅んだあとにも関わらずそれを作り続けている。しかもそれが……この世界を取り戻そうと躍起になっているレジスタンスの内部にいる人間である可能性が高いなんて……皮肉な話です」
目の前に広がっている世界を作った原因が結局は自分たち人間であるということに呆れを感じながら、メノウは溜息を吐く。
「來栖さん……なのかな、やっぱり」
悲しげな表情で吐かれたアリスの言葉の意味を、メノウには痛いほど理解できた。
鏡がもたらした情報、そしてレジスタンス内でクルルが消えたことも合わさり、黒幕が來栖である可能性は非常に高かった。
こうして、來栖以外の敵が誰なのか、どこに本拠地があるのかをコソコソと探し回っているのも、その証拠を掴むためでもある。
だが、仮に黒幕が來栖であった場合。それはつまり、人間がこの世界を滅ぼしたということにも繋がってしまう。人間が躍起になって取り戻そうとしている世界は、人間の手によって滅んだという事実に、仲間同士で争うことなどなかった魔族二人からすれば憐れな現実にしか見えなかった。
「わかりません……ですが、我々が今追っている敵が人間であることは確実でしょうね」
メノウの言葉に、アリスは表情を曇らせる。
逆に、メノウは「っふ」と軽く鼻で笑った。人間の世界のために、人間が蒔いた種を何とかしようとしている自分がいようとは、昔の自分では考えられなかったから。
「もし、敵が人間だったとしても。本当に人間がこの世界をこんな風にしちゃったのかな?」
「人間は争いあう生き物です。それは、歴史が証明していること。人間を滅ぼしたのが人間の手によってというのも……不思議な話ではありません」
メノウの言葉返しに、アリスは納得がいかないように「そう……なのかな」と言葉を漏らす。
その表情から、またしてもアリスの言いたいことがメノウには理解出来た。
外の世界は、人類が地下施設ノアへと逃げ込む以前の建築物がそのまま残されている。風化による劣化や、苔などが生い茂った影響で風景は変われども、人類のほとんどがいなくなる直前のままなのが窺えた。その証拠に、風化を免れている家屋内にあるものを物資としてレジスタンスは調達している。
そのため、街の至る所に戦いの痕跡が残されている。まるで隕石が衝突したかのようなクレーターが街のところどころに存在し、まるで抉り取られたかのように建築物が破壊され、そのまま残されている。そしてそれは、他民族やモンスターや人間が争った跡とは思えないような痕跡だった。
実際、古代兵器と呼べる代物は、他民族を優に捕らえ、自分たちの力を遥かに越えた強力なものだった。そんなものを持ち合わせている人類が他民族やモンスターに負けるとは、メノウには思えなかったからだ。
來栖やレジスタンスの者たちはこの世界は他民族やモンスターの手によって奪われたと言っていたが、仮に來栖がその他民族やモンスターを生み出していたのだとすれば、この世界が滅んだ理由が――、
何か別に存在する。そんな感じがしていた。
「どちらにしろ、今はわからないことです。全てを知るためにも、今は敵を追い詰めるための証拠をつかみましょう」
「うん……そうだね」
「話は終わったか? そろそろ行くぞ」
二人っきりにしようと暫く話しかけないでおこうと思っていたのか、話の目途がつくや否やレックスと油機が立ち上がる。
「そろそろタカコと連絡を取っておいたらどうだ?」
「ああ、そうだな」
レックスの提案を受けて、メノウは懐にしまっておいた通信機を取り出す。
メノウは外にでて行動する際、相手の思い通りにさせない手段として、メンバーを二手に分けた。メンバーを二手に分けることで、一網打尽にされるのを防ぐためだ。
というのも、メノウはこの時点で、二つの箇所を同時に攻撃することは不可能であると結論付けていたからだった。