たった一人-2
「辛気臭い顔をしているな……まあ無理もないが」
メリーと油機を除く全員が、バルムンクが現れると共に表情を強張らせる。一同はバルムンクこそが敵との内通者でないかと考えていた。仮に、敵がこのノア施設内にいるとして、レジスタンスにばれないように今まで上手くやってきたとするなら、それはレジスタンスのリーダーが上手くコントロールしてきたのではないかと考えたからだ。
メリーと油機は全力で否定したが、メノウは可能性の一つとして捉えている。どれだけ二人に信用されてようが、考慮しておかなければ、裏をかかれるのは自分だと、心を鬼にして。
「あーなんだ。すまなかったな……俺も隊長としてまとめ役を担っている手前、相手が誰であろうと疑わしきはしっかり調べないといけなくてな、まだどうなのかは判明してないが……俺は信じてるぞ。なんせ、油機とメリーが必死になってお前たちを庇うくらいだからな」
「おい! 恥ずかしいこと言ってんなよおじき!」
「いいじゃねえか、事実なんだ。じゃじゃ馬のお前が懐くやつが統制を乱すような奴等だとは思いたくもないからな」
バルムンクとメリーとのやりとりを見て、可能性を考慮しすぎて邪険な態度を取るのも違うと考え直し、メノウを除く全員の表情が柔らかくなる。それでもメノウは、バルムンクが何かボロを出さないかと注視し続けた。
「それで? 何の用なの隊長さん? あたしたち食料を運んでいる最中なんだけど?」
パルナが木箱を地面へと置いて、とりあえず話を進めようとバルムンクに視線を合わせる。
「この前の遠征での疲れも取れていない間で申し訳ないが……お前たちには再び外に出てもらいたい」
「外? 何をしに? また大移動をしている多民族でも現れたわけ?」
「そうじゃない。それならもっと緊急を要して全員を集めているさ。別にお前たちに責任を負わせるつもりで言っているわけじゃないが……食糧庫が荒らされたせいで食料の補充が必要でな」
「食糧って……食糧庫にはまだまだ食料が蓄えられていたじゃない」
「食料庫には常にノアの施設内の住人が一週間は食べていける食料を確保しておかなければならない。いつ何があるかわからないからだ」
一定量の食料を常に確保しておくことは、戦時中や、今のノアの現状のように食料が安定して確保できない状況下では非常に重要な課題であり、緊急な状況でもない今の段階でその課題をこなすことに関してはメノウも納得する。それと同時に、メノウは「……しまった」と心の中で声を漏らした。
「……? どうしたのメノウちゃん?」
「……いや」
外へと出てしまえば、たとえ仲間が消されたとしても、先ほど話にも上がったノアの内部で何かが起こっているとしてレジスタンスに疑われることもなく、外で殺されたか行方不明になったとして扱われる。
食料庫が荒らされた段階で防ぎようのなかったことだったが、油機とメリーより事前に、遠征のあとは戦いの傷を癒すために数日は外に出ずにレジスタンス内部での活動となると聞いていたため、メノウは考慮していなかった。
これが、バルムンクが狙ってやったのかはわからなかったが、どちらにしろ、ノア内での活動だけではなく、いつかは外に出ることを考えてもっと早くに立ち回るべきだったとギリっと歯を噛みしめた。
「どうかしたのか? メノウ?」
「ん? あ、いや。急に腹が痛くなってな」
「おいおい大丈夫か? 外に出る前に用は済ましておけ。トイレはほら、あっちだ。集合は今から一時間後、三日前に遠征に出た時と同じ場所に集合だ」
怪訝な視線をバルムンクがメノウへと向けるが、メノウは咄嗟に腹を抑えて誤魔化しきる。
バルムンクが敵であるかもしれない以上、自分がそのことに気付いていることを敵に悟られるわけにはいかなかった。
恐らく敵は、このタイミングで奇襲をかけてくるのは間違いなかった。そして、味方の何人かが確実に消されるだろう覚悟をメノウはこの段階から既にしていた。もしかしたら全滅する可能性もある。だが、メノウはこれをチャンスに変えようとしていた。
奇襲を受けるということは敵が姿を現すタイミングでもあったからだ。
故に、今こちらが外で奇襲を受けるだろう可能性を非常に高く考慮していることを敵に知られるわけにはいかなかった。
油断していると見せかけて、逆にこちらが相手の油断を突く。
これ以上、相手に先手を取らせるわけにはいかなかったから。
「ちょっと待ちなさいよ。まだあたしたちが行くなんて一言も言ってないけど?」
その時、パルナもメノウと同様に不安を感じていたからかバルムンクに食って掛かる。
「悪いがこれはレジスタンスでの大事な活動の一つだ。拒否するのはいいが、レジスタンスへの貢献を拒むものをここに置いていくことは出来ん……って話になる。すまないが協力してくれ。なーに、この前の遠征に比べれば遥かに安全な作業さ」
しかし、バルムンクはあくまでこれは食料調達のための外出だと言い張り、強力な力を持つメノウたちの力を借りたいと協力を要請するような形で、「それじゃあ待っているぞ」と半場強引に押し切り、その場から去った。
「……策は練るか」
無論、メノウも何の策も無しに外に出るのは無謀だと考えていた。
罠なのは確実、それならばその罠にはまってもこちらが有利になるように事前対策をしなければならない。そう考えていた。
かつて、魔王の参謀として魔王軍を動かしていたメノウは数年ぶりに知将としての能力を発揮させ、相手の裏を掻くための策を練りながら、手元に持っていた木箱を全てレックスに押しつけて、とりあえずトイレへと向かった。