疑心暗鬼の夜-13
「この世界に来てからの今後の方針とか、このままレジスタンスに所属して協力するのかとか、私たちの指示役でもあるメノウに相談しに行ってたのよ」
パルナは気丈に言葉を返すが、バルムンクから放たれる朝とはまるで別人かのような重い雰囲気を前に平然とはしてられず、思わず頬に汗を垂らす。
「お前たちのまとめ役はタカコだと思っていたが……?」
「まとめ役はね、でも、考え事や方針決定は一番冷静に物事を考えられるメノウなのよ」
「ほぉ?」
不自然ない言葉返しに、バルムンクも一考する。バルムンクもまだ完全にメノウたちが黒であると決めつけていないかのようなその悩みぶりを前に、メリーがすかさず「おじき」と声をかけて仲裁を図る。
「私から見てもあまりにもタイミングが良すぎる。まるでこいつらがやったかのように誘導してるみたいにな」
「状況を利用したか……その可能性も充分あるな。確かにわざとらしすぎる部分も多い」
「確たる証拠は何もないんだろ? 一度失った信用を取り戻すのは大変なんだ、私たちにしても……こいつらにしてもだ。もっと慎重になるべきだぜ」
これ以上ないフォローに、周囲にいた油機を除く女性陣四人は思わずメリーに視線を向けて笑みを浮かべる。その視線に気付いてか、メリーは気恥ずかしそうに「これくらいは当然だろ……」と、頬を赤くして顔を俯かせた。
メリーの周囲から寄せる元々の信頼も厚かったおかげか、心なしか疑ってかかっていたレジスタンスの隊員たちも、「それもそうか」と、疑心の眼を緩和させていた。
「では、クルルはどうした?」
だが、バルムンクがぶり返したその一言で、再び一同に疑心の眼が注がれる。
「確かにお前たちがやったと決めつけるのは早すぎるし、疑わしき者も他に多い。だが、今一番疑わしいのはクルルを連れていないお前たちだ。クルルが食料を持ち逃げした可能性がいまのところ一番高いからな。今頃……食糧をどこかに隠している可能性もある」
「な、クルルさんがそんなこと……!」
あまりの言い草にティナは激高するが、冷静な表情でメノウはティナの口元に手を当てた。
「クルル殿は賢者としての素質を活かし、このアースの世界に来た者とはいえ、元はヘキサルドリア王国の王女でもあった。身分を捨ててこの世界にきたほどに覚悟を持ったクルル殿が、盗みを働いたとはおもえん」
クルルが王女であったという情報を知らない者が多かったからか、レジスタンスの隊員たちはこぞって「……王女?」と口にして動揺し、ざわつき始める。
「なるほど、確かにそれなら考えにくい。だが……それでも目の前にいないとなればお前たちを疑わざるを得ない。もしかしたら過酷な現実を前に、楽な道へ逃げ出したかもしれないからな」
「わかっている。信じたくはないが……その可能性は否定できない」
「……メノウ?」
まるで、メノウもクルルがやったかもしれないと疑っているかのような口ぶりに、アリスは思わず不穏な表情を浮かべて首を傾げる。
「しかし、見つからなければ断定も出来ないはずだ。実際、我々にもクルル殿の動向はわからん」
無論、クルルが独断でいなくなったわけがなく、何者かによって攫われたであろうことは、メノウは理解していた。しかしそうなると、クルルを「やっていない」とフォローしたところで見つからない以上、誰にも信じてもらえず無駄に終わる。
それを理解していたメノウは、たとえ汚名を着せることになったとしてもクルルを切り捨て、『自分たちは何も知らない』ということにしようとしていた。
独断で動いたということにしてしまえば、見つからない相手を前にメノウたちも共犯であると言い切る証拠もなく、また、独断でいなくなったからこそ無関係を主張できたからだ。
メノウが避けなければいけなかったのは、共犯ということにされ、懲罰房のような身動きの取れない場所に閉じ込められることだった。
そうなれば成す術もなく、「脱走した」、「危険だったので処分した」など、適当な理由をでっち上げられ、レジスタンスの隊員たちに知られることなく、レジスタンスの隊員たちも知らない場所へと捕らえられる可能性があったから。
「クルル殿は我々が見つけ出して連れてくる。もしかしたら風呂に入ってる可能性もあるのでな」
既に先程、風呂場は調べたあとではあったが、時間稼ぎのためにメノウはあえてそう告げる。
「いいだろう。とりあえずはクルルを見つけてからお前たちの言い分を聞こう。疑わしきは……お前たちだけでもないからな」
すると、バルムンクも一旦は納得したのか、瞼を閉じて軽く唸り声をあげながら頷く。そしてバルムンクの疑惑の眼の矛先は、同じくアースクリア出身の他の者へと注がれた。
その間に一同は、疑惑の視線が他へと注がれているうちに広場を離れて自分たち用に支給された女性陣用のテントへと向かう。
「アースクリアの出身だからといってクルルさんみたいなか弱い女性が強引に錠前を引き剥がせるわけないのに……こんなの酷すぎます! クルルさんは仮にも王女なんですよ⁉」
「落ち着いてティナちゃん。身体能力を強化する魔法を使えばクルルちゃんでもどうにか出来るだろうし。向こうからすれば疑わしいに変わりないわ」
テントに戻るや否や、慈悲のないバルムンクの疑いようにティナがヘソを曲げ、タカコが冷静に相手側の思考になって宥める。
「許してやってくれ……おじきはレジスタンスのまとめ役として、一刻も早く和を乱す奴を見つけたいんだ。それだけ責任をもってレジスタンスの隊長とやってくれてるんだよ」
「……わかってますけど」
ティナの怒りは最もだったが、バルムンクの心境もわからないでもなかったメリーは、親しい仲であるバルムンクに代わってティナに頭を下げる。
レジスタンスでの生活も長く、タカコたちの事情も知るメリーが今一番複雑な心境にあるのを察し、ティナは何も言えなくなって救いを求めるように視線をパルナへと向ける。
「なんであたしに視線を向けるのよ」
「いや、パルナさんならこういう時に気の利いた台詞を言ってくれると思って」
「今は仲間内で気を遣い合ってる場合じゃないでしょ? どっちの言い分も最もなんだし。これからどうするのよ? クーちゃん探したところで見つからないし……絶対絶命じゃない?」
「だがこれは逆にチャンスでもある」
ヤレヤレと溜息を吐くパルナとは裏腹に、余裕のある表情でメノウはそう言い切る。
メノウには考えがあった。
「レジスタンスに属さない一切姿を見せない敵であれば手の出しようもなかったが、レジスタンスの隊員たちの中に敵が混ざっていると仮定するならば、勝機はある。追い詰めるための策だったのだろうが……逆につけ入る隙を与えているのに向こうは気付いていない」
明確ではないが、敵がレジスタンスに潜んでいるという情報は、メノウにとっては救いの兆しだった。その潜む敵を暴き、問い詰めることができれば攫ったクルルの居場所を聞き出し、救出することも出来る。
そのため今は、逆境をチャンスに変えようとしていることを気取られないように慎重に動くことが大事であるとメノウは考えていた。
「自分たち以外の全てを疑ってかかるんだ。たとえ……親切そうなのが相手だったとしてもな」
「なんか……妙に頼もしいですねメノウさん。まるでこういう状況に慣れてるかのようです」
迷った素振りもなく、鏡に代わっててきぱきと今後の動きを指示するメノウに、ティナが尊敬の眼差しを送る。
対するメノウはその言葉を聞いて、かつて、同胞を巻き添えにして村を失わせたことにより、同胞から嫌悪の目線を向けられ、全てを信じられなくなり、全てを敵であると疑心暗鬼になっていた時を思い出し、「懐かしい……感覚だ」と、思わず不敵な笑みを浮かべた。
「行くぞ、とにかく……折角時間をもらえたんだ。クルル殿がいないか探していない場所もある。一応だが……探しに行こう」
そして一同に、どこに敵が潜んでいるかわからない状況下で、クルルに続いて仲間を消される可能性に怯えながら過ごす、疑心暗鬼の日々が始まった。