疑心暗鬼の夜-2
『理解できませんね。あなたは私が嫌いなのではないのですか? どうして自分とは大きくかけ離れた考えを持つ相手の手伝いを望んでしようと思うのですか』
その質問をした時、アリスは心底不思議そうな表情をメノウに見せた。
『嫌い……じゃないよ? ボクの面倒を見てくれてるし……考え方の違いなんて誰にだってあるはずだもん。それに……それだけでしょ?』
『……それだけ? 理解できません。ああ……もういい、この場をお任せします。子供とはいえ……魔王様のご息女であるあなたなら容易いはず。残り8つほど薪を割っておいてください』
アリスに「手伝ってもらうことなどない」と言っても、何かしら自分なりにできることを見つけては積極的に自分の仕事のためになることをしようとする。「魔王のご息女が手を煩わせる必要はない」と言って遠ざけようにも聞かず、結果的に、アリスにもできる時間のかかる仕事を与えてしまうのが、傍にいさせないてっとり早い方法だった。
無論、それは手伝わせたという恩が残ってしまうためメノウには不服ではあったが、それ以上に、アリスを遠ざけることを優先したかった。
『あの小娘といると……気がどうかしてしまいそうだ』
メノウのストレスのはけ口は、村周辺の森林に潜って、食料を探すことだった。この仕事だけはアリスには任さず、自分でやるようにしていた。
というのも、アリスへの建前は『万が一人間に遭遇してしまったら危険だから』として、本当はやり場のない怒りとストレスを、村周辺にいるモンスターを相手に晴らすのが目的だった。
メノウは自分の腕が訛ってしまわないように、自主的なトレーニングとモンスターを相手に戦闘を行うことで、戦いの感覚を失わないようにしていた。
モンスターは魔族がいくら近付いて触れようが攻撃はせず、それどころか懐柔すればそのモンスターを生み出した本人でなくても命令を聞かせられるようになる。だが、明らかな殺意と敵意を持って攻撃を仕掛ければ、生存本能が働くからか、たとえ魔族であっても襲い掛かるようになる。
メノウはそれを利用して、あえて殺意を込めた軽い一撃をモンスターに与え、自分に襲い掛かるようにした後、戦うようにしていた。
というのも、メノウにとって無抵抗な敵を倒すことには何の意味もなく、敵意を抱いた相手を蹂躙することでようやくその欲する快感が得られたからだ。
『弱い……弱い! その程度か? やはり所詮魔族から漏れ出た魔力で生まれたに過ぎないということか? 魔王様の魔力で生まれたようなモンスターでもなければ相手にもならんな……だが』
たとえ相手が弱かろうが、牙を向いて襲い掛かる相手を蹂躙するのは快感だった。そしてその感覚を定期的に味わうことで、生温い環境にいることで薄れつつある人間に対する蹂躙欲を失わないようにしていた。『きっとこれが人間であれば、この快感はモンスターの比ではない』と。
『しかし、快感は得られてもつまらんものはつまらんな。所詮、生存本能に従って行動する知性のない生き物にしかすぎないということか。早く……己が驕りで醜悪な笑みをこぼす人間共を恐怖のどん底に叩き落とし、その笑みが絶望へと変わる瞬間を眺めたいものだ』
目の前に転がったモンスターがお金へと変化した物体を見て、メノウは退屈そうにつぶやく。
『魔王様も……何故私をあんな小娘とこの村で一年間過ごすように命じたのだ? まさか、あの小娘のように思いやりのある存在になれとでも言いたかったのか? ……無駄なことを』
何があっても自分の意志は変わらない。己が高まる力の全てを人間相手に使い倒し、弄び、蹂躙すること。それこそが昔から切望していたことであり、そのためだけに力をつけてきた。むしろ、その目的通りに力がついたからこそ、それをふるうことが出来ない現状が不服だった。
『……考え方の違いか』
ふと、人間と戦えない期間が長いだけでどうしてこんなにもいらついてしまうのか、メノウはアリスの言葉を繰り返し、脳内の記憶を漁り起こして、どうしてこんな考え方になってしまったのかストレスの原因を探ろうとする。
自分の考え方は多くの魔族と違っている。それはアリスに言われるまでもなく自覚していた。無論、今の自分を否定するつもりもなければ、こうして力に溺れ、人間を蹂躙したくてたまらない己が本当の自分なのだということも自覚していた。
でも、最初からそうだったわけではない。きっかけはある。それをメノウは一瞬だけ思い出そうとして、すぐにやめた。
『……弱いから、悪いのだ』
仇を取るためとか、復讐だとか、メノウはそんなつまらない戯言を言うつもりはなかった。
だが、メノウの考え方が変わったとするなら、間違いなくそれはメノウの父と母が原因だった。
メノウの父と母は、一族の名に恥じぬ強さを兼ね備えていた。だが、それでも人間に敗北した。
メノウの父と母は、自分が住む村に人間が近寄ると、女子供と関係なく問答無用で襲い掛かり、全てを葬り去ってきた。そんな父と母をメノウは尊敬していたし、自分もそうなりたいと思っていた。
だが、それが今のメノウの考え方になるきっかけになったわけではなかった。
メノウの父と母は人間をむやみに殺し過ぎた。その近隣で多くの人間が犠牲にあえば、王国は討伐体を結成する。その結成された討伐体の手によって、メノウの母と父は殺され、それだけではなく、村全体も焼き尽くされ、その村にいた魔族のほとんどが殺された。
運よく生き残った幼少の頃のメノウは、その時の光景をはっきりと覚えていた。
メノウがその眼に映した光景は、魔族の首を掲げ、それが趣味とでも言わんばかりに醜悪な笑みを浮かべる人間たちの姿だった。圧倒的に魔族よりも弱いにも関わらず、多人数で徒党を組み、少数の魔族をまるで自分たちの力が凄いのだと言わんばかりにはしゃぐ人間たち。
悔しいとは思わなかった。ただただ、そんな人間たちに負けた父と母が不様だと思った。それと同時に、『粋がるなよ』という感情が、弱いくせに勝ったつもりでいる人間に対して芽生えた。いつか、逆の立場に立って思い知らせてやると誓った。それが今のメノウへと変わるきっかけとなった。
『……あれは?』
そして、その日が訪れるのは近かった。あともう半年、アリスと共にこの村で過ごせば、自分は魔王の側近として権力を得ることができる。そうすれば、ある程度無茶な行動に出ても、魔王の側近という名目で多くの魔族を突き動かすことが出来る。
『今日はついてるな……いいだろう。デモンストレーションといこうじゃないか』
そんな日が来ることを想い浮かべていたある日、食料を探しに森林を探しにきたメノウの前に転機が訪れる。人が訪れることが滅多にないこの山奥に、たまたま迷い込んだのか、一人の人間の冒険者が、メノウとアリスが住む村のすぐ近くをうろつき歩いていたのだ。
『倒しても、誰も文句はあるまい』
村に近付いた人間を、村の人間のために駆除した。その名目を盾に、メノウは彷徨い歩く旅人の背後を、戦いに向いた場所に辿り着くまでつけていった。
いつもご愛読ありがとうございます。
来週12月28日にLV999の村人の3巻が発売致します。
3巻を発売できるようになれたのも皆様のお力あってだと考えています!
そして毎回恒例となりましたが、活動報告にて、三巻で使われる画像を先見せしたいと思います!
(ピッタとか、メリーとか、坂上とかetcです!)
今回もイラストはふーみ様が担当してくださいました。
もうですね……ピッタがね……かわいいんすよ…………^q^
なのでよろしければぜひ、活動報告のページにて、閲覧いただけたらと思います!
今後ともLV999の村人をよろしくお願いいたします!