覚えていますか?-13
可能性は複数あった。
新たに小型のメシアが出動し、目的は不明だが地上で戦っているという可能性。異種民族がモンスターと戦っているという可能性。モンスター同士が暴れているという可能性。考えればありえる可能性はいくらでもあった。
でも、モンスターも異種民族も掃討されてほぼいないに等しい地下施設の真上で、考えれる可能性の全ての確率が低く、鏡は思わず額に汗を浮かべる。
「……確かめに行くしかないよな? また戻るのは憂鬱だけど、俺の足で走って行けば数分で着くだろうし……確かめるだけ確かめとかないと」
「致し方ないでござるよ。この付近で何かが起きるのは普通ではありえぬでござる。裏に隠れる真の敵を見つけるための手掛かりになるのであれば、例え些細なことであろうと貪欲に調べるべきでござる」
「だな、とりあえず見に行くだけだからピッタはここに……」
地上に向かう通路を隠している布をめくりながら鏡が振り返りながらそう言うと、置いていくなと言わんばかりにピッタは鏡の背中へと飛びつく。
そんなピッタに言うだけ無駄と鏡はそれ以上何も言わず、再び地上へと向かって走り始めた。
タカコたちと共に歩いている時はメリーの歩調に合わせていたため、地上に出るのにかなりの時間をかけたが、鏡単体で地上に向かう場合は話が変わる。
地上へと繋がる空洞内は崩れ落ちてしまうのではないかと思えるような震動が、鏡が跳躍する度に発生し、壁になっている土塊がこぼれ落ちるほどの風が、鏡が通り過ぎたあとに巻き起こる。
「ご主人、くれぐれも通路を壊さぬよう頼むでござるよ。生き埋めはご免でござるからな」
「大丈夫だ。これでもいつもより抑えて走ってるんだぜ? そもそも疲れで全然力が出ないし」
「てっきりご主人のスキルの力で既に回復したものかと思っていたでござるが……そんな状態で戦えるのでござるか?」
「制限解除の反動はそれだけ大きいってこった。ちなみに戦えるかって言われると戦えない。万が一の時は朧丸の透明化に頼らせてもらうつもりだ」
「承知」
まだ見えぬ敵を想像して、朧丸と鏡は気を引き締めなおす。
「な……?」
だがその直後、敵の姿を見るよりも早く鏡は突然立ち止まり、焦りのある表情を浮かべた。
「出口が……塞がってる?」
もう間もなく出口のある最後の空間へと到着するというところで、道は途絶えていた。元々道がなかったかのように途絶えていたわけではなく、通路は上から土砂が降り注いだかのように荒々しく強引に塞がれたようになっていた。
「爆発音って、ここが崩れ落ちた音だったのか?」
「崩れ落ちた……は考えにくいかと。補強は行っていたし、雨によって地盤がもろくなる対策もしていたでござろう? 簡単に崩れ落ちるような構造ではなかったはずでござる……」
「確かにな……ならなんで崩れてるんだ?」
「ご主人がアホみたいに衝撃を与えたからではござらぬか」
「そんなバカな」
そんな掛け合いをしている最中、鏡の背中にへばりついていたピッタが地へと足を降ろし、トテテと崩れた通路の元へと近寄って、ひょいっとその場の土を拾い上げる。
そして匂いを嗅いだあと、ピッタは表情を歪めて鏡へと視線を合わせた。
「火薬の匂い……するです」
「火薬? じゃあ意図的に誰かがここを崩すために爆破させたってことか? ピッタが言ってた爆発音も外じゃなくて……ここ?」
鏡の問いかけに、ピッタは頷いて応えた。
その返答に、鏡は明らかに焦燥した様子を見せる。
「無駄なことを……ご主人の手にかかればこの程度、すぐに掘って元通りなのに」
「違う……相手も恐らくそんなのわかってるはずだ」
仮にこれが誰かの手によって引き起こされた爆発であるなら、何者かが意図的にこうなるように仕組んだのは間違いなかった。それを鏡は瞬時に悟り、同時に焦った。
「警告だよ。既に俺たちが戻ってきていることも、この穴から外に出たってこともわかってるっていうな……タイミングが、良すぎる。俺たちはさっき戻ってきたばかりだぞ?」
鏡の表情からそれがどれだけ危険な状態にあるかを察し、朧丸も少し強張った表情になる。
「しかし……某たちは遂先程戻ってきたばかり、敵と戦ったのもほんの数時間前でござる。あまりにもここがばれるのが早すぎではござらぬか?」
「ああそうだよ。早すぎるんだ……あまりにも早すぎる」
敵は自分が想像していたよりも頭が回り、遥かに厄介で危険な存在なのかもしれない。少なくとも、この短時間で自分たちが外に向かうために用意した隠し通路を見つけ出すほどに。そう感じた鏡は焦り、同時に安堵した。
もしも、一人で挑んでいたら自分は簡単に殺されていたかもしれないと。
「お父……ピッタたちの行動、多分……筒抜け」
「ああ、俺たちが戻ってきたタイミングを見計らっての爆発だとしたら、既に監視されている可能性は高い。まずいぞ……かなりまずい」
鏡は思わず歯を噛みしめて頬に冷や汗を垂らすと、ピッタをすぐさま担ぎ上げ、来た道を来るときと同じように駆け抜け始めた。
既に位置がばれ、戻ってきたタイミングもわかる状況となれば監視されている可能性は非常に高かった。そしてそんな状況の中、鏡たちは今、別々で行動している。
「タカコちゃんたちが……危ない!」
監視されている上、皆が寝静まり、人気の少なくなっているこの状況で、既に疲れ切って疲弊した皆がバラバラに行動している。それは相手からすれば襲い掛かるには好都合な状況。
仮に、爆発を皆が解散した後のタイミングを狙って巻き起こしたのだとすれば、鏡はここに来るように仕向けられたとしか考えられず、つまりこの状況は、意図して作られた可能性が高かった。
「皆……無事でいてくれよ!」
まだ見えぬ敵の正体に危惧しながら、鏡はタカコたちに合流するべく、既に大半の体力が失われた身体を突き動かし、音のない薄暗い通路内を駆け抜け続けた。