覚えていますか?-10
「お前ら仲がいいのはいいけど、私たちがいないところでやれよな? 気持ち悪いっつの」
そんな一同の輪に入れないのが不快だったのか、ムスッとした表情でメリーが溜息を吐く。
「とか言ってー、メリーちゃんも混ざりたいんじゃないの?」
「油機? お前撃たれたいのか?」
仲良くなりたいけど上手くいかない妹を見ているかのような感覚で油機はメリーをからかうが、数秒後には銃を突き付けられ笑顔のまま顔を蒼褪める。今後のことを考えれば、状況的にはメリーと油機も不安で仕方がないはずにも関わらず、まだ心に余裕がある様子に鏡は安堵し、「ひとまずは……大丈夫そうだな」と、笑顔を見せた。
「とりあえずノアに戻ったら休憩しよう。俺もろくに動けないし……皆、一日中動きっぱなしで疲れてるだろ? 休みなしで動いて、万が一の時に力を出せないじゃ本末転倒だからな」
「しかしご主人、仮にノアの施設が敵の本拠地だとするなら……戻ったところでおちおち休んでもいられぬのではござらぬか?」
「いや、さすがに大丈夫だろう。数日経ってから戻ったなら準備を整えられてるかもわからないけど、戻ったばかりですぐに打って出るようなリスクの高い真似はしないはずだ。俺の隠れ家が未だにばれてないんだ……ノアの施設内にいる人間を的確に探し出すような力はないだろうし、何よりノアの施設内はばれたくない連中がこぞって集まってる……目立った行動はできないだろ」
それを聞いて朧丸も納得したのか、「ふむ、ならいいのでござるが」と鏡の頭の上へとポスッと座り、腕を組んで危険の可能性が他にないか思案する。
「安心しろ、今回のように古代の兵器を使って攻めてきたらきついが、ノアの施設内ではさすがに人目につく兵器の類は使わないだろう。なら、こそこそ攻めてきた連中に負けるほど、僕たちは弱くない。師匠にはまだまだ及ばないが、これでも努力はしてきたつもりだ」
そんな朧丸の危惧を晴らすように、レックスが声をかける。かつてとは違い、大きく成長した今のレックスを弱いと思う者は誰もおらず、鏡も「ああ、そうだな」と認めて頷いてみせた。
「とりあえず戻ったら……お風呂……入りたいですね」
その時、ソファーの上で仰向けに倒れたままだったティナがふいにそうつぶやく。「風呂」という言葉を聞いて、欠けていたピースが埋まったかのように、アリスとパルナとクルルが「うん、うん!」、「それだ!」、「それです!」と同時に叫んでティナを指差した。
その後すぐ、三人はほぼ同時にメリーと油機に視線を向ける。
「……風呂はある。レジスタンス全員が共同で使ってる大浴場がな。本当なら入浴時間が決まっているが、今の時間ならさすがに誰も入ってないだろうし……入っても問題ないだろう」
「あら……そうなのね、でも、水は貴重なんじゃないの? 水浴びなんかに使ってていいのかしら?」
「それは問題ない。地下施設は水脈が通る場所に作られているから水には困らないからな。それに循環装置もあって汚れた水を再利用する仕組みもあるし、気にする必要はない」
思い返せばノアの施設の住民に配給を行う時、メリーが管轄している野菜を持ってこれていたのも、潤沢な水源があってのことだったのだろうと、メリーの説明を受けたタカコは「なるほど」と、どこか納得したように頷く。
「こんな状況に何を言っている? もし入浴中に狙われたらどうするつもりだ? 第一……風呂なぞアースクリアで旅をしていた時は、入れない日なんて常日頃だっただろう? 一日二日くらいどうってことないはずだ」
お風呂一つで騒ぎ過ぎではないかと、レックスは頭に手を置いて呆れた様子でぼやく。
「何を言ってるのよレックスちゃん? 入れるならお風呂は毎日入るものでしょう? というよりレックスちゃん……冒険してた時はお風呂入ってなかったの?」
少し嫌悪の視線を向けてくるタカコを前に、レックスは喉を詰まらせたような表情で視線を逸らす。だがすぐにレックスは弁解するように「いや、入っていたぞ!」と、声を張り上げた。
「入ってたって言っても四日に一回くらいでしょ? あんた入れば? って言っても、『いや、いつモンスターに襲われるかわからん。僕が見張りをしているから入ってくるといい』って言って入ろうとしなかったじゃない」
だが、止めを刺すようにパルナが蔑んだ視線を向ける。
「いや……そうだが、お前たちもそんなに変わらないだろう。水場がなければ水浴びは出来ないんだし!」
「私たち、水浴びできない時はちゃんと身体は拭いてましたよ?」
まるで、気にしていなかったのはお前だけだとでも言わんばかりにクルルが言い切る。衝撃の事実にレックスは思わず表情を強張らせたまま絶句した。
「身なりはよくても…………レックスさん、不潔でしたねあの時は、まあ旅だし仕方ないかと思って私たちも何も言わなかったですけど」
「さすがチクビボーイ」
そして止めを刺さんとばかりにティナとパルナがレックスの考え方はおかしいと言葉を被せる。
「レックスさん……お風呂は毎日入った方がいいよ」
憐れむような、蔑んだ表情でアリスがそう告げると、それに続くようにして油機が「うわぁー」身を引き、メリーが「くっさ」と毒を吐き、最後にピッタが別に今はちゃんとお風呂に入っているので匂わないにも関わらず、臭そうに鼻を摘まんだことで、遂に心を保てなくなったのかレックスは膝から崩れ落ちた。
むしろ世間一般的な冒険者から見ればレックスが普通なのに、あまりにも可哀そうな扱いを受けている光景を前に、悲し気な表情で鏡は浮かべる。
「レックス殿……私は味方だ。入浴中は装備を外すして無防備になる故どうしても危険が多い。旅の途中で入浴できないのが普通なのだ。むしろ入浴していた者を守ろうとしたレックス殿は立派だと私は思うぞ」
そんなレックスに優しく肩に手をポンッと置いたのはメノウだった。メノウの言葉にレックスは表情をパッと明るくする。
「メノウ……お前!」
「まあメノウちゃんも鏡ちゃんも普通に毎日道中で水浴びはしていたけどね」
だが、タカコのその一言でレックスは裏切られたかのような視線をメノウへと向けた。
「いやまあ。私はそもそも装備がないし、魔族だから関係ないからな。鏡殿も素手で戦うから入浴中に警戒する必要もなかったし」
それを聞いてレックスは「やはり味方などいなかった」と再び膝から崩れ落ちる。だが一同はそんなレックスを気にすることなく、「そろそろ出発しようか」とぞろぞろと廃屋となった家から出ていった。
ただ二人、その普通を理解している男たちだけが、『不潔』のレッテルを貼られてしまったレックスが立ち直るまで、憐れんだ表情で見守っていた。
いつも『LV999の村人』を読んでいただきありがとうございます。
このたび『LV999の村人』の3巻の発売が決定致しましたことをご報告させていただきます。
現在Amazonでも予約が始まっております!
今回はweb版では明かされなかった鏡がアースへときたばかりの頃の話を描いた番外編の収録や、加筆修正を重ねて、楽しめるようにさせていただいております!
詳しくは活動報告、またはツイッターの情報をご覧になっていただけますと幸いです。
ひとえに皆様に読んでいただき、応援いただいておりますおかげです。
いつも本当にありがとうございます!