覚えていますか?-7
「残念ながらお前の言っているその同胞ってのは人間だぜ? ピッタは紛れもなく獣牙族だけど」
「ナ、人間デあるハズの貴様ガどうシテ人間と敵対を……⁉ イや……ダカラこそナノか?」
獣牙族のリーダーは一瞬動揺してみせるが、冷静に考え直し、納得したかのように鏡を睨みつけた。まるでずっと探していたとでも言いたげなその眼差しを前に、鏡も表情を強張らせる。
「……ズット聞きタカッタことがある。聞カセロ、お前は何ヲ目的に戦ってイル? 何ガしたい? 我等を助ケタリ、我等と敵対シタリ……お前は何のために戦ってイル?」
「倒さなきゃいけない敵を倒すため」
獣牙族のリーダーの質問に鏡は一考することなく、すぐに答え返した。あまりの即答に獣牙族のリーダーは思わず困惑し、言葉を重ねる。
「ナラバ……勝手にソウすレバ良かっタのデハないカ? 我等ナド無視すれば良カッタハズだ。ナンだ? その圧倒的強さを知ラしめタカッタだけか?」
「それは違う。本当に倒さなきゃいけない敵がいるのに、お互い損するだけで大きな変化のない戦いをしているだけのお前たちを止めたかっただけだよ」
「止めタカッタだけだと? お前にハ関係のナイことのハズナノに……何のためダ?」
「そんな争いなんかで、どっちも死んでほしくなかったから」
思い当たりがあったのか、鏡のその言葉を「嘘だ」とは否定せず、納得したかのように獣牙族のリーダーは目を瞑る。
「抱いた憎しみを晴らすために戦うなんて、不毛なことするなよ。俺は人間だから味方とか、獣牙族だから敵だとか、そういうのはどうでもいいんだ。ただ無駄な犠牲を無くしたいだけだ」
「確カニ戦えば犠牲は出ル。ダガ、無駄ではナイはずダ……お前ノ邪魔で確かに犠牲は減った。しかし、邪魔シなければ、ソノ犠牲の果て二、片方どちらかの勝利が必ず訪レてイタはずだ。ナラバ、我等の戦いは無駄ではナイのデハないか?」
止めた理由はわかった。だが、その意図を知りたいと問いかけるかのように、獣牙族のリーダーは敵意のない眼差しを鏡へと向ける。対する鏡は心底不思議そうな顔で――
「絶対にどっちかが勝利しないと駄目なのか? どっちもじゃ駄目なのか? 人間がいなくなったところで、お前たちの生活はそんなによくなるのか?」
そう言い切った。問いかけていたつもりが、逆に問われることになり、獣牙族のリーダーは思わず「……むぅ」と口籠らせる。
「答えないなら代わりに答えてやるよ。人間を滅ぼしたところでお前たちの生活はそんなに変わらない。何故なら問題は他にもたくさんあるからだ。モンスター含め、喰人族もそうだがそれ以外にも多くの民族がこの世界にいる。それだけじゃない……これからも問題はたくさん出てくる。俺たちが倒した小型のメシアだってその一つだ」
「……現レル障害は全テ殲滅するダケだ」
「人間だけで多くの犠牲を払ってるのに、一体どれだけ犠牲が生まれると思う? どれだけの苦しみと絶望が生まれると思う? もっと……いい方法があるはずだろう?」
「いい方法だと?」
「手を取り合えばいい。俺たちは理解できるはずなんだ。積み重ねてきた憎しみに負けなければ……必ず今よりいい未来を掴めるはずだ。俺は憎しみを押し殺して手を取り合った結果、誰も苦しまない幸せな未来をつかんだ国があるのを知っている」
鏡の言葉に、レックスたちは賛同するかのようにうんうんと頷き、微笑を浮かべる。
その一部始終を知らないメリーと油機にも、鏡が言っているその国が、どの国を指しているのかを察することができた。魔族であるはずのアリスとメノウ、そして勇者であるレックスたちがこうしてこの場に仲間として立っている事実が全てを物語っていたから。
「憎しみごときに負けるな。自分たちとは違うっていう劣等感や優越感に負けるな。仲間になれるなら仲間でいいんだ。敵になろうとするな、その先にある未来だけを見ろ、目先の欲と感情に飲まれるな。抗え、そして強くなれ」
「我等が弱いと?」
「自分の感情をコントロール出来ないならまだまださ」
幾多の戦場を止めてきた鏡の強さを知っている獣牙族のリーダーは、鏡のまだまだという言葉に激情せず、素直に受け入れて「カも……しれんナ」と納得したような口ぶりで答え返す。
その様子を見て、少なくとも頭ごなしに否定せず、理解しようと努めてくれる相手だと判断したからか、鏡は「俺に力を貸してくれ」と言葉を重ねた。
「一つの小さな問題を解決するために多くの犠牲を払うくらいなら、俺に力を貸してくれ」
「我等の力ダト?」
「俺はいつか、お前たちの力が必要になる時がくると思ってる。だから、いつか力になってくれるだろう奴等が無駄に戦ってるのを見てられなかった。お前たちの戦いをずっと止め続けてきたのはそれが理由だ。いつかきっと、仲間になってくれる未来を俺は信じた」
仲間という言葉を聞いて、獣牙族のリーダーは同じ獣牙族であるピッタへと視線を向けた。同時に五感を澄ませて鏡の状態からそれが騙そうとして言っているわけではないかを探る。そして、本気で言っていると判断するや否や、「イツか……理解し合エル相手か」と、一考するかのようにつぶやいた。
「今すぐ人間を信じろとは言わない。むしろ今は信じなくていい。お互い憎み合って利害の一致も図れない現状だと、信じるだけ損するだけだからな。タイミングを間違えれば、その憎しみを大きくしてしまう。だから、いつかその時が来るまでは今のままでもいい」
本当なら今すぐにでも和解して、世界に平和を訪れさせるために協力して欲しい。でも鏡はその気持ちをぐっと堪えてあえてそう言った。今はどんな言葉でお願いしても、憎しみが先行するだろうと諦めたからだ。でも、いつかはわかってくれる日が訪れると信じ、鏡は制限解除で動かすのも苦痛な身体で一歩力強く踏み出し、獣牙族のリーダーに視線を合わせ――、
「そのいつかのタイミングは必ず俺が用意する。だから……俺は信じろ。人間という種族じゃなく、鏡浩二というここにいる個人を信じろ。種族を見るな、俺を見ろ。お前の眼に映った俺という存在だけを考えろ。俺という個人はお前の敵か?」
そう言って問いかけた。
だが、答えは返ってこなかった。返ってこず、獣牙族のリーダーは鏡に背を向ける。話は終わりだとでも言わんばかりのその態度に、鏡もそれ以上何も言わずに踵を返し、おぼつく足取りをクルルとアリスに支えてもらいながらその場から去ろうとする。
「ウルガだ。覚エテおけ……その時が来るマデな」
その去り際、背後から獣牙族のリーダー、ウルガからの声が聞こえ、鏡は振り返らずにそのまま歩を進める。ハッキリとした返事はなかった。だが、声は届いた。それだけで、今は充分な成果だと鏡は笑みをこぼし、地下施設ノアへと向けて歩を進めた。
その去り際、獣牙族からの殺意はまるで誰かに抑えつけられているかのように見え隠れし、そのまま鏡たちの姿が消えるまでの間、獣牙族は誰一人として鏡たちを襲おうとはしなかった。