そんなものに、なんの価値がある?-8
「あの、鏡さんってレベル999なのにタカコさんからダメージを受けるの?」
その時、そろそろ本当に顔色が悪くなってきた鏡の様子を見て、ふと疑問に思ったことを言葉にする。レベル999の鏡の方が強いのは明白だが、実際、能あるロールである武闘家のタカコとどれ程の差があるのか純粋に気になったからだ。
「そりゃな、レベル999って言っても、村人は最弱だから能あるロールの長所の3倍は差がある。それ以外だと1.5倍くらいかな? タカコちゃんのパワーに村人で純粋に勝とうと思ったら、レベル372は必要だな」
すると、直前までダメージを受けて顔色が悪くなっていた鏡は、ケロッとした様子でそう答え返す。
「でもそれだと、やっぱり鏡さんの方が圧倒的に強いよね? ダメージは嘘?」
「嘘じゃないって、ガンガン減ってたよ。ほら、レベル100になると固有の専用スキルが手に入るだろ? タカコちゃんのスキルはマジやばなんだよ」
それを聞いて、アリスは首を傾げた。人間と違って魔族はレベルに関して精通していないらしく、鏡は順を追ってレベルに関する仕組みを説明し始める。
レベル100に到達すると、その人のロール、個性、性格、基準はわからないが専用のスキルが付与される。ロールによっては被るスキルも出て来るため、一番の付与基準はロールと呼ばれている。
レベル100の人間と、レベル99の人間では実力の差が大きく存在する。レックスが広場でパーティーを集めていた時、レベル100を要求していたのはこのためだ。
更にそこから100、レベルが上昇する度に固有の専用スキルが付与される。かつて到達者と呼ばれたレベル253の勇者が伝説と呼ばれているのもそのためである。
そして魔王は、二つの専用スキルを持った勇者よりも強い。
「そうなんだ。……タカコさんはどんなスキルを手に入れたの?」
「【浸透する破壊の衝撃】っていうスキルでな、わかりやすく言うと防御力無視。タカコちゃんが放つ全ての攻撃は全部トゥルーダメージなんだよ。変態スキルだよ変態スキル」
喰らわないのは物理攻撃がそもそも効かない幽霊くらいじゃない? と付け足し、鏡は荷物の整理を終えて立ち上がる。
「なーにが変態スキルよ。鏡ちゃんの方が充分変態じゃない? 聞いたことないわよ? 村人が固有の専用スキルを持っているなんて」
「そっか、鏡さんも専用スキル持っているんだね……あれ? レベル999だから9つ!?」
タカコの変態スキルを聞いた後のためか、そんな凄い力を9つも持っているということにアリスは目を見開いて驚愕する。
「いや、一応10だな。レベルが999になった時に1つ増えたから」
「え? でもレベルが100毎にってさっき言ってなかった?」
「レベル999に辿り着いた奴が今までいなかったからだろ。レベルってな、999で打ち止めなんだよ。1000以上にはならないんだ。経験値メーターそのものが消える」
鏡はそう、不満そうな表情で呟いた。そしてその表情の意味が、アリスにはよくわからなかった。まだ強さを求めていたかったのだろうか? そんな風には見えない。レベル999に辿り着いて、まだ力を求めるとは思えないし、そんな風な人でもない。
なら、この人が時折見せるこの表情はなんなのだろうか? アリスはそう考えた時、鏡を理解したつもりでまだ全然理解出来ていないと言われているような気がして、少し胸が痛くなった。
「10もスキルがある方が充分変態だとアリスちゃんも思わない? ほら見て? さっきあんなに蹴ったのにもうケロっとしちゃっているのよ?」
「えっと、鏡さんが持つスキルってどんなのなんですか?」
「私もちゃんと全部知っているわけじゃないのよね。1つは【オートリバイブ】っていう自動的に回復するスキルみたいよ? ほら、あれだけ蹴ったのにもうぴんぴんしてる」
そう言って、アリスとタカコはちらっと鏡の方を見る。対する鏡は合わせるように出窓の方に視線を向けた。
レベル999というだけでも充分硬く、ダメージを通すのにも相当な苦労が必要だ。なのにも関わらず、微量とはいえ傷を勝手に回復させる鏡の持つスキル【オートリバイブ】は確かに変態と呼べるかもしれない。だがそれは、レベル999になった今だからこそでもある。
そして鏡が、この若さでレベル999になれたのも、このスキルがレベル100の段階で手に入ったおかげでもあった。
「スキルなんて、おいそれと他人にさらすもんじゃないだろ?」
「いいじゃない、減るもんじゃないんだし? たまにはステータスウインドくらい見せなさいよ。どうして頑なに見せようとしないの?」
「秘密主義だから」
鏡はそう答え返すと、目の前にロールとレベルだけを表示したステータスウインドを見せつけた。それを見て、タカコはやれやれと溜め息を吐く。
「まあいいわ。気になるけど、鏡ちゃんがそういうってことは、よっぽど明かしたくない理由があるんだろうし。ほらアリスちゃん、お風呂に行きましょう?」
「う、うん……」
少し困ったような表情で苦笑いする鏡を見て、アリスもそれ以上何も聞けなくなった。時折見せる鏡の達観したような、でも悲しんでいるような寂しい表情。一体、その境地に辿り着いて何を知ったのか? アリスはそれだけ気にしながら、部屋から退室した。
そして、部屋を出たことによってタカコと温泉コースが確定しまったのに気付いたのはそれから間もなくのことだった。無論、もう逃げられない。
半分諦めて、もうなるようになれと腹を括ったアリスは、タカコの案内でヴァルマンの街の大通りを堂々と通り、温泉へと向かっていた。妙に上機嫌なタカコが怖い。
「あら? どうしたの青い顔しちゃって? んふ、大丈夫よぉ、ちゃんと私がフォローしてあげるから」
「あ……いえ、その……はい。ありがとうございます」
「それとも、鏡ちゃんがステータスウインドを見せてくれないとか、時折見せる寂し気な表情が気になって仕方がないのかしら?」
そう言われて、アリスは表情を寂しげなものに変えた。青冷めている理由の一番は今から起こるであろう悲劇を考えてだが、鏡のことを気にしてというのも少しある。
始めて自分を名前で呼び、理解してくれた人間が悩みを抱えている姿を見るのは、あまり気分が良いとはいえなかった。
「普段あんなに適当な感じで何でもかんでもどうでもよさそうにしているのに、ステータスの話になると何故か思いつめたような顔をするのよ、鏡ちゃん」
「……鏡さんは昔からあんな感じなの?」
「んー……モンスターを倒してお金が手に入る今の生活が最高ってのは昔から変わらないけど、あんな思い詰めた表情をし始めたのは、あの子がレベル999になってからね。私とあの子が出会ったのは、あの子がレベル930くらいの時だけど、あの頃はまだステータスウインドも見せてくれていたのよ?」
タカコは「私もその頃はただのバーのオーナーだったから、スキルなんて全然ちゃんと見てなかったけど」と付け足し、唇を尖らせてヤレヤレと首を振った。
「……鏡さんって、どうやってレベル999になったんだろ? レベル300でさえ誰も辿り着けなかった境地なのに、それを更に超えて999って……」
そして、鏡を知れば、誰もが疑問に思うであろうことを、アリスは初めて言葉にして放った。鏡が傍にいる時は、どうしても聞けなかったから。