何一つ、諦めたくないから-7
「追いかけるのは危険だ……相手が誰かもわからない状態で不意打ちを喰らえばそれこそ終わりだからな……悪い。俺の詰めが甘かった」
「中にいる連中が誰なのか検討はついてないの?」
パルナが入念にその後が残ってないかを調べながら鏡に問いかけるが、鏡は寝そべりながらも首を左右に揺り動かす。
「……レジスタンス。それ以外に考えられないよ」
だが、鏡の代わりに答え返すようにして、油機がはっきりとそう告げる。
「このディグダーの技術は、間違いなく人間が生み出したものだよ。こんなのが作れる人間がいるとしたらそれはもう……ノアしかない」
「それくらいなら俺もとっくの昔に検討をつけて調査はしてるさ、でもレジスタンスの本部も、俺達が目覚めたアースクリアがある施設内のどこにも、この小型のメシアが置いてある場所はなかったし、それらしい場所も見つけられなかった」
それを聞いてメリーは押し黙る。あまりにも見えない敵の正体にメリーは「くそ……結局何の成果も得られないのかよ」と、地面に拳を打ち付ける。
「……ううん、多分、いや、絶対にノアにいる人で間違いないよ」
その時、核心をもったかのような口ぶりで、ふいにアリスがそう告げる。
「どうしてそう思うんだ?」
「少なくとも……ボクは來栖さんなら何か知っていると思う。鏡さん、モンスターはどこかで作られて排出されてるって言ってたよね?」
「ああ……言っていたが」
「ボクとメノウは元々魔族でアースには存在しないはずだよ。なのに……こうやってアースに身体を持って存在してるってことは……ボクとメノウも、ピッタちゃんや朧丸さんと同じように……作られたってことにならないかな?」
その話に、一同は目を見開く。メリーと油機に至っては、声を裏返して「ま、魔族⁉」と、アースクリアにしか存在しないはずの存在が目の前にいることに、驚きを隠せないでいた。
「認めるのは少し悔しいけど……アースクリアでのボクはデータだけの存在だった。そのデータだけの存在のボクたちをこのアースに作り出せたなら、同じようにアースクリアにデータとして存在するモンスターも作り出せるんじゃないかな? だから、いくらでも生み出せる」
その話には信憑性があった。むしろそう考えるのが妥当だった。むしろどうして気付かなかったのだろうかと思えるほどに、一同はそれしかないと考えられた。
「ノアの施設に……俺がまだ知らない場所がある?」
鏡がそうつぶやくと、メリーは思い当たる節があるのか、手をポンっと叩く。
「來栖のやつ……あいつっていなくなるとき転移装置を使って移動してるよな? あれじゃないといけない部屋があるんじゃないか?」
それを聞いて、鏡は一考する。仮に転移の移動範囲が、自分の想像を超えているのであればその可能性は確かに高かったからだ。少なくとも、調べる価値はあると判断したのか、タカコも「次の目的地が決まったわね」と言って踵を返す。
「いや待って……すぐに向かいたいところなんだけど……」
「や、休ませて……ください」
そこで、ティナは力尽きたかのように「ぐふ」と言って地面へと這い蹲る。
戦いはアリスの気付きのおかげで無駄に終わらずに済んだ。一同はそれに気付けたアリスに「よくやった」と褒め称えたが、何故かアリスは心の底から喜んでないのか微笑を浮かべるだけだった。その光景をただ、同じく暗い表情を見せるメノウと、アリスの本当の笑顔を知っている鏡だけが、何も言わずに見つめていた。
『……話がある』
アースに出る直前、皆がその場から姿を消し、何故かダークドラゴンによってアリスとメノウだけが引き留められた時のこと。神妙な物言いをするダークドラゴンを前に、二人は異様な感覚に包まれていた。
アリスはなんとなくだが、どうして自分たち二人だけがこの場に残されたのかを理解していた。アースに行くと決意したその時から、魔族は本来魔王が倒されると共に記憶を消され、リセットされる存在であるということを思い出し、まるで運命に弄ばれているような、嫌な感覚が胸の中で広がっていたから。
『これから向かう先は本来……魔族には出ることの許されない世界であり、お前たちの身体そのものが存在しない』
「身体そのものが存在しないだと? どういう……ことだ?」
妙に深刻な物言いに、メノウは思わず頬に冷や汗を垂らす。
『この言葉の意味は次の舞台にゆけばおのずと分かるだろうが……簡単に説明するならば、お主たち魔族は本来、この世界でしか生きていくことができないのだ』
「それは何故だ!」
『次の舞台が真実の世界であるならば、この世界は偽り。そして……偽りの世界でしか生きることのできないお主たちの存在とは…………これ以上は言わなくてもわかるであろう?』
メノウの絶望にうちのめされたかのような表情を見て、ダークドラゴンはそれ以上の説明は無粋であると押し黙る。
メノウも予感はしていた。それが故にダークドラゴンの言葉の真意をすぐに理解してしまった。人間だけはリセットされずに残り、魔族だけがリセットされてしまうという世界の仕組みから魔族は希薄な存在であるのだと、本当は存在しない……作られた何かであるのだと。
認めたくなかった現実を告げられ、メノウは「ここに自分はちゃんといる」、「作られたものじゃない自分という確かな人格がここにいる」と叫びたくなる気持ちを必死に抑えた。叫んだところで何も変わらない事実であることを理解していたから。何よりも、傍にいるアリスを不安にさせたくなかったから。
だが、当のアリス本人は妙に落ち着いた様子でダークドラゴンを真っ直ぐに見据えていた。
『なるほど……賢い娘だ』
その佇まいを見て、ダークドラゴンは感心したかのようにそう言葉を漏らす。
アリスが取り乱さなかったのは、その事実を告げて絶望させるためだけにダークドラゴンはこの場に残したのではないとわかっていたからだった。
それを告げたうえで、何か提案がある。そう考えていた。