何一つ、諦めたくないから-5
「なんとしてでもばれてはいけない代物ってことか、この分だと、後で必ず俺達を探し出して始末しにくるだろうな」
鏡の体力は、クルルとアリスの治療によって回復しつつあった。絶望的な状況に追い込まれてなお命があることに、改めて鏡は仲間の存在にありがたみを感じる。
「メリーと油機は?」
「いや……探したが見当たらなかった。どうやら逃げたか……どこかに隠れているみたいだな」
現在鏡達は、天井のないただコンクリートの瓦礫に囲まれただけの場所に避難していた。いつ見つかるかわからない恐怖を胸に抱きながら、鏡は疲れ果てたかのようにその場に腰を落とす。
「私達ならここにいる」
まるで向こうも合流する気だったのか、見計らったかのようなタイミングでメリーと油機が姿を見せる。二人は険しい表情を浮かべながら、ずかずかと鏡の前へと足を運んだ。
「ここに隠れても無駄だよ。ちょっと解析遅れちゃったけどあいつら、体温で居場所を特定してくるから」
それを聞いて他の一同も納得する。いくら物陰に隠れても、そこにいるのがわかっているかのように的確に攻撃を発射してきたからだ。むしろ、それがわかっていたからこそ建物の中ではなく、こうして身動きの取れやすいコンクリートに囲まれただけの外で待機していた。
「それに最後に出てきたあいつ……先に倒したのより桁違いに強いよ。パワーや装甲の頑丈さはそのままに、機動性を底上げしてる。完全に後継機だよ。小型メシアMrk2ってとこだね」
「そんなの今戦ってきたんだからわかるよ。ていうか油機、それなんだ?」
鏡は油機がスパナと一緒に背負っていた巨大な魔力銃器を指差した。
「あ、これ? あなたたちが倒したディグダーから拾ったんだよ。何かに使えるかと思って」
ちゃっかりとしたその行動力に、鏡たちは苦笑する。するとその笑みを否定するようにメリーが「何がおかしい!」と否定すると、座り込む鏡の胸倉を掴み掛かった。
「何でこんなところで待機してやがんだ? 勝てないのは明らかだろ? あんた私に仲間の死を無駄かどうかで口酸っぱく言ってたよな? なんでとっとと退却しない? 勝てない相手に無駄に戦いを挑んで命を散らすのが無駄じゃない戦い方なのか?」
「なんだかんだで心配してくれてるんだな」
胸倉を掴まれながらも鏡はいたずらっぽく笑うと、メリーは「そ、そんなんじゃねえ」と慌てて赤面し、胸倉を掴んでいた手を放した。
「確かにまともにやりあったら絶対に勝てないかもな。俺達の身体能力じゃあいつの身体に傷をつけることはできない。だけど……俺達には役割に応じて特化した力、スキルがある」
「そのスキルでなんとか出来るなら、とっくの昔に倒してるはずだろうが」
「まあな、でもスキルは特殊だ。特殊なだけに俺たちはその力をいつも最大限に発揮出来てなんかいない。だから……それを最大限に生かした攻撃を仕掛ける。チャンスはたった一回だけしかないけどな」
「そんなたった一回のチャンスなんて捨てて、逃げればいいだろ! チャンスはまた巡ってくる」
「その保証がどこにある? 俺達は今回姿を見られてるんだぞ? もう二度と姿を見せない可能性だってある。闇討ちを受けて殺される可能性だってある。そんな可能性に怯えて過ごすくらいなら、今勝てるかもしれない可能性に俺は賭ける」
それがどれだけ本気で言っているのか伝わったのか、メリーは思わず気圧されて押し黙る。
「本当にやるのね? 鏡ちゃん?」
成功率は決して高いとはいえない鏡の考えた作戦に対し、気難しい表情を浮かべてタカコがそうつぶやく。メリーと油機を除く全員は既にその作戦を聞いていた。聞いたうえで、鏡を信じてそのチャンスが訪れるのをただひたすらにこの場で待ち続けている。
タカコの言葉に対し鏡は改めて「やるかどうかは皆次第だ」と視線を送って反応を待つと、一同は迷った素振りもなくやる気に満ち満ちた表情ですぐさま頷き返した。
「どんな作戦かは知らないけど……お前らはそれでいいのかよ。本当にあいつらがこんな世界を作りだした元凶かどうかもわからないんだぞ⁉ そんな相手に死ぬ可能性の方が圧倒的に高い勝負を挑むなんて馬鹿げてる……そんなの作戦じゃない!」
「それでもボクは鏡さんを信じてる。メリーさんは知らないかもしれないけど、いつだってもう駄目だって状況を覆してきたのは鏡さんだから」
アリスの言葉に賛同するかのようにパルナは「まあ……そうね、常識破りなのは間違いないわよね」と言って苦笑する。同じく地べたに這い蹲るティナも「まあ……普段はアホ丸出しですけど、ここぞという時にやってくれる人ですからね」と、うつ伏せながらも親指を立てて見せた。
「なんでだよ……どうしてこいつに皆そんな期待を抱いてんだよ……何でっ⁉」
「今まで僕たちの常識を何度も覆し、僕たちが何度も諦めてきた状況をなんとかしてきた男が今回も大丈夫って言ってるんだ。なら、信じて付き合うのは当然だろう? それに今回は……僕達の力が必要みたいだしな」
何を言われようが意志は変わらないとでも言うように、レックスはメリーにはっきりとそう告げる。そこまで信用されているのが予想外だったのか、メリーは真顔になりながら「本気なんだな?」と疑うように確認する。だが一同は迷った素振りを見せずに頷いた。
「なあ、なんでだ? どうしてあんたはそうまでして戦おうとするんだ?」
その質問に、鏡はゆっくりと立ち上がって身体をはたくと、上空を見上げて語りだす。
「……正直なところ最初は、アースに出たら敵がいて、そいつらを全員ぶっ飛ばしたら終わりだろ? って単純にしか考えてなかった」
追ってメリーが鏡の視線の先を見ると、そこには新たに現れた小型のメシアがこちらを見下ろすかのように上空で滞在していた。
「でも蓋を開けてみれば全然そんなことなくて、一体いつになったら終わるんだってくらい果てしない世界が広がってて、あー……世界はそんな簡単には救えないんだなって思ったよ」
だが、メリーと油機以外、誰も慌てた表情を浮かべなかった。この状況は、鏡の予想通りだったからだ。いくら体温で位置がわかったとしても、さすがに距離を離されてはどこに逃げたかはわからない。そうなれば必ず上空から見渡すようにして探すだろうと踏んでいたからだ。
「でも、それでもただ前へ進むしかなかった。アースクリアには俺の大切な仲間達がいて、失いたくないものが沢山あったから。でも、だからってアースの何もかもが失われていいってわけじゃなかった。何一つ諦めたくなかったから、俺は期限内に世界を救うための方法がないか必死に探し続けて……ようやくここまで辿り着いたんだ」
そして、小型のメシアは凶悪なまでの魔力銃器をこちらへと向けると、無慈悲なまでに躊躇いなく眩い光を銃口から放ち、巨大なエネルギーの塊である魔力弾を撃ち放ってきた。
自分の頭上を覆うほどの光の塊に、メリーと油機は口を開いて絶望した表情を浮かべる。
「だから俺は、ようやく掴んだそのチャンスを逃さないために戦っているんだ。とはいってもまだ、始まったばかりだけどな」
だが、そんな状況でも慌てることなく、鏡は最後にそう言ってメリーに微笑みかけた。その直後、先程の微笑みは嘘だったのではないかと思える程の悪寒がメリーを襲う。それは遥か上空にいる存在からではなく、今目の前にいる存在から放たれたものだった。今目の前に立っている存在が本能的にとてつもなく恐ろしい存在だと認識しての悪寒だった。
まるで、別人かのように鏡は顔つきを変えると、手元に仄かに青白い光を纏わせ、先程までとは比べ物にならない瞬発力で上空へと跳ねあがると、「うがぁぁぁぁあああ‼」という食いしばるかのような雄叫びと共に、降り注いだ魔力弾を粉砕するかのような勢いで殴りつけた。
「うそ……だろ?」
その瞬間、降り注いだ巨大な魔力弾は跳ね返すとまではいかなかったが、複数の魔力の塊となって周囲へとちりばめられるように飛び散り四散する。おおよそ、人とは思えない力を前に、メリーと油機は目を見開いて絶句するしかなかった。