第十三章 何一つ、諦めたくないから
「馬鹿だよあいつら……何をどう勘違いしたら勝てるなんて思うんだよ」
先程よりも明らかに激化した戦場を崖上で見守りながら、メリーはどこか不満げにつぶやいた。あれから十数分が経過し、旧市街地にいた十数体にも及ぶ小型のメシアたちは獣牙族をターゲットにするのを止め、立ち向かってくる鏡たちを仕留めようと旧市街地内を動き回っていた。
遠目から見ても明らかに劣勢だった。油機いわく、獣牙族を見つけ出すためか、ビルの中に隠れても体温から生体を感知するディグダーを小型のメシアは搭載しているらしく、鏡たちは逃げ隠れて戦うことを封じられている状態にあるとのことだった。
更に小型メシアの右腕に搭載された圧倒的な破壊力のある長距離射撃が可能な大型の魔力銃器を前に、一同は防戦一方の状態だった。せめてもの救いなのは、本来であれば人間の姿を見るだけで襲い掛かってくる獣牙族が、小型メシアをそれ以上の敵と認識して一時的に協力体制をとっていることだろう。連携をとって攻撃を仕掛けるようなことはなかったが、少なくとも鏡たちを襲うような気配はなかった。
「くそ……なんだよ。どうすりゃいいんだよ」
そんな光景が眼前に広がる中、メリーは苦悩していた。
『あんたはどうして……一人でずっと戦ってきたんだ? その気になれば私達に協力してもらうことだって出来たはずだ。そりゃ敵意は向けられるかもしれないし……実際、冷静に話そうともしなかった私が言えた立場じゃないが……どうして?』
鏡のその行動原理が、未だにわからないままだったからだ。今までその行動原理を、鏡が見ようとしてきたそれを固定概念に囚われて見ようとしてなかったから抱いてしまったくだらない質問だったと、今になってメリーは思い直す。
鏡の返答は、とてもシンプルだった。
『敵が誰かわからないから』
自分たちが信用しないように、相手が自分たちを信用していなかったからだ。その時、メリーは遥か昔に親に言われた言葉を思い出した。「信用してほしいなら、まず自分が信用して身を預けなさい。あなたが嫌いなら、相手もおのずとあなたを嫌いになる……それと一緒よ」という、至極当然な人間の心理的な問題。
『それはつまり、レジスタンスの誰かがあれと関わりがあるかもしれないって言いたいのか? そんなの……絶対にありえない! 私たちが一体どれだけ世界を取り戻すことに必死になっているか、わからないわけじゃないだろ?』
それでも、メリーは認められなかった。レジスタンスの連中を信用していたから。ずっと共に戦い続けてきた仲間の中に、裏切り者がいるという可能性を考えたくなかったから。
『性分なんだよ、小さな可能性を疑うのがさ。別にレジスタンスの連中だけを疑っているわけじゃない。皆怪しいさ、だから俺は皆が来るまで誰にも頼ろうとしなかった。考えてみろ? 相談してもし黒幕が混じってたら俺は間違いなく終わるんだぜ? 信用し始めたところを闇討ちされて終わりになったりとかさ』
その理由には納得出来た。同じ理由で自分たちもきっと相手を信じようとしなかっただろうからだ。
『じゃあなんで……私と油機には教えたんだ?』
だが、同時に素朴な疑問が浮かび上がる。
『馬鹿だから。油機はともかくメリー、お前は凄い馬鹿だ。クールぶってるけどやっぱ子供って感じ、深く考えずに感情で突き進むタイプだ』
『ば、馬鹿だからだと?』
『馬鹿だよ。少なくとも俺なんかよりずっと馬鹿だ。世界を救おうと必死になって、まだ大人でも何でもないのに命を張って戦おうとしてる。どれだけ世界を取り戻したいんだよって口を挟みたくなるくらいにレジスタンスのやり方を信じて命を張ってる。そんな奴、疑う方が変だろ?』
複雑な、なんとも言えない感情が押し寄せてメリーはその時口籠った。口籠って思わず赤面したほどに、嬉しかった。きっと言葉通り最初は信用してくれなかったのだろう。でも、信用してくれるように努力をしてくれていた。敵として対峙しながらも、見ていてくれたのだ。自分が信用に足りる人物なのかどうかを。まるでそれが、自分という存在を認めてくれているような気がして、メリーは嬉しくてたまらなかった。
どれだけ射撃の腕が上手くなろうが、ずっと、子供扱いを受けていたから。
『俺はこの世界を救うことにしか興味がない。俺の目的はシンプルで、たった一つの想いで成り立ってる。この世界を救ってとっととアースクリアに戻り、快適に暮らす。それだけだ』
そして鏡はそういうと、崖の下へとピッタと朧丸を連れて降りて行った。
今思えば、自分たちがテントに現れた時、一切慌てていなかったのも最初から自分たちを仲間に引き入れようとしてのことだったのだろう。その行為は素直に嬉しかった。だが、それで今までの行動をなかったことにするかどうかはまた別の話だった。
「メリーちゃん、どうするの?」
「ここで様子見だ。どっちにしたって、あいつらがここで死んだらどうしようもないんだ。本当に世界を切り抜ける力があるのか、ここで見届けさせてもらう。どっちにしろ、私は足手まといにしかならないしな」
「そっか、ならあたしも一緒にいるね? メリーちゃん一人じゃ帰れないでしょ? それに万が一メリーちゃんを守れる人が傍にいないとね」
油機はそういうとニコッと笑顔を見せた。
だが、メリーは内心本当にそれいいのかと内心疑問に感じていた。このまま何もせず、仮に鏡が力不足で負けたとして、今後も今回の出来事を胸の奥に閉じ込めて同じように戦っていけるかと言われれば答えはNOだからだ。
だが、今自分が行ったところで何も出来ないのは明白だった。そんな時、防戦一方だった鏡たちがようやく反撃に移り、小型メシアの武器を持った腕を落としたのを視界に映す。
「なあメリー……あれの使い方、あんたのスキルでわからないか?」