それでもただ、前へ-7
「確かに俺は何度もお前らの作戦の邪魔をした。でもそれは、どっちにも死んでほしくなかったからだ。でも……それでも危険を承知の上でお前らは獣牙族を殺すのを諦めようとしなかった。俺が邪魔しにくる可能性を承知で、お前らは戦う道を選んだんだ。俺も……無関係だとは言わない、でも……その結果じゃないのか? 戦わない道もあったはずなのに、お前達がその道を選択した結果の死じゃないのか? それなのに……成果をあげられなかったら無駄死になんて、俺が言えた義理じゃないけど……死んでいったやつにあんまりじゃないか? だから俺も、がっかり英雄なんて言われてたのかもしれないけどな」
でもそれでも、その定義に鏡は納得出来なかった。殺せたら成果、殺せなかったら無駄という考え方が、まるで思い通りに事が進まなかったことに腹立てる子供のようで、あまりにも自分勝手に思えたからだ。死者に意味を与えるのはいつだって生者である、少なくとも鏡はそう考えていた。
「確かにそうかもな。でもな、私たちは人間なんだよ! 人間が人間のための世界を望んでいるから戦う道を選ぶんだ! 人間が暮らしやすい世界を渇望するのがそんなに変なのか⁉ それを邪魔しようとする奴等を殺す。普通のことじゃないのか⁉」
「お前らは殺すために戦ってるのか? ……違うだろ」
「……もういい、それ以上喋るな裏切り者」
鏡が非を認めようとしないと諦めをつけたのか、その瞬間、メリーは冷めた視線を鏡に向けると、片手にもった小型ディグダーのボタンを押しこんだ。
テント内は静寂に包まれる。一体何が起きるのか? 連絡を取る小型ディグダーであるとわかりつつも、油機以外の一同は息を呑んで何かアクションが起きるのを待った。
だが、数秒経っても何も起こらず、メリーにとっても予想外だったのか、首を傾げてメリーは再度ボタンを押しこんだ。
「な……なんで?」
しかし、それでも何も反応がなく、メリーはむきになって何度もボタンを押しこみ始める。
「油機! 壊れてるぞこれ!」
「えぇ⁉ ちゃんとメンテナンスしたよ! おかしいなぁ……」
「く、くそ! だったら直接!」
そう言って無線機を地面に投げ捨てると、メリーはドアから飛び出して外へ出ようとする。
「させるわけないだろ?」
だが、背を向けた瞬間には、鏡が座っていたにも関わらず背後に立っており、メリーは肩をがっしりと掴まれて制止させられた。そのあまりの速さにメリーと油機は思わず額に冷や汗を浮かべて固まり、対照的にレックスとタカコは感心したかのように頷く。
「また強くなったんじゃないの鏡ちゃん? 空を自由に移動するスキルも身に着けてたみたいだし?」
「いや、身体能力はちょっと上がったかもだけど、スキルを新しく使えるようになったわけじゃないぞ? 空を飛んでたのも新しく増えた仲間のおかげだし」
「新しい仲間?」
逃げられないようにメリーの肩をがっちりと固定しながら、鏡は首を傾げるタカコに教えるかのように「そろそろ姿見せてもいいんじゃねえか?」と声をかけた。
すると、鏡の声に反応するかのように、もぞもぞとピッタが羽織っているフードマントの中が突然動き出し、ピッタの胸元からピョコっと青色の体毛に包まれた小さな生物が顔を出す。
「ぬぅ……窮屈だったでござる」
「な、な、な、何ですかこの小さい喋るフワフワの生き物は⁉」
その生物が姿を見せるやいなや、目を輝かせながら物凄い勢いでティナがピッタの胸元へと近付き、「ぐはっ⁉」という苦しみの声をあげさせてその小さな生物を掴み取る。
そこにいたのは青色の体毛に包まれたまるでぬいぐるみと間違えそうなほどに愛くるしい姿をした小さな生物だった。獅子のような尻尾が生えている以外は全体的に猫のような見た目をしており、小さな両手には肉球がはっきりと見え、思わずポチポチと連打したくなるような魅力を放っている。口元は青紫色のマスクで隠れ、他にも藁草履や古ぼけた装束に身を包んでおり、どこか暗殺者のような雰囲気を放っていたが、全体的な見た目の印象で危険な感じは全くしなかった。
「さっき三人の話声が聞こえると思ったら……この子だったんだね」
「王都にある日本の古い歴史が記された書物に、摩訶不思議な術で他を翻弄したと言われている伝説の戦士、忍という存在がいたらしいですが……それに似た姿をしています。もしかして……」
ぬいぐるみのような見た目の生物に興味を抱いたのか、アリスとクルルもそわそわとしながらピッタの傍へと近寄る。パルナも遠目に見ながらクルルの発言に「あー、あたしもそれ読んだことある」と賛同していた。
「ご名答。忍とかはさっぱり知らないけど、こいつは俺達のスキルみたいなちょっと変わった力を使えるんだ。今、メリーの使ったディグダーの機能を停止させたのも、こいつの力のおかげだ」
「凄いんですね……他にはどんなことが出来るんです?」
「何もないところに足場を作ったりとか……ほら、俺が空を自由に飛び回ってたのもこいつの力のおかげ、他にもなんか色々出来るみたいだけど、俺も全部はまだ知らん」
鏡が一通り説明を終えると、じっと動かずにティナとアリスとクルルにもみくちゃにされていた小さな生物は、しゅぽっとティナの手元から抜け出してテント中央の足場のないはずの空中に着地する。
「お初にお目にかかる。某は朧丸と申す者。我が主様に命を救われお付きとして行動を共にさせていただいているでござる」
朧丸は礼儀正しくきりっとした表情で片膝をついて頭を下げる。その行動に、ティナとアリスとクルルと油機はもれなく「……かわいい」とつぶやいた。
傍らでタカコが「……私とどっちがかわいいかしら」とつぶやいているのをメノウは耳にしたが、何も聞かなかったことにして鏡へと視線を向ける。
「命を救われたとか言ってるが、鏡殿はこの生物とどこで出会ったのだ?」
「最近だけど、なんかボロ雑巾みたいなのがここの地上周辺に落ちてたから何かと思って拾ったらこいつだったのよ。死にかけてたのを助けたら懐かれて……名前も俺がつけた感じ」
メノウはそれを聞いて表情を歪ませる。少なくとも、メリーと油機も朧丸という生物の種類を知らない様子だった。つまり、長年レジスタンスで活動していた者でさえ知りえない生物であるのが少なくともわかる。そんな生物がたまたま『落ちていた』という言葉のニュアンスが、メノウには妙に思えた。
「あの時は運命的な出会いだったでござる……忘れもしないあの日の思い出!」
対する朧丸はその時を思い出してかうっとりとした表情を浮かべていた。
「それはいいけど、何でお前隠れたあとずっと出てこなかったの?」
「出るタイミングを完全に失っていて……ご主人が合図してくれるのを待ってたのでござるよ」
その時、朧丸が現れたことで和やかに変わりつつあった場の雰囲気を、まるで興味がないと言わんばかりにメリーが「ふんっ!」と声を荒げて、引き戻す。
「っ……私と油機をどうするつもりだ? どうせお前たちもこの村人の味方なんだろ?」
「そんな敵意むき出しにしなくても、何もしないっての」
今にも噛みつきそうな勢いで肩を掴む鏡を睨みつけるメリーに、鏡は思わず猛獣を抑え込んでいるような気分に陥り困った表情を浮かべた。