それでもただ、前へ-3
「そ、それにしても子供が多いですね!」
二人の重い空気を感じ取ってか、ティナがすかさず話題を切り替える。
「大きくなると、多くがレジスタンスの加入を望むからね……皆、外の世界を渇望してるから。居住区にいる全員が家族みたいなものだから、大人が数人いれば子供の面倒はこと足りるんだよ」
暗い雰囲気を変えようとしたのに、より重みのある話を油機にされてティナは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。そうやって数々の大人が死んでいったのを目の当たりにしてきたのか、油機はアリスとクルルに負けない暗い雰囲気を纏わせた。
「ぱ、パルナさん。助けてください」
「あー……もうほっときましょ。過保護すぎるのもあれだし、後で勝手に気持ちを切り替えて元気になるでしょ多分。ほら、あんたも手を動かして、目の前にお客が待っているわよ?」
もくもくと手を動かしながら放たれたパルナの助言に、ティナは「え?」と反応して正面を振り向く。するとそこには、珍しく大人と思われるフードマントを被った男性と、同じくフードマントを被った小さな子供との親子が器を持って、食事を配給してくれるのを待っていた。
顔が見えないほど深く被られたフードは、無言も相まって不気味な雰囲気を漂わせていた。
「こ、声かけてくださいよ……」
少し気恥ずかしそうにそうつぶやくと、ティナは器を受け取って配給を行う。
フードマントを被っている者は珍しくなく、むしろ多いため、特にティナは気にすることなく器を返すが、その間際、何故かアリスはまじまじと疑った眼つきでその二人の親子を見ていた。
「……あの二人、背丈も身体の大きさもなんか……何より」
器を返した後、去っていく親子をアリスは視線で追うと、そわそわとしながら食事の配給用に使っていたトングとお玉をテーブルの上へと置く。
「どうしたのアリス? なんか落ち着かないみたいだけど? お手洗いにでも行きたいの?」
「ごめんパルナさん、ボク……ちょっと行くね。ボクの分もやっといて」
「え? ちょっとアリス? ちょっと! どこ行くのよ!」
するとアリスは、パルナに自分が担当していた配給分を押しつけると、去って行った親子二人を追いかけて、配給所から飛び出していった。
「あ、アリスちゃん?」
「アリス様!」
アリスが飛び出したのを見て、メノウとクルルもその後を追う。
「あ? お、おい! どこ行くんだお前ら!」
「ティナちゃん。三人の後を追って! 追い付いたら場所を後で教えるか連れ戻してちょうだい、ここは私がなんとか四人分やっておくから」
「え……えぇー、わかりました」
突然いなくなった三人を見てメリーは声を荒げるが、周囲にまとわりついた子供たちが邪魔で引き留められず、タカコの咄嗟の判断で、連れ戻すようにティナを向かわせた。
「どこかな……あ、いた」
配置の法則なく大量に設営された小さなテントがひしめく居住区内は、そこに住まう連中で賑わっており、フードマントを被った者から子供たちまで常に行き交いしている。アリスは一瞬追っていた二人組の姿を見失うが、途中何度も人とぶつかりながら居住区内を駆け回り、再び手元に器を持った二人組の姿を見つける。
器を持った二人組は、居住区内でも特に奥の方、ノア施設内の大きな壁と密接している小さなテントの中へと入り込む。アリスには居住区の中でも特に人目のつかない壁際にテントを設置しているのが余計に怪しく見えた。
「……なんか話してる」
二人組がテントの中に入ったのを見て、アリスは足音をたてないようにゆっくりとテントに近付き、ドアの部分に耳をあてる。
「ふぅぅぅ危なかったぁ、ばれるかと思った。なんか一人めちゃくちゃ俺のこと見てたからな、観察力の高い奴がレジスタンスに加入したのは厄介だな」
「ご飯……無くなるです?」
「むぅ……この拠点を失うのは某にとっても痛手でござる……」
テントの中からはまるで解放されたかのような気の抜けた風に話す男性の声、ご飯の心配をしているか細くまだ幼い女性の声、そして不思議な言葉遣いをする同じく女性と思われる声と、三人の話し声が聞こえてきた。
会話内容から、何かしらの警戒をしていたという事実を知り、アリスは詳しく知るために更に耳をテントの中へと近付ける。
「まあまだ何とかなるだろ。とりあえずはあいつらとコンタクトをとる方法を考えないとな……よし、その前にまずは飯を食おう。腹減ったし」
「ところでお父。だれかそこのテントで聞き耳たててる」
気付かれていたことにアリスは身体をびくっと硬直させる。その後すぐにその場から離れようとするが、それよりも早くテントのドアから男性のものと思われる手が飛び出し、アリスの肩が掴まれそのままテントの中へと引きずりこまれる。
「……そういうのはもうちょっと早く言えっ! さっきの俺を用心深く見ていた奴か? 油断してた……まさかここまで追ってくるとはな」
「んむむ……んぐぅ……むぅ!」
叫び声をあげられて周囲に気取られないよう、男性は座りながら瞬時にアリスの口元に手を当てて抑えつけ、暴れまわらないように背後から両腕を抑えつけるように片腕で抱きしめる。更に両足を絡めて身動きがとれないようにした後、「頼むから暴れるないでくれ」とアリスに懇願した。
テントの中には、自分を抑えつけている男性と、妙に落ち着いた様子でコップに注がれた水を飲むフードマントを被った幼い少女が座っている。
「ん! んん! んむぅ……んん⁉ む…………」
あまりにも突然のことに、アリスは必死になって抜け出そうともがくが、視線を少しだけ上へと向けて、自分を抑えつけている人物が誰なのかを確認すると、ピタッと暴れるのをやめた。
「んぉ? なんか急におとなしくなったな」
「お父……また誰か来る」
抑えつけた対象が急におとなしくなったことに男性が拍子抜けしていると、フードマントを被った少女は、これまた落ち着いた様子でテントのドアへと視線を向けた。
「アリス様!」
直後、ずっとつけていたのか、メノウがテントのドアを勢いよく開けて片足を中へと入れこむ。アリスの様子を窺っている途中、テントの中に引きずり込まれたのを見て慌てて来たのか、メノウは剣幕した表情で呼吸を乱していた。
だが、テントの中を見るなり、メノウは目を見開いて驚愕する。
「か、鏡……さん?」
その光景を見て最初に言葉を発したのは、クルルだった。メノウに遅れて一緒になってアリスの後をつけていたクルルとティナが、メノウが足を踏み込んで半開きになったテントのドアを覗き込むように顔を出すと、メノウと同じく目を見開いて驚愕してみせる。
そこにいたのはフードを外して顔をさらけ出した男性。見間違えもなく、鏡だったからだ。