終わりの見えない道-27
その時、フードマントの男は何かに気付いたかのように跳びはねてレジスタンスたちから距離をとっていく。何をしようとしているのかの意図を探るべく、バルムンクはフードマントの男が向かう先へと視線を向けた。その瞬間、バルムンクは一瞬にして顔色を青ざめさせる。
「っ⁉ 全員撤退だ! 今すぐノアに向けて逃げるんだ!」
一同が何事かと、バルムンクが視線を向けている先を追うと、そこには、いつの間にかレジスタンが仕掛けた罠を抜け出して立ち尽くし、こちらに殺意と憎しみの表情を向ける獣牙族たちの姿があった。
「急げ……大半の者が武器を失った今、正面きって戦うのは自殺行為に等しい! 逃げろ……全力で逃げろ! そして走れ! 生きるために今すぐ!」
その掛け声を聞くと共に、レジスタンスの後方支援部隊は一斉に石橋の下の地点から走り去り、再び来た道を戻ってノアへと向かおうとする。そして残った者たちもそのあとを追う。
「「「うがぁああああああああああああああああああ!」」」
だが、レジスタンスの後方支援部隊が逃げ出そうとしているのを見て、耳を塞ぎたくなるような怒りの混じった雄叫びをあげて、獣牙族たちは一斉に追いかけようと走り出した。背後から奇襲を受けるわけにはいかず、獣牙族に応対しようと前衛部隊の何名かと、タカコ達は走る速度を抑えて逃げながらも部隊の後ろ側へと移動する。
「メノウちゃんはティナちゃんを連れて安全な場所に! 残りは逃げながら皆を援護するわよ!」
タカコの指示に一同は頷くと各々が武器を構えて指示を受けやすいようにバルムンクの傍へと移動する。メノウも「さあティナ殿! 私にお掴まりください」と率先してティナを背負い、先に逃げた後方支援部隊たちの後を追った。
「すまない……助かる! 油機! メリーを背負って離脱して先に行った者達に合流してくれ」
「了解! 皆……死なないでね!」
苦悩した表情で殿を務めていたバルムンクの傍にタカコたちが寄ると、心強く思えたのか顔の力を抜いて笑みを見せ、メリーと油機を殿から離脱させた。
そして一同は走りながらも、背後から追いかけてくる獣牙族たちへと視線を向ける。
「あいつら……速い⁉ どうすんのよ、これじゃあ絶対に追い付かれるわよ!」
「わかっている! 前衛部隊は追いかけてきたものを対処しろ! 魔法で援護が出来る者も殿についてアース出身の者達を守れ!」
本来市街地などの入り組んだ地形で力を発揮するであろう獣牙族たちは、周囲に何もなく、足を取られる川の上であっても、レベル100近くに上り詰めた武闘家に匹敵する速度でこちらへと向かってきていた。
ぼーっと見ているだけではすぐに追いつかれて殺される。そう感じたパルナも走って逃げながらも身を守るために電撃系統の魔法を放ち、足止めしようとするが――、
「ちょ……! 全然効いてないじゃない!」
まるで意に介した様子もなく、走る速度を落とさずにこちらへと向かってきていた。
「もっと威力の高い魔法じゃないと奴等には通用しない! 魔法使い10人分のありったけの魔力を使って設置した罠でさえ、足止めをするので精一杯だったんだ……間髪入れずに攻撃するんだ!」
「んなこと言っても、走りながらそんな器用なことできないわよ!」
「パルナちゃん! 私があなたを担いで走るから魔法に専念して!」
拾いあげるようにしてタカコはパルナをひょいっと担ぐ。お尻を叩かれる時のようなだらんとぶら下がるような体勢にパルナは少しだけ赤面すると、すぐさま気を取り直して魔力を手元に集中し始める。
相手を殺す勢いで集中させた濃密な魔力はパルナの手元で視覚出来るほどに渦巻き、それを見たバルムンクも「それなら……!」と、期待の込もった眼差しを向けた。
だが、魔法を獣牙族へと放とうとした瞬間、異様な光景が一同の眼前に広がった。
獣牙族の味方をしたはずのフードマントの男が、レジスタンスたちを追いかけようとする獣牙族を次々にチョップで地面へと這い蹲らせていたからだ。
獣牙族を倒しているわけではなく、ただチョップで強制的に地面へと這い蹲らせているだけだったが、その行動はまるで『追いかけるな』と言っているようにも見えた。
「くそ…………エースめ、毎度毎度一体何がしたいってんだ!」
その光景を見たバルムンクがそう言葉を漏らす。
それを聞いたパルナは手元に集中させていた魔力を引っ込めて「前も……同じようなことがあったの?」と、担がれながらもバルムンクに視線を向けた。
「ああ、まるで俺達で遊んでいるかのようにな。突然現れては邪魔をして、殺さずに逃がそうとする。あいつは楽しんでやがるんだ。殺さずにまた攻めてくる俺達に期待して……!」
「誰も死んでないなら……いいんじゃないの?」
「武器を失って敗走する途中で死んだ仲間がどれだけいたと思ってる……? それに、こっちは貴重な武器を多く失っているんだ……いいわけがないだろう!」
バルムンクの言葉をそのまま聞くと、確かにフードマントの男の行動は許しがたいものだったが、どこか、自分都合な言い回しにも聞こえたタカコは表情を少しだけ歪ませる。
「……エースが獣牙族に嫌われてるって言ってたわね。それって……」
「ご察しの通り、あの行動のせいだよ」
今もなお、レジスタンスが脅威であると認識している獣牙族の群れ相手に、赤子の手を捻るかのようにチョップを繰り出すフードマントの男を見て、一同は複雑な表情を向けた。
仮に、あのフードマントの男が自分達もよく知る人物だったとしても、その行動の意図がわからず一同は困った表情を浮かべる。
そしてフードマントの男の力により、獣牙族の群れと距離を離した一同は、作戦が失敗したことにより大きく士気を下げたレジスタンスたちと共に、途中迫りくるモンスターたちを対処しながら地下施設、ノアへと向けて移動を開始した。
「鏡さん……あなたはこの世界で一体……」
難しい表情を浮かべながらクルルは移動の途中そうつぶやく。
これから、この世界でどう行動していけばいいのか? フードマントの男の姿を頭によぎらせながら、今なお姿を見せない鏡に問いかけるように。