終わりの見えない道-18
一同は動揺を見せながらも周囲を見渡し続けるが、何もおらず、ただ淡々と時間だけが過ぎる。
「どうすんのよ、私達は初めてで何が危険なのかもわからないんだから。どうするかはあんたの指示次第よ、バルムンク隊長さん」
あまりにも身動きの取れない状況にしびれを切らし。パルナが杖を構えて周囲を警戒しながらも、バルムンクに近付いて指示を窺う。
「……俺が先に出る。お前達はここで待機しておけ。もし周囲に何かがいるなら……俺が出てきた時点で何かしら行動を示すはずだ」
すると、バルムンクは意を決したかのような表情を見せると、昇降路に展開されているステルス迷彩のかかったバリアの範囲外へと足を踏み入れる。
そして、全員が緊迫した様子で、一人果敢に危険地帯へと進むバルムンクを見守った。
「……何もいなさそうだな」
外へと歩き出したバルムンクはそのままステルス迷彩の周囲をぐるっと歩き回り、何もいないことを確認する。パルナ達がいる場所は、廃墟となって草が生い茂ったビルに囲まれていた。先程からそのビルの中のどこかに潜んでいるのではないかと五感を研ぎ澄まして警戒しているが、特に隠れてこちらの様子を見ている気配はなく、バルムンクも安全だと判断したのか、パルナ達の元へと戻ろうとする。
「……後ろだ! 今すぐ走れ!」
だが次の瞬間、反響するほどの叫び声が発せられた。安全な場所にいるはずのパルナ達からではなく、危険な場所にいるはずのバルムンクから。
「うわ……うわぁぁぁああ!」
全員がバルムンクの声に反応し、背後を振り返った瞬間、これが数秒間に起きた出来事だとは思えない程の悲惨な状況に、レジスタンスの構成員の一人がたまらず絶叫する。
レックスとメノウとタカコも、一瞬の間に起きた惨劇に顔を歪ませ、クルルとパルナとティナとアリスは、見慣れないグロテスクな光景に言葉を失い、目を見開いた。
「何よあれ……いつの間に?」
戦意を失いかけたパルナは、このままでは自分がやられるという認識に切り替えて杖を握りなおす。この一瞬で、バルムンクから見て最も奥に立っていた三人のレジスタンスの構成員が殺された。
「何ですかあれ……モンスターですか?」
「いや、モンスターにしては異質すぎる……見た目が人間に近すぎる」
ティナとレックスはその異様な存在に気圧されながらも、状況把握に努めようとする。
その存在は真っ黒だった。靄のような真っ黒なものが全身にまとわりつき、まん丸とした黄色に発光する眼と、人間と近しい形をしている以外に表現する特徴がなかった。
「喰人族だ……なんでこんなところに、いや……どうしてステルス迷彩があるこの場所に⁉」
レジスタンスの構成員の一人が、恐怖に満ちた表情を浮かべながらそう漏らす。
「あれが……喰人族?」
その存在を実際に目の当たりにして、ティナはバルムンクが「魔族とは全然違う」と言っていたのを理解した。それは、むしろモンスターに近かったからだ。いや、むしろモンスターよりも残忍で醜く、どこか恐ろしさを感じるほどだった。
殺されたレジスタンスの構成員、三人の身体の一部は削り取られ、力なく、それぞれ三体の喰人族に音もなく貪られている。大人しそうなその見た目からは考えられない大きさでぐぱっと口を開くと、餓鬼のような勢いで音もなくかぶりついている。
そう、音がなかった。
身体の一部が削りとられるほどに無残な死を遂げているにも関わらず、何の音も発しない。現在も貪られているのに音がない。背後で仲間が殺されているのに一同が気付けなかったのは、そのせいだった。
「前衛部隊! 後衛部隊を囲うようにして円形になれ! 背後に立つ隙を与えるな!」
全員が突然の惨状に戸惑いを見せる中、バルムンクは冷静に指示を出す。動揺して動きを止めていた一同も、その指示に従ってすぐさまメリー達、後衛の部隊を囲むように円形に陣を組んだ。
「どうするつもりなの? この円形の陣に何の意味が?」
円形の陣を組む時、状況を把握するためにバルムンクの隣に移動したタカコがそう問う。
「今考えている途中だ……喰人族は絶対に音を発しない。背中を見せれば音もなく近付いてきた喰人族に気付かぬうちに殺される。アースで最も厄介なアサシンだ」
「音が出ないのって、もしかしてどんな行動をしてもってこと?」
「ああそうだ。あいつらは自分達の影響で発せられた音を全てあの黒い靄で吸収しちまう。殺された時に泣き叫ぼうが誰にも気付いてもらえない……おまけにあいつらは凄まじく速い」
バルムンクがそう言葉を発した瞬間、タカコの目の前に音もなく喰人族が瞬時に姿を見せる。1秒にも満たない時間、喰人族はタカコをジーッと見つめると、口をガパッと大きく開いた。
「タカコさん!」
それにいち早く気付いたアリスは、頭をかぶりつかれそうになる間際のタカコに声を張り上げた。だが、あまりにも一瞬で、突然すぎる攻撃にタカコは目を見開いて言葉を失い硬直してしまっていた。
「っぬふん!」
だがしかし、意識を途絶えさせると、タカコの今までモンスターとの戦闘で培ってきた生存本能がタカコの身体を勝手に突き動かし、目の前に接近してきた喰人族の一体の腹部をえぐり込むように右足を真っ直ぐに振り上げて、凄まじい勢いで喰人族を遥か上空へと蹴り上げる。タカコのスキルによる爆発もおまけして。
「お…………お、おぉ?」
予想外のカウンター攻撃だったのか、バルムンクは驚愕の表情を浮かべてタカコに視線を送る。
「ふぅ……確かに速いわね、危なかったわ」
「お、おいおい。お前あれの動きが見えるのか?」
「一応ね、虚を突かれてさすがに駄目かと思ったけど。でも、私の方がもっと速かった……それだけのシンプルな話よ」
「そ、そうか」