終わりの見えない道-9
「それはわからないけど……とにかく今は鏡ちゃんがどうなったのかの確認が先決よ。全く……別に誰から聞いてもいいから教えてくれれば良かったのに」
タカコは溜め息を吐きながら、視線を真下に存在するアースクリアの装置へと視線を向ける。あの中で眠り続ける内の一人だったことに恐ろしさを感じながらも、タカコはあの中で眠っていた方が幸せだったのかもしれないとも考えていた。
鏡が憤りを感じていたとおり、アースクリアの世界の仕組みは作られて成り立っていたものだった。だがそれは、そうでもしないと倒せない相手がいるということを裏付けており、タカコは今までに味わったことのない危険が待っているのではないかと不安に感じていたのだ。
「タカコさん……大丈夫ですか? 凄い汗ですが」
「……ありがとうクルルちゃん。ちょっとだけ、ちゃんと無事に帰れるか心配になっただけよ。こんな時……デビッドさんがいてくれれば…………!」
不安な気持ちを払拭するためか、タカコは頬を紅潮させて乙女の表情へと変化させ、脳内で白馬に乗ったデビッドを想像し始める。見ているだけで逆に不安な気持ちにさせられたため、クルルは無表情になるとそのまま黙って同じように真下を眺め続けるティナの傍へと向かった。
「私達がいたアースクリアが仮想世界で、半分の目的が人類の安寧のために作られたのなら……どうして皆、平等な条件で生まれて来ないんですかねクルルさん……」
「……ティナさん」
「なんとなくはわかるんです。きっと……ありのままの生活環境を築きたかったんだと思います。きっと、大昔のこの世界、アースの状況も今のアースクリアと変わらなかったんでしょうね。でも……でも、こんなのあんまりじゃないですか」
かつて、親を失い孤児として教会に育てられたティナは、辿ってきた人生の過酷さ、辛さを脳裏に過らせながら、その辛さが作られて用意された世界での出来事だったことに憤りを感じ、悔し涙を浮かべていた。
その様子を見て、どうして真下に広がる光景にティナが異常な程に驚きを見せていたのかにクルルは気付く。
「神なんて……いなかったんじゃないですか。何が……安寧ですか!」
孤児として教会で育ったティナは神を信じ、神の導きにより救われていたとのだと思っていた。だが実際はシステムで管理された作られた世界で生きていただけだった。ティナは、自分以外にもたくさんの孤児が救いを求めているのを知っている。望んでもいないのに作られた世界で生まれ、辛い日々を送らされる。人類の進化なんて、別に本人は望んでいないのに。
「あんたが泣くなんて珍しいじゃないティナちゃん」
あまりの悔しさに頬に涙がこぼれ落ち、嗚咽が漏れそうになったその瞬間、ティナの頭に優しくポンッとパルナの手が置かれる。
「……作り物だったんですよ? 私達の世界は! 全部嘘っぱちだったんです……このアースを救うために身体の進化をもたらすための!」
「あたしはそうは思わないけど? 全部が全部……嘘ってわけじゃないじゃない? その証拠にほら、あたしがここにいんでしょ?」
パルナはそう言うと、次にティナの身体を優しく抱きとめた。自分の存在がそこにちゃんとあるのだと伝えるように。
「あたしに言う資格はないかもしんないけど、あたし達が過ごした時間まで嘘だったわけじゃないでしょ? 鏡があたし達を繋ぎ止めてこうして一緒にここに来たんじゃない。その記憶まで嘘っぱち?」
パルナの言葉に、パルナの胸に抵抗することなく埋くまったティナは小さく顔を左右に振る。
すると、パルナに続いてレックスもティナに近付き、賛同するかのようにティナの右肩にポンっと手を置いて笑顔を浮かべた。
「パルナの言う通りだ。そもそもアースクリアで師匠との出会いがなければここに来ることも、僕達がここまでの強さに上り詰めることもきっと出来なかった。認めたくはないが、きっと僕は師匠に会わなければ魔王に殺されていた……間違いなく。でも僕はこうして生きている! 過ごしてきた日々まで嘘だったわけじゃない、例え嘘の世界だったとしてもな」
レックスの力強い励ましを受けて、ティナは周囲に視線を向ける。すると、全員が暖かみのある優しい眼差しでティナを見つめていた。パーティーを共にしたことのあるレックス、クルル、パルナだけでなく、敵として対峙したことのあるメノウとアリスとタカコも心配無用とでも言いたいかのような優しい表情を浮かべていた。
「我々魔族がこうして皆と共にいられるのも、鏡殿との出会いのおかげだ。そして我々は今その鏡殿に助力するためにこうしてここに来ている。嘘っぱちだなと悲しいことを言うなティナ殿。これから何があるかわからない……気を引き締めて参ろう」
メノウの言葉に、パルナの胸に顔を埋めて泣いていた自分が急に恥ずかしくなり、慌ててパルナから身を離すとティナは涙を服の裾で拭い取る。少し腫れた目で笑顔を浮かべ、「そうですね……私達、仲間ですもんね」と、今ここにいる仲間達は偽りない真実であると安堵した。
「あーいたいた。あんた達かい? 新しくこの世界に辿り着いた英雄様達ってのは?」
その時、真下に広がっていた光景が突然遮断され、部屋の中全体が突然真っ暗な空間へと変わり、その
直後、バァンッと力強い音を立てて一同の背後に存在した扉が開かれる。
扉から眩い光が差し込むと、男勝りな喋り方で女性がどかどかと一同のいる部屋の中へと入り込んできた。
「おほぉ! 凄いねぇ! こんな一度にたくさん出てきたのは初めてじゃない⁉ テンション上がるねぇ……テンション上がるねぇメリーちゃん⁉」
「上がらねえよ……何興奮してんだ」
最初に部屋の中へと入ってきた小柄な女性の背後から、ピョコッと軽快な足取りでパルナくらいの高身長の女性が部屋へと入り込む。差し込む光で姿はよく見えなかったが、女性と思われる二名が一同の前へと立ち塞がった。