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LV999の村人  作者: 星月子猫
第一部 
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そんなものに、なんの価値がある?-4

「あの……その、お願いがあって」


 隠れているつもりだったのか、木の陰からピョコっと顔だけを出して、もじもじと言いにくそうにアリスはそう呟く。


「お父さんの病気を治すために、お薬……買ってきて欲しいんだ」


「お薬ってなんの?」


「聞いた話だけど、クエスト発行ギルドで精霊の加護薬っていう万能薬が購入できるって噂を聞いて……それを買ってきて欲しい」


「それ、10ゴールドするんですけど、お金あります?」


「じゅ、10ゴールド!?」


 せいぜい500シルバーくらいだろうと高を括っていたアリスは、手の届かない値段を聞いて愕然とした表情を見せる。


 確かに精霊の加護薬は、その値段に見合った効果をもたらしてくれる。風邪は勿論、毒も、呪いも、石化も、活力も、精力も、体力も、エイジングケアにも、美肌にも、筋肉の疲労にも何にでも良い方面で効いてくれる万能薬だ。


 愛用しているのは、貴族の中でもごく一部、それも年に一度使うかどうかのとんでもなく貴重なアイテムである。


「まあ無いだろうな。持っているようには見えないし」


「あの……その、お金……貸してください」


 恥を忍んでアリスはそう言うが、鏡は「何言っているんだこいつ」とでも言いたげな表情で、眉間に皺を寄せる。


「魔王のために大金貸してまで薬を買ってあげる村人とかいねえよ。俺がそこまでしてやる義理はないね。病気に掛かった魔王が悪い。おとなしく倒されろ」


 人差し指をアリスに向けながら鏡がそう宣言すると、アリスは途端に暗い表情へと変化した。その変化を見て、さすがに実の娘におとなしく倒されろは言いすぎだったと鏡は猛省する。


「お父さんを死なせる訳にはいかないよ……死んだら、魔族の皆が危険にさらされる。これは僕とお父さんだけの問題じゃないんだ!」


 直後、訴えかけるかのような目つきを向けながら、アリスはそう叫んだ。

 その様子を見て、鏡は思案顔で耳を傾ける。 


「今はお父さんという巨大な魔力の持ち主が人間の標的になっているから、今は躍起になってお父さん以外の魔族を探して殺そうとしていないけど、お父さんがいなくなったら……!」


「あー……まあ、そうなるな」


 モンスターは、魔王が倒されたところでいなくなったりはしない。というのも、モンスターは魔族が放つ魔力を利用して生み出されるだけで、魔王が直接的な原因ではないからだ。


 異常な程に巨大な魔力を秘める魔王が倒されれば、いなくならないモンスターの原因を、今度は各地に住む魔族のせいに人間はし始めるだろう。


 今は魔王という巨大すぎる相手を片付けないことには、他の魔族を気にしていても仕方がない状況だからこそ、他の魔族が標的にされずに済んでいるのである。


 そしてそれを理解している魔族は少ない。魔王城が危険だからという理由で住処を別の場所に置いているのが良い証拠だ。


「でも……それは遅かれ早かれいずれ必ず起きる問題だろ。魔王もいつかは死ぬ。いつかは途絶えていなくなる」


 鏡はそれを理解していた。理解した上で、成り行きに全てを任せきっていた。それは絶対に避けられないことだと、諦めていたからだ。


 魔族の寿命は永遠じゃない。人間と同じく老いて死ぬ。魔王もそれは同じで、今現存している魔王も、既に数世代目の魔王だ。鏡はそれを知っている。そして継ぐ者がいなくなれば、魔王という圧倒的存在は、この世からいなくなってしまうことも。


「僕は……諦めない。せめてまだ抗えるのなら、小さくても可能性がまだあるならそれにすがりつきたい」


 歯を噛みしめながらそう訴えるアリスを見て、鏡は少し懐かしい感覚を思いだしていた。


 アリスにとってのその可能性とは、今は父親の命を繋ぐことなのだろう。そして、アリスが共存の道を歩みたいと言っていた真意を鏡はなんとなく察し始めていた。


「お前は、人間を憎んでいないのか?」


 そしてそれが正しいかを確かめるために、鏡はそんな質問を投げつける。


「憎んでいても何も始まらないよ。だって……お互いさまだもん」


 その言葉を聞いて、鏡は思わず頬を緩ませ、息を噴き出して笑ってしまう。


「ど、どうして笑うのさ!」


「いや……お前がそういう考え方が出来るから、魔王も共存の道を目指そうとしたんだろうなって思ってさ」


 魔族が危険にさらされるから魔王を失いたくない。その理由は本当であって真意ではない、鏡はアリスの言葉を聞いてそう確信した。


 魔王がいなくなれば、魔族が標的になる。無論、そうなれば黙って魔族が殺される訳もなく、人間と魔族の戦争になるだろう。そしてそれはいつまで続くかわからない。片方がいなくなるまで続くであろう戦いになる。


 標的にされていない今は、ことを荒立てないようにしてはいるが、魔王という大きな盾を失った瞬間、それは始まるだろう。


「魔族と人間の関係を良くするのは無理だと思うけどな」


 どうしてそう思ったのか? 且つてそう思っていた頃が鏡にあったからだ。


 そう思っていたけど、どうしようもない現実が立ち塞がったから、鏡は諦めた。


 諦めて別の方法を考えたからこそ、それは仕方がないと割り切った。


 だが目の前の少女は諦めていない。且つて自分が諦めたことを、諦めずに実現したいと思って努力している。それも魔族が、こんな所にまで一人で来てまでだ。


 実際、魔族だって人間を憎んでいる以上、人間を殺している。人間も同じように魔族を殺している。お互い自分の安全を確保するために。


 結局のところ、アリスは人間も魔族も同じだと考えているのだ。だからこそ共存できると思っているし、「おたがいさま」なんて言葉が出てくる。鏡はそう思っていた。


 そしてそれは、当たっていた。


「今は無理でも、いつかその方法が見つかるかもしれないなら、僕は諦めないよ」


「へいへい、なら諦めずに頑張ってみろ。薬なら買ってやるから」


 だから鏡は、この少女がいつか自分と同じく、人間と魔族が手を取り合うのは不可能だと諦めるまでは、サポートしてやろうと考えた。そっちの方が面白そうだったから。


 もしかしたら、自分とは違う何かに気付けるかもしれない。その可能性を信じて。


「い、いいの? でもお金は……?」


 そして鏡の突然の心変わりに、アリスは表情をパッと明るくしながら、且つ申し訳なさそうに恐る恐る鏡にそう伺う。


「そりゃ勿論払ってもらうけど? さっきお前『貸して』って言ったよな? ってことは、返すあてがあるってことだろ?」


「う、うん! 10ゴールドは余裕で返せるくらい、魔王城に宝石がたくさんあるから、それを持って行ってくれたらいいよ」


「じゃあ取りに行くから、15ゴールドにして返せよ」


「え! 5ゴールド増えてない?」


「仕方ないだろ、そうしないと割に合わないし。これでも大サービスしている方だぞ?」


 アリスは桁違いな数字に驚いていたが、実際鏡は大サービスしていた。


 魔王城に行って、帰って来るのにヴァルマンの街からだと、およそ10日は掛かる。そしてその時間を使って鏡なら5ゴールドくらい普通に稼げるからだ。


「ついでにお前を魔王城まで安全に護衛するオプション付きだ。安いもんだろ」


「う……お父さんに後で怒られるかもしれないけど、大丈夫。ずっと保管されっぱなしの宝石だし……大丈夫、だと思う」


「よし、じゃあそうと決まればまずは薬を買いにヴァルマンの街に行かないとな、ほら、とっとと行くぞアリス」


 鏡はそう言いきると、再びヴァルマンの街へと向けて足を進め始めた。


 そして、唐突に名前を呼ばれたアリスは、一瞬ポカーンと呆けた顔を見せると、すぐさま震えるような喜びを満面の笑顔を見せることで表現する。


「うん! これからよろしくね、鏡さん!」


 魔族でもなく、人間という存在に名前を呼んでくれたという事実が、アリスという名の少女に、また一つ、可能性と、希望を抱かせたのであった。





 父親を奪ったモンスターという存在、そして、その存在を生み出す魔族を当時7歳の鏡は恨み、憎んだ。全て殺してやりたいと心の底から思った。

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