終わりの見えない道-4
「既に人間が住めるような環境ではないのですよ……アースは、アースクリアと違ってね」
「え、でも……さっきガラス越しに外を見たけど、普通に生活をしていたよ?」
先程、何不自由なく、むしろアースクリアよりも発展を遂げた生活を営む人々の光景を目の当たりにしていたアリスは思わず首を傾げる。
「それはここだけの話。何故、ここが地下深くに存在しているかわかりますか? 地上に出れば……僕達は即座に殺されてしまうからですよ」
冗談で言っているようには見えない真顔で放たれたその言葉に、一同は息を呑んだ。
「そもそもここは日本という国の東京都の中心部に存在します。あなた方アースクリアの住民でたとえるならヘキサルドリア王国の王都ヘキサルドアにいると思ってくれればいい」
「あれ? 日本……それに東京って、ヘキサルドリアのかつての名称じゃない」
それは、誰もが知っているであろう神話の物語で登場するヘキサルドリアのかつての名称。そしてここがその神話の世界の舞台であるという來栖の言葉に、パルナは思わず額に汗を浮かばせる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、じゃあここは……過去の世界だって言うの? ヘキサルドリアになる前の世界ってこと?」
「いいえ、アースとアースクリアは全く異なる別の世界です。でも、無関係ではなく強い関係性はある……その認識を強めるために、アースクリア内には、アースに存在する物や名称をちらつかせているのですよ。……神話という扱いにして、ここに来た時に早く理解できるようにね」
それを聞いた時、アリスは先程ガラス越しに外を見た時と同じ感覚に襲われた。そう、この世界はどこかアースクリア内に存在した物と似通っている部分がある。いや、この世界に存在する物が、アースクリア内に無理やり混じっていたのだとアリスは考えた。今思えば、違和感のある場所はたくさんあった。
ゲームセンターもその一つだ。初めて知った人間の街の中で、どうにもあれだけ浮いていた。
「たとえば……どんなものがちらつかされてたの? ゲームセンターとか?」
「ゲームセンター……あれも一応そうですが、もっとわかりやすい部分で説明するならアースとアースクリア内の各大陸の地形に変わりがないところとかでしょうか? 外の状況や雰囲気もほぼアースクリアと同じです。安全なのはここと、アメリカとロシアにある避難シェルターくらいでしょうね」
「奴等? いやそれよりも……アメリカ……そしてロシア? 私、聞いたことがあります」
アメリカ、そしてロシアという言葉を聞いて、クルルはそう言って反応し、同じく何かに気付いたのかパルナも思案顔を見せる。
「かつてアメリカと呼ばれていた国、グリドニア。そして、ロシアと呼ばれていた国、フォルティアと言えばわかりますか?」
そこまで言われてクルルとパルナは顔をはっとさせて思い出す。王都の図書館内の本を読み漁った二人には、その二つの国が何を示しているのかを知っていたからだ。
かつて196ヵ国以上はあったとされるアースクリアは、魔王とモンスターの出現により、たった3ヵ国しか存在しなくなった。その内の一つがヘキサルドリア王国、残りがグリドニア王国とフォルティア王国の二つである。
「まさか……この世界も?」
アースクリアと強い関係性があるという発言から察して、クルルは顔を強張らせる。
「さすが賢者様。察しがいい……考えている通り、この世界も既に日本、アメリカ、ロシアの三ヶ国しか存在しませんよ。他は既に滅び、生き残った者達はこの避難シェルターへと逃げ込みました」
「一体何が……この世界で何が起きたんですか?」
その言葉に、來栖は暫く、その日を思い出しているのか無表情のまま黙りこくった。
「君達は……モンスターという存在をどう思いますか?」
そして、ようやく言葉を続けたと思った矢先の突然の問いかけに一同は困惑する。
あまりにも不可解な問いかけに一同は顔を見合わせてどう答えるかを悩んで見せるが、すぐにティナが恐る恐る手を挙げて、「敵です。言葉も通じないやばい相手です」とはっきりと答えた。
「君達はそのモンスターを見たらどうする?」
「倒せる相手であるなら倒します。一人では無理でも力を合わせれば倒せる場合でも倒します」
「倒せなかったら?」
まるで問い詰められているかのような物言いに、ティナは思わずそそくさとレックスの背後へと隠れると、額に嫌な汗を浮かべながらピョコッと顔を出し、「こんな感じに逃げます」と気まずそうに答えた。
「アースの現状というのはつまりそういうことだよ。僕達アースクリアの住民でない全ての人間は……君達の世界でいうレベル1だと考えてくれればいい。それも村人という役割のね」
そこまで言われてようやくタカコは理解する。何故自分達が英雄と呼ばれたのか。どうしてこの世界の住民はそのモンスターをアースクリア以上に脅威としているのか。
「奴等って……モンスターの事だったのね。確かにあなた達がレベル1だと仮定するなら……モンスターは充分に脅威だわ」
「ええ……数百年も前……奴等は突然現れた。当時の人類の科学力で作られた兵器でも太刀打ち出来なかったよ。作っては壊されて、作っては壊されて、相手はそもそもの生身で兵器に対抗できる力を持っているんだ……勝てるわけがない。ましてや人型兵器、スーパーロボットでも苦戦するような相手にどう勝てっていうのか……当時の科学者達はお手上げ状態だったよ」
当時の阿鼻叫喚の絵図はなんとなく想像できたが、聞いたことのないワードに思わず一同は首を傾げる。すると來栖は、「まだ兵器とかそういう話は君たちにすべきことじゃなかったね」と苦笑しながら申し訳なさそうに軽く溜め息を吐いた。