第十一章 終わりの見えない道
『ねえねえ。今日は鏡さん戻ってきた?』
『申し訳ありませんが、本日もお戻りになられておりません。ですがご安心ください、きっと明日にはお戻りになられます。そう……信じましょう』
望んでいた世界。ずっと見たかった光景。鏡という協力者の手によって、アリスはずっと追い求めていた日常を過ごせるようになっていた。なのに、満たされることは一度もなかった。
『今は待ちましょう……きっと、戻ってきてくれますよ』
『まあ、待ってればフラーっと戻ってくるんじゃないですか? あの人のことですし』
『師匠は必ず戻る。その時……僕は必ず師匠の横に並べる男になる』
『鏡ちゃんがいないと……上手く行ってない気がする?』
『アリス様……ご不安なのはわかります。ですが、鏡殿は帰ってくると言いました。ならば我々が出来るのは信じて待つことのみです』
『あんたねえ……毎日毎日聞いてくるんじゃないわよ。皆だって心配してるのよ。毎日聞かれても……辛いはずよ。本当に帰ってくるかなんて、誰にもわからないんだから』
気付いたのだ。自分にとっての夢は、鏡がいなければ成り立たないということに。どれだけ世界が変わろうと、魔族と人間が手を取り合って過ごせるようになったとしても、日々を追うごとに自分が満たされていないことに気付かされる。会いたいという気持ちを抑えきれなくなる。
無論。ずっと願っていた世界になって、魔族のアリスにとっての嬉しい出来事や、楽しい出来事もたくさん起きるようになった。でもそんな世界を望んでいただけで、その世界でどう生きていくことになるかまでは考えていなかった。
鏡がいなくなってようやく気付いたのだ。鏡と一緒になって旅をしていた日々、後ろをついて回って人間が持つ文化を教えてもらった日々、鏡を起こしに毎朝部屋へと押しかける日常。それが自分にとっての居場所だったのだと。そして、その居場所をアリスは失ってしまった。
望んだ世界にはなった。でも自分が求めている居場所はここじゃない。
『……我儘な考えなのはわかってる。ボクには皆がついていてくれてる、でも……やっぱり鏡さんがいないと辛いよ』
誰かのために行動することのない朝を繰り返すようになってどれだけ経っただろうか?
鏡がいなくなってから、自分のためだけに使う時間がどれだけ増えただろうか?
大切な人がいないのがこんなにも自分を苦しめる。
だからアリスは決意した。鏡がいる世界。鏡がいる日常。それを必ず取り戻して見せると。
鏡の傍にいられる自分。それが、アリスが望む一番大切な日常だったから。
『前へお進みください。前へお進みください』
何度も繰り返される無機質な声を目覚ましに、アリスは閉じていた瞼を徐々に開けていく。すると、眩しくもなく、かといって暗すぎるわけでもない心地の良い白い光が視界いっぱいに広がった。
「ここ…………どこ?」
『前へお進みください。前へお進みください』
変わらず無機質な声が響く空間の中で、アリスは戸惑い困惑した表情を浮かべる。
真ん中に設置された白い球体状の装置の中にある座椅子にアリスは座っていた。眠っている間は閉じていたのか、白い球体状には蓋がついており、今は開いて外に出られる状態にある。
白い部屋の片隅には、自分が着用していた服が綺麗に畳まれて置かれてあり、奥にある通路に進む前に着ろと言われているようだった。
「……ていうか何でボク裸なの!?」
全く現状が掴めなかった。つい先程までダークドラゴンの元にいたはずなのに、気付けば見知らぬ空間の中で素っ裸になって眠っていたのだから。
「ここが……次のステージなのかな?」
慌てて服を着用しながら、徐々に現状把握にアリスは努めようとする。アリスの記憶では、ダークドラゴンの力によって次のステージへと送ってもらったところで途絶えていた。
「皆は……皆はどこにいるんだろ?」
服を着替えた後、アリスは繰り返される無機質な声に従って通路の奥にある扉へと駆け寄る。すると、扉は突然ガシュッと何かが擦れたかのような音を鳴り響かせ、自動的に横にスライドして開かれる。
近付くだけで勝手に開いた扉に驚きつつも、アリスは警戒しながら扉の先へと足を運ぶ。
「……え? 何これ! うわー……!」
扉の先には通路が左右に続いていたが、ガラス越しに正面に広がる外の光景を眺めることが出来た。そしてその扉の先に広がった光景を見て、アリスは目を輝かせる。
空の見えない岩に包まれた広大な空間。なのに暗くはなく、まるで太陽が真上に上っているかのように心地の良い光にその空間全体が照らされている。アリスが今いる場所はその空間の中でもかなり高所に位置するのか、全体を見渡すことができ、下の方では人の暮らしが窺える見たことのないシンプルで無駄のない造りの建物が敷き詰められるように広がっていた。
無論、それだけのことでアリスは驚いたりしない。アリスが驚いたのは見たこともない道具や物がここからでもわかる程に広がっていたからだ。
街の上空の所々に張り巡らされた鉄格子、その鉄格子に沿うように下側を移動する鋼鉄の箱。同じように石で作られた道の上を走る鋼鉄の箱。様々な色に変色しながら眩い光を放つ装置、何もかもが自分達の知っている街の造りとは違っていた。