そんなものに、なんの価値がある?-3
「魔王って病気になるんだな……ていうかそんなに弱ってんのか、あのおっさん」
「あのおっさんって……お父さんのこと知ってるの?」
「魔王なんて誰でも知ってるだろ? まあ……昔ちょっとな、いいだろ? そんなことはどうだって」
「よ、よくないよ! お父さんに会って生きて帰った人なんて、聞いたことないよ!」
そんな人物を認めたくないのか、それとも居てくれて嬉しいのか、問い詰めるかのように鏡に迫ると、嬉しそうな表情で目をきらきらさせながら少女はそう言った。
「そもそも殺し合いなんてあのおっさんとしてないしな、ちょっと会いに行っただけだ……9年くらい前にかな? そういやお前って何歳なの? 10歳? ていうか名前は?」
「僕は13歳だよ失礼だな! 僕の名前はアリス、アリス・バルネシオ。そっちは?」
「俺は鏡浩二、23歳だ。ってことは……俺が昔に魔王城に行った時、お前いたんだな」
鏡のその言葉を聞いて、アリスは首を横に振った。
「魔王城は危険だからって、魔王城から離れた場所にある集落で僕は暮らしていたから……多分僕と鏡は会ったことないよ」
「ふーん……おふくろさんは?」
「いないよ。僕を生んだ時に亡くなった。親戚のおばさんと一緒に暮らしていたから」
それを聞くと、鏡は「そりゃ悪いこと聞いたな」と、軽く謝罪する。それと同時に、まあそうなるだろうなと、納得する。人間から狙われている魔王が他の魔族と一緒に暮らすのは、他の魔族にも見えやすいところに命をさらせと言っているようなものだからだ。
「それで? どうして魔王とお前が俺みたいな人間を探しているんだよ? 先に言っておくけど、俺は魔王にはずっと前に一度会っているからな?」
「鏡みたいな人を探し始めたのは、一年前からだよ。でも、探し始めたと同じくらいの時期に、お父さんが病気に掛かっちゃって……それどころじゃなかったんだ」
「俺に会った時には、別に何も考えてなかったのな。なら納得だわ……それで?」
「人間と……共存の道を歩みたいんだ」
それを聞いて、鏡は大きく溜め息を吐いた後、再び歩き始める。
「無理だな。諦めろ」
そしてそのまま、冷たくあしらうように、そう宣言した。
「どうしてさ!」
この人なら理解してくれる。そう思っていたアリスは、少し心外だとでも言いたげな表情で、この場から去ろうとする鏡に向かってそう叫んだ。
「仮に俺とお前が結婚したとして、だからなんだって話だ。俺は人間から裏切り者と呼ばれて終わりだよ。お前らのその角がある限り無駄だ」
「でも! モンスターを生み出すだけで、それ以外……僕達は何も変わらない!」
「それが一番問題なんだよ」
人間はモンスターを憎んでいる。そしてそのモンスターを生み出す魔族もだ。仮に魔族が何もしなかったとしても、モンスターが人間を襲う。そうなれば連鎖的に人間は魔族も憎む。
仮に、モンスターを生成するリスポーン地点であるダンジョンから離れた場所に魔族がいたとしても、角から発せられる魔力は空気中を漂い、途中である程度は分散するとはいえど、いずれはリスポーン地点に吸収され、モンスターは生み出される。
「俺も最初は無条件で魔族は倒さなきゃいけない存在だと思っていたよ。でも、お前らが人間と対して変わらない存在だってわかったところで、『倒さなきゃいけないんだな』ってのは何も変わらなかった」
「モンスターを……生み出すから?」
「そう。それに、それを知っている人間なんて俺以外にもたくさんいるぞ? わかった上で魔族をぶっ殺すって言っている奴もいるしな」
それを聞いて、アリスはその場に力なくペタンっと座り込んでしまう。予想外だった。てっきり人間と魔族も仲良く共存できるところを見せることさえ出来れば、魔族の命も狙われることはなくなる……そう思っていたからだ。
そんなアリスの姿を見て、少しいたたまれなくなったのか、溜め息を再び吐いて、アリスの傍へと鏡は戻る。
「まあ、魔王はもっと別の方法を考えているのかもしれないけど、まず身内をなんとかするところから始めないと駄目だろ?」
「身内? どういうこと?」
「お前ら魔族の連中全員が、人間と仲良くしたいと思っているのかどうかってこと。どう?」
鏡のその言葉を聞いた瞬間、はっと何かに気付いたそぶりを見せた後、苦虫を噛み潰したかのような悔しそうな表情をアリスは見せる。
「だろ? 人間と魔族の長い決裂の歴史のせいで、魔族も人間を殺したくて仕方ない程憎んでいるんだよ。お前と魔王が稀なんだよ稀。どっちも憎みあってんだよ。なのに人間と共に暮らしたいなんて言ったら、お前も魔族から裏切り者扱いだぞ?」
「じゃあ、鏡はどうして魔族を殺そうとしないの……?」
アリスが様子を伺うようにボソッとそう呟くと、鏡は一瞬、思い詰めたような表情を見せる。そしてその後すぐ、背中を向けてわざとらしく「うーん」と、唸り出すと、
「あほらしいから」
それだけ呟いた。そしてどこか哀愁が漂うその背中を見て、アリスはそれ以上何も聞こうとはしなかった。
よくわからないが、この男にはそういう信念があるのだろう。魔族が死んでもどうだっていいが、自分からは殺さない。目の前で死にそうだったら守る。考えれば考える程に意味不明な鏡という存在に、アリスは少し惹かれつつあった。
「それで? お前はどこまでついて来るの? もうすぐ街に着くんだけど?」
鏡のあほらしい宣言から50分経過後、広大なヴァルマンの街が一望出来る丘へと鏡は辿り着いていた。そしてついでに、つけるようにこそこそとついて来たアリスも同着する。