ぶっ倒して終わりだろ?-10
「いつまで浮かない顔をしてるんですかメノウさん。そんなに行きたくないならお留守番しておけば良かったじゃないですか」
「何を言う。私がアリス様を守らなければ一体誰がアリス様を守るというのだ?」
メノウの言葉にティナは黙ってタカコに指を差す。指の先をメノウは目で追うと、そのまま何も言わずにスタスタと歩くのを続けた。
メノウが渋った顔をしながら、次のステージへ全員が行ける可能性を口にしてから一週間が経過し、一同は王都から南側に真っすぐ進んだ海岸沿いに広がる小さな森。出現するモンスターも弱く、木々は密集することなくまばらに広がっており、どこか爽やかな雰囲気がある以外目立った特徴もないこの聖の森へと足を運んでいた。
「ていうか、なんであんたはそんなに嫌がってるのよ? なんか理由でもあるの?」
「まあ……あるにはある。色々な」
メノウが抱いていた不安は、ダークドラゴンという存在によるものだった。少なくとも、三年前のダークドラゴンはこの世界のルールを重んじる存在だった。明らかに実力は足りているのにも関わらず、ルールだからという理由で鏡が次のステージに行くのを躊躇ってもいた。
そして、次のステージに行けるのは人間だけとダークドラゴンが言っていたのをメノウは今でも覚えている。仮に、ダークドラゴンが考えを曲げて次のステージに連れて行ってくれると言ったとしても、それは魔族以外を対象にした妥協である可能性は十分にあった。
そうなれば、アリスとメノウはまた魔族の集落へと戻り、離れ離れになる。メノウは別に良かったが、アリスはきっと寂しい思いをするだろう。そう考えたメノウは、この提案を出来ることならしたくはなかったのだ。
「だが……世界がリセットされれば我々は消えてなくなる。鏡殿だって無事に戻ってきて欲しい。ならば全員で行った方が良いのは当然の話……ダークドラゴンを説得出来ればだがな」
「ふぉっふぉっふぉ、お任せください。説得でしたら私が最も得意とするところ。私が必ずや皆様を次のステージとやらへお送りいたしましょう」
不安がるメノウとは裏腹に、希望に満ちた表情でデビッドは意気込んだ。
「あれ? デビッドさんは来ないんですか?」
デビッドのどこか他人事のような振る舞いが気になり、ティナが首を傾げる。
「私は皆さまと違ってレベルは一切上がっておらず77のままですからな。行っても足手纏いになるでしょう……それに、鏡様にカジノを任せられております。私は私が活躍すべき場所で、皆様のお帰りをお待ちしておりますよ」
その言葉を聞いて、タカコが目を見開いてショックを受け、メノウが少しだけ安堵した表情を浮かべる。
「あんた一人で大丈夫なの?」
「ええ、パルナ様はアリス様の傍にいてあげてください。アリス様とクルル様のこと……よろしく頼みますぞ?」
まるでそんなの当たり前とでも言うかのようにパルナは嘲笑すると、そのままスタスタと聖の森の奥深くへと突き進む。クルルとティナとアリスも一瞬寂し気な表情を浮かべたが、「まあでも、帰ってくればいいだけだもんね」と気持ちを切り替えると、意気揚々にパルナの後を追った。
「着いた……ここだ」
それから聖の森の中を少し歩いた地点で、突然メノウが周囲をきょろきょろと見回すと確信を得たのか立ち止まる。
「……何もないが、師匠はここからどうやってそのダークドラゴンのいるダンジョンへと向かったんだ? 僕はあの時捕まっていたからな、わからないんだ」
「ここの地面を直下堀りして向かった。ダンジョンはこの地下にある」
「なるほど……メノウがシャベルを持ってくるように言ったのはこのためか、それに気付くとはさすが師匠だ。この真下にあるのなら行くのは簡単だな」
するとレックスは背負っていたリュックサックに縛っていたシャベルを手に取り、「僕一人で十分だ」と言うと、そのまませっせとその場の地面を掘り始めた。それから二時間くらいが経過した頃合いでレックスの手がピタリと止まる。
「土が再生…………しているだと?」
「ダークドラゴンの元に行くならまずそれをなんとかする必要がある。それもこの土は鏡殿が扱えるスキル、制限解除を使うことでようやく掘り進むことができたものだ。我々だけで果たして掘り進めるかどうか……」
それを聞いて、レックスは、「そういうことなら掘る前に最初から言ってくれよ」と、額に汗を一滴垂らした。