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LV999の村人  作者: 星月子猫
第三部
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ぶっ倒して終わりだろ?-8

「く……クルル様?」


 デビッドは驚愕の表情を浮かべると、その存在を確かめるかのようにクルルを凝視する。そこに立っていたのは今年で21歳になるにも関わらず三年前と変わりなく、少し幼く見えるがまるで作られた人形のように整った端麗な容姿で、軽く風が吹くだけで靡くフワフワで藍色に艶めいたロングヘアを持った女性。


 見間違えることなくそれはクルルであるはずなのだが、真っ直ぐに向けられた瞳とその佇まいから、一年前とはまるで別人かのような大人の雰囲気を漂わせていた。


「あんた……今まで一体どこに行ってたのよ!」


「……何も連絡無しに突然いなくなってしまったことに関しては申し訳ありま……っきゃ!」


 問い詰めようとしたパルナの言葉を遮るように、目を瞑ってまるで熟練の冒険者かのようにスタスタとバーの中へとクルルは入るが、オープン前の清掃中で置きっぱなしにしていたモップの先端を踏んでしまい、そのまま滑るようにクルルは前方へと倒れるように転ぶ。


「あ、この人クルルさんですね」


「うん、ボクもちょっと不安になったけど、クルルさんだ! お帰りクルルさん!」


「何ですかその認識! まるでおっちょこちょいなのが私みたいな言い方するのはやめてください!」


 一連の行動を見て、安心したかのようにティナはコップに入ったミルクを喉に通し、「ふーっ」と一息いれる。その行動が癇に障ったのか、クルルはすぐさま立ち上がると頬を膨らまして恨めしそうにティナとアリスを睨んだ。


「それで? あんた今までどこに行ってたのよ。デビッドが死に物狂いで探してたのよ? 毎日大変だったんだからね⁉ あんたがいなくなったことで空いた心の隙間埋めるためとか意味わからないこと言い出して一時期ただの変態じじいに成り下がったりもして」


「おっとパルナ様、その話はやめましょう。しかしクルル様、突然いなくなったことに関してはご説明いただけますかな?」


「……僕がクルルにメッセージを送ったんだ」


「……どういうことです?」


 するとクルルが答えるよりも早く、レックスが言葉を返す。予想もしていない返答だったのか、クルルがいなくなった原因がレックスにあるとわかるやいなや、デビッドは鋭い視線をレックスへと浴びせる。


「修行を始めてから一年が経ったある日、僕は……不安になったんだ。修行の日々は辛かった……地獄だった。師匠はレベル999に到達するまで、ずっとこんな恐ろしい日々を過ごして来たのかと改めて凄さを思い知ったよ。でも……そんな苦しい修行をやりきった師匠でさえどうしようもないのに、僕一人でなんとか出来るわけがあるのかと怖くなったんだ」


「まるで……あいつが死んだみたいな言い方するのね」


「僕だって信じたくはないさ。でも……もう三年だ。生きていることを信じて向かったとして、もし生きていなかった場合、僕は……一人になる。僕はそれが怖かった」


 自分を皮肉るかのように失笑してみせると、「何が勇者だ……僕は臆病者だな」と言って、惨めな自分の顔を見られたくなかったのか、レックスは顔を俯かせて手で覆った。


 デビッドはプライドの高いレックスが人前で包み隠さず弱音を吐いたことからその時の心理状況を容易く想像すると、気まずそうにレックスから視線を逸らした。いくら勇者といえど人間であり、それもまだ若者。未知の領域、それもあの鏡でさえ未だ戻らぬ場所へと行こうとしているのに不安にならないわけがない。配慮が足りていなかったとデビッドは反省する。


「デビッド、私がいなくなったのをレックスさんのせいにするのは間違っています」


「……クルル様」


「メッセージは、『僕は師匠の元へ行くための準備をしている。僕は前へと進む』と、たったそれだけです。決して私に助けを乞うような文章ではありませんでした」


「では……何故あなた様はいなくなられたのですか?」


「レックスさんのメッセージがきっかけになったのは確かです。ですが、元より私は鏡さんの後を追いかけるつもりでした。でも……レベルの低い私が鏡さんの元に向かったとしてもきっと役にたちません。だから私はお父様の元へと向かったのです」


 それを聞いて、一同はクルルがいなくなった時、「確かめたいことがあります」と言っていなくなったことを思い出す。それを瞬時に理解したパルナは反射的に、「何を確かめたの?」と、クルルに問いただした。


「お父様はご存知の通り、この世界の管理者の一人。エステラーさんや、ダークドラゴンさんと同じく、次のステージへと旅立った人達がどれだけいて、どれくらいのレベルだったのかを知っているはずだと私は考えました。だから聞きに行ったんです……過去に次のステージへと行った賢者の役割を持つ人達は何レベルだったのかを!」


「……それを聞いてどうすんのよ」


「その人達に追い付けないようじゃ、例え外に行っても無駄だと思ったんです。きっと次のステージに行ったとしても、鏡さんの足手纏いになるって。だから……修行していました」


 するとクルルは、ステータスウインドウを開示して見せた。そこには確かにレベル172の数値が記載されており、レックスを除けば誰よりも飛躍的な成長を遂げていた事実に、ティナとパルナは思わず驚愕の表情を浮かべた。


「あんた私より強くなってるじゃない! 何したのよ!?」


「本格的に修行を始めたのはこの一年間ですが……元々鏡さんの元に行くつもりだったので影でこっそり特訓してたんですよ? ……地獄でした。ですが、過去に次のステージへと向かった賢者達の平均レベルにはなんとか達しました」


 その日々を思い出してか、クルルは虚ろな瞳を一瞬見せる。それを見てレックスが、「わかる、わかるぞ!」と激しく共感を示していた。


「……クルル様。例えそうだとしても、何故一言修行の旅に出ると教えてくださらなかったのですか? 私がどれだけ探し回ったか」


「ごめんなさいデビッド。心配をかけたのは謝ります。ですが、私が修行することに対して、誰かが介入する余地を作りたくなかったんです。もし一人で修行をすると言えばきっとあなたは止めたでしょうし、止めなかったとしてもこっそり跡をつけたはずです。そうなればきっと……私はまた甘えてしまうと思ったから」


 クルルの覚悟が伝わったからか、デビッドは、「立派になられましたな」と感慨深く溜息を吐くと、メノウに渡そうとしていたチケットをクルルへと手渡そうとする。


「これはあなた様のものです。鏡様を……頼みましたぞ」


「ありがとう……デビッド!」


 そしてクルルがはにかんだ笑顔を浮かべ、差し出されたチケットを手に取ろうとしたその瞬間――、


「……お待ち!」


 バーの出入り口の扉がバーンっと大きな音を立てて開かれる。あまりにも大きな音に全員が一斉に視線をそこに向けると、そこにはボロボロになったピンクの道着を羽織り、まるで数多の戦場をくぐり抜け、強さだけを追い求めてきた覇王かのような存在が立っていた。


「そのチケット……私がもらうわ」


 三年前よりも遥かに筋肉が増大し、引き締まった身体と顔つきになった唇がとても特徴的な存在、タカコが強張った表情でクルルを睨みつけながらそうハッキリと宣言した。


次回更新予定は6月15日です

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