ぶっ倒して終わりだろ?-6
「次はトイレの掃除をしてくるがいい。無論、貴様のような下等な存在に清掃道具は必要ない。舌でぺろぺろと綺麗に舐めろ……いいな?」
「やかましい」
「ンァアァァアアアアアアア!」
バーに着いて扉を開けると、そこでは鞭をケンタ・ウロスに振るうメノウの姿が一同の目に映った。あまりにも酷すぎるその光景に、全員引きつった顔で後ずさってしまう。
「遂にメノウにもそういう趣味が出来たか……二年もあれば、こうも人は変わってしまうのだな」
「メノウさんはまともな人だと信じていたんですけどね……残念です」
感慨深くレックスとティナが呟くと、その声で気付いたのかメノウが咄嗟にバーの入り口へと振り返る。するとレックスは弁解するかのように鞭をテーブルの上へと置き、表情を青冷めさせながらアリスの元へと駆け寄った。
「ち、違うのですアリス様! 決して私がそういうのに目覚めたわけではなく、タカコ様に定期的に鞭入れされるように命じられただけでして!」
「わかってるわかってる。落ち着いてメノウ」
必死に弁明するメノウの頭をポンポンと叩いてアリスは笑顔を向ける。
「というよりメノウさん。お店任せられてるのに下っ端扱いなんですね」
「いや違う。基本は私が指示を出すのだが、トイレ掃除だけは奴らの馬の下半身では時間が掛かりすぎてな、私がやることにしているのだが……何故か毎回ああして煽ってくるのだ」
相当苦悩な毎日を過ごしているのか、疲れが窺える溜息をメノウは吐くと、「さあ立ち話もなんだし、座ってくれ」と店の中へと案内し、各々がいつもここに集まった時の定位置へと座る。
「しかし、随分と久しぶりに見る者がいるな」
「ええ、メノウ様も寂しがっておられたでしょうから、このバーで話し合いをしようかと思いましてお連れ致した次第です」
「な……! 寂しくなど思っていない! 私にはアリス様が傍にいればそれでいいのだ! まあ、静かな日々ではあったがな」
メノウの問いにデビッドが丁重に答え返すと、デビッドは再び慌てて言葉を重ねる。すると数年前と変わらないメノウの姿に少し安心したのか、ティナとレックスは微笑を浮かべた。
暫くして、デビッドとパルナにウィスキーを、アリスとティナとレックスにはそれぞれミルクの入ったグラスを差し出し、メノウも席へとつく。
全員が話を聞ける状態になったのを見て、その場にいた全員がデビッドへと視線を向けると、「ふむっ」とデビッドは言葉を漏らした。
「レックス様とティナ様が今日というこの日に戻ってきたのは偶然ではありません。今日という日を契機に戻ってくるように私が予めお伝えしていたからです」
「……どういうこと?」
その言葉が不可解だったのか、パルナは顔をしかめた。
「パルナ様……鏡様が国王と約束したこの世界をリセットせずに維持をするための条件を覚えていますか?」
「……よくわかんないけど、世界に救いを与えるとかどうとかじゃないの?」
「ええ、その通りです。その救いを……5年以内に達成すること。それが条件です」
その時、パルナとメノウとアリスの表情に焦りのようなものが浮かんだ。忘れていたわけじゃなかった。いつか必ず鏡が帰ってくると信じていたからこそ、そのタイムリミットに対して危機感を持とうとしていなかったのだ。
「王様と約束して三年と半年が経過しております。……後、一年と半年しか時間は残されておりません」
あまりにも幸せすぎる日々を送っていたせいで疎くなってしまっていたそれを今、実際に言葉にされて気付き、三人は冷や汗を流す。
「私は二年前、もしもを想像して恐怖を抱きました。鏡様が戻られないということは、残された私達が何とかする以外にない。そして魔王様を倒すことが許されない今、その方法は一つだけしかありません」
するとデビッドは、懐の中から2枚の小切手を取り出してパルナ達に見せつけた。それは見間違えるわけもなく、1万ゴールドを集めることでクエスト発行ギルドから販売してもらえるアイテムだった。
「どうしてそんな高価なものが2枚もあるわけ? それ、一つ1万ゴールドでしょ?」
「ほっほっほ、むしろ三年間かけてたったの2枚だけです。昔よりも遥かにカジノは利益を上げられているのに……半年で5千ゴールドを集めた鏡様がどれだけおかしい存在だったかよくわかりましたよ」
デビッドはそう言うと、小切手の一枚をレックスへと手渡し、もう一枚をテーブルの上へと置いた。
「お金を稼ぐ最短の方法はやはりモンスターを倒すことです。我々は鏡様が残したカジノで利益を上げ続けておりますが……それでも一人だけで稼ごうと動くのであればやはりクエストをこなしながらダンジョンに籠るのが効率的でございます」
「じゃあレックスさんはお金を集めてもらってたの?」
「それもありますが、鏡様が向かった世界に行くのであればエステラー様や国王が言っておられたことから予想するに、圧倒的な強さが必要になるはずです。故に……レックス様には修行してもらっていたのですよ」
それを聞いて、アリスがレックスに視線を向けると、レックスは「ふふん」と軽く鼻で笑いながら自慢げにステータスウィンドウを表示する。
するとそこには、レベル214の数値が確かに刻み込まれていた。
次回更新予定日は6/10 0~5時です