そんなものに、なんの価値がある?-2
「うわー……外冷えるな。さっさと帰って飯食って寝たい」
勇者一行から半分逃げるように速足で古の洞窟から抜け出した鏡は、外がすっかり暗くなり、月が出ているのを見てげんなりする。
「夜は微妙に冷え込むから、暗くならない内に帰るつもりだったんだけどなぁ。よし帰ろう」
鏡はそう言って、討伐数が30と書かれたクエスト用紙を、背負っている鞄の中へと入れ、鼻歌混じりにヴァルマンの街へと足を向けた。
「ちょっと、ちょっと待って! 僕、僕のことをあからさまに置いて行こうとしているよね?」
何のためらいもなく歩き出した鏡の服の裾を慌てて掴み、角を生やした少女はそう言う。
服の裾を掴まれた鏡は、チラッと美少女の部類には入るだろう赤髪の少女の姿を見ると、再び何のためらいもなく歩き始めた。
「待って! 待ってよ! どうして止まってくれないの!」
「いやぁー俺、ロリコンじゃないからさ。あ、それと僕っ娘もそんなに好きじゃない。グラマーで色っぽいお姉さんが好きなんだよ」
えへへっと、自分の性癖を照れながら言う鏡に、少女は唖然とする。
「それ以前の問題だよ! どうして助けたの? 僕が魔族なの……知っていたんでしょ?」
「殺されそうだったから」
普通の表情で、いともそれが当たり前かのように言い切った鏡に少女は驚きを隠せなかった。そんな人間、いるはずもない。魔族も人間もどちらもがそう思うであろう。
だがそんな当然とは外れた存在が目の前にいる。それも村人、しかもレベル999。
「俺は助けただけだ。ここからどうするのかは知らん。ここからは古の洞窟に一人で来たように自由に行動すればいい。魔族だし、護衛もいらないだろ?」
「ま、待って。聞きたいことがあるんだ!」
必死な様子で少女にそう言われ、鏡は歩を止めて耳を傾ける。
「さっき……魔王を倒すつもりはないって言っていたけど、それは本当なの?」
まるで叱られた子犬のように、おどおどとした様子で鏡を見上げながら、少女はそう言った。
「ないよ。誰かが倒す分にはどうでもいいけど」
「倒さないけど……倒されるのはどうでもいいって。じゃあどうして同じ魔族の僕は助けたの? 意味がわからないよ!」
「そんなの、お前ら魔族が一番良くわかってんじゃねえの?」
その言葉を聞いた瞬間、少女は、目の前の男が恐らく、自分と父親が長年探し求めていた存在である可能性を感じ始める。
恐らく、これは恐らくでしかないが、この男にとって人間も魔族も等しく他人でしかない。この男は……知っている、気付いている。少女はそう考え始めていた。
そしてそれは、ほぼ正解に近かった。鏡にとって、魔王は只の他人でしかなかった。ただ、魔族である以上、人間に害を与えているというのもまた事実。
存在そのものが根本的に人間の敵である以上、誰かが魔王を倒そうとするのに、文句を言える筋合いがないだけ。
それだけの、シンプルな思想。
「質問を変える。どうして、僕を殺そうとしないの?」
「別にお前何もしてないじゃん」
「僕は魔族だよ? 存在するだけでモンスターを生み出す……人間の敵だ」
「そんなの自分の意志ではどうしようもないだろ。ゴキブリじゃあるまいし、こうやって会話も出来んだからさ、モンスター生むだけでしょお前ら。むしろ好都合だわ」
その言葉を聞いて、少女は確信する。この男は自分と父親が探していた存在であると。
そう確信した瞬間、目の前でめんどくさそうに大きな欠伸を漏らす男の傍へと近寄り、決意を固めて真剣な眼差しを全力でぶつけた。
「ぼ、僕と結婚して欲しい!」
「おう、1億年後な」
「ぇう……せ、せめて5年後。好み通りのグラマーになるから……!」
少女が、心臓が破裂しそうな緊張を抑えて、決死の覚悟で伝えた言葉を、鏡は全く動じないどころか、どうでもよさそうにそう言って答え返す。
「アホですか? 魔族と人間が敵対関係にあるこの世界で、出会ってまだ数十分しか経っていない、しかもグラマーな女性が好みって言っている中でいきなりプロポーズしてきた魔族のガキにオーケー出すわけねえだろ。漫画みたいなのに憧れてんのか?」
「ち、違う! ちゃんと理由はある! 僕は君みたいな人間を探していたんだ!」
「嘘つけ! 明らかにたまたま出会っただけだろ! つーか、すぐ別れるつもりだったのに結局ついてきてるから聞くけど、お前あの洞窟の聖剣に何の用があったの?」
その言葉に、少女は一瞬話すのを躊躇ったが、レベル999でありながら魔王を倒すつもりがないと宣言する村人を信じ、再び鏡に視線を合わせると口を開いた。
「お父さんが病気で……でもまた新たな勇者が旅立とうとしているって噂を聞いて、魔族の間で噂されてる伝説の聖剣を、もしその勇者が持って現れでもしたら、さすがのお父さんでも……殺されちゃうと思って、だから……その聖剣を取られる前に壊しに来たんだ」
「っすげぇツッコミどころ満載だな。どうやって聖剣の場所知ったんだ?」
「書庫にあった古い本にそう書かれていたんだ」
必死になって探したのか、頑張ったことをアピールするようなジェスチャーを見せながら少女はそう言った。
「……書庫? ていうかお前の親父さん、病気とか言っていたけど……勇者に聖剣無かったら勝てるくらいにその病気軽いの?」
「ううん、凄く重たい病気だよ。お父さんが言うに力の50%も出せないって」
「50%で勝てるとか、勇者が紙屑みたいな扱いになってんじゃん。何なのお前の親父?」
「えっと……魔王的な何かというか……その、魔王」
「うほ」
言ったら軽蔑される。もしくは敵対視されるかもしれないと思いながらも、少女は言いにくそうにもじもじと身体を動かしながらそう言った。