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LV999の村人  作者: 星月子猫
第二部
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向き合うこと、それが始まり-20

「いやはや何度見てもお二人のそのお姿は似合いますなぁ」


 デビッドはそう言いながらクルルを舐めるように見回す。


 髪の毛を後ろに括ってポニーテールにしたクルルのバーテンダー姿はどこか気品があり、男性であれば一度視界に映せば視線を外せなくなってしまう程に可憐だった。


 レックスも、元々の容姿の良さも相まって、大人の雰囲気を放つバーテンダー姿は、男性からも感じ取れる程の異様な色気を放っている。


「抜けてきてよかったのか? 貴族連中がぎゃーぎゃーうるさいんじゃないか?」


「それよりも鏡さんに見送りの方がずっと大切ですから」


「同意だ。僕のせいで少し遅れてしまったがな」


 カジノ内に貴族専用の施設が出来たことにより、その界隈に元々免疫も顔も知れ渡っている二人にお店を任せることになり、二人も管理者としてカジノの経営を任せられるようになっていた。


 社会勉強のため、王公認で働いているという噂が知れ渡っているためか、二人は貴族連中に嫌味を言われるようなことはなく、むしろ評判良く扱われていた。


 レックスは元々容姿がよいのも相まって、貴族の女性連中に毎日のように囲まれており、クルルに至っては、一国の姫と気軽に接することが出来る機会だと、王都の独身貴族の男性達が毎日のように押しかけてアプローチをかけるほどだ。


「師匠。僕は剣の道を捨てて、一流のバーテンダーになろうかと思うのだが?」


「それでいいのかお前は」


「役割なんて関係ないというのは師匠の言葉だろう? それにこの先、剣を必要としない世界がやってくる。僕はそう確信してる……だから、バーテンダーでいいのさ」


 そう言いながらレックスは、何故か持ってきていたドリンクシェイカーをシャカシャカと振って見せる。


 まるで自分に酔っているかのような口ぶりに、クルルは大きく溜息を吐いた。


「変わったな」


 そして、そんなレックスの様子を見て、鏡は軽く鼻で笑うと小さくそうつぶやいた。


 少なくとも、最初に出会った時のような凝り固まった考え方をしなくなった。そしてそれはクルルも同じだった。それだけでも鏡は、王都での戦いに意味はあったと実感できた。


 王都での戦いの後、クルルとデビッドはもう城に残っても問題ないだろうということで、そのまま城に滞在することになったが、何故か数日後には二人共一緒に鏡の元へと訪れていた。


 今まで不自由な思いをさせた分、好きに生きて良いと王から言われたらしく、クルルは鏡のところで働きたいと願い出たのが現状の経緯だった。


 前回と同じようにデビッドも監視として一緒に来たが以前とは違い、べったりとくっついて監視するようなことはなく、本当にただ一緒に来ただけの保護者のような感覚で日々を過ごしている。


 クルルが鏡の元で働きたいと願い出たのは、少しでも今後の訪れるであろう平穏のために助力したいという考えと、鏡が達成しなければならない1万ゴールドを集める目標を手伝いたいというのが理由だった。それと、仲間として傍にいたいという理由とあともう一つ――、


「ところで鏡さん、買ってきたんですか?」


 クルルは括ったポニーテールを揺らしながら勢いよく鏡の腕をガッチリと掴んでそう言う。


「勿論。さっきクエスト達成で受け取ったお金と合わせてギルドで買ってきたぜ」


 対する鏡は特に動じた様子もなく、さも当たり前かのような表情で腰元にあった袋から一枚の紙きれを取り出した。


 だが、その一連の行動を見てアリスが少し不満そうに頬を膨らませる。


 王都での戦い以降、クルルは鏡に対してのスキンシップが異常に多くなった。それこそ、いつも付き纏っていたアリスと同じ程にだ。


 鏡は、ようやく打ち解けてくれたと解釈していたが、実際クルルの中で芽生えていた感情は、アリスが抱いているものとほぼ同じだった。


 王都での戦い以降、アリスとクルルで切磋琢磨した状態が続いているが、鏡の元々の性格上それが全く伝わらず、相当にてこずっている。


「これがそのアイテムなんですね……なんかただのチケットにしか思えませんが」


 すると、ピラピラと見せびらかされたチケットをティナが奪い取り、そうつぶやく。


「まーでもダークドラゴンやエステラーの言う通りなら、これで半年前に迷い込んだあのダンジョンにいけるはずだけどな」


「こんなので……ですか」


「こんなのって言うなよ」


 クエスト発行ギルドに足を運び、1万ゴールドが詰まった大きな袋を震えながらクエスト発行ギルドに渡したのはまだ記憶に新しい。


 前代未聞の巨額を引きずりながらクエスト発行ギルドに向かった鏡の姿は、見るものも思わず緊迫した表情を浮かべる程だった。


 そして手に入れたのが、このチケット状の小さな古びた紙切れだった。

紙切れには、切り外す部分が存在している。恐らくそこを切り放すことで使用されると鏡は考えているが、実際どう使うかはわからない。


「よし、行くかな」


「え、もう行っちゃうんですか?」


「ああ、別にしんみりとしたお別れなんていらないだろ? とっとと目的果たして、戻ってくるからさ」


「さすがにサバサバしているな。逆に安心したが」


 そして、いつも通りの様子に、魔王は微笑を浮かべる。


 他の者もどう意見だったのか、別れを惜しむような素振りは見せず、ただ全員が微笑を浮かべて鏡が旅立ちやすい空気を作り上げた。


「行ってらっしゃい鏡さん」


 そう言って笑顔を見せるアリスを見て、少し名残惜しくなったのか、鏡は「ああ、行ってくる」と言いつつも、未練たらしくアリスの頭を撫でまわす。


「あの……鏡さん! 必ず……必ず戻ってきてくださいね?」


 もう行くと決めた鏡を見て、クルルは掴んだ腕を離すと真剣な表情でそう言った。


 どこか恋い焦がれる少女のような潤ませた瞳を浮かべてもらえているという事実に、羨ましさのあまりにデビッドが笑顔で唇をギリギリと噛みしめ始める。


 そんないつもの調子を見て一安心した鏡は微笑を浮かべると――、


「それじゃあ……何があるかわかんないけど、行ってくるわ!」


 そう言って、チケットを勢いよく破り捨てる。


 その瞬間、音もなく鏡の目の前にステータスウィンドウが表示された。


 ステータスウィンドウには『次へと進みますか?』という問いと、『はい』、『いいえ』の選択肢が表示されており、鏡は迷わず『はい』の選択肢に手を触れることで意志を示す。


 その瞬間、鏡の全身が白く輝き始め、まるで掻き消されるかのようにその場から姿をくらませた。


「頑張れ……鏡さん」


 今頃ダークドラゴンのいるダンジョンに到着したであろう鏡を思い浮かべながら、いつかまた笑って「成し遂げた」と言いながら戻ってくることを信じて、アリスは無事を祈りながら小さくそうつぶやいた。





そして……それから三年間。





鏡が再びヴァルマンの街に戻ることはなかった。

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