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LV999の村人  作者: 星月子猫
第二部
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向き合うこと、それが始まり-18

「ティナ! 大変だ! トイレットペーパーがないぞ!」


 とある日の昼下がりの午後、ヴァルマンの街の海岸沿いに建てられた広大なカジノ内のスタッフ専用休憩室のドアが勢いよく開く。するとカジノ内の清掃が終わってお煎餅を咥えながら休憩していたティナの元に、鏡が慌ただしくドカドカと入室してそう叫びだす。


「え、おかしいですね。さっき私が清掃に入ったときにちゃんと補充しておいたはずですが……なかったですか?」


「俺の部屋のトイレのトイレットペーパーがないぞ! ティナたん何やってんの!」


「なんで私が鏡さんの部屋のトイレットペーパーまで面倒見なくちゃいけないんですか! ていうかどうして私に言うんですか! 宿屋の人に言ってくださいよ」


「他の人に聞かれて噂されると恥ずかしいじゃん」


「知りませんよ」


 至って真面目な顔でそう言ってくる鏡に対し、ティナは呆れた様子でそうつぶやいた。


「つれないなぁ……今日をめどに暫く会えなくなるってのに」


「鏡さんがいなくなった後も仕事は続きますからね、それにちゃんと後で皆集まるじゃないですか。仕事は切り分けが大事なんですよ」


 ティナは微笑を浮かべてそう言うと鏡は、「その調子なら、いなくなった後も安心して任せられるな」と言い、休憩室内に置かれているソファーの上へと飛び込んだ。


「しかし、いよいよなんですね」


「まあ、本当ならまだ居れるけどな。いてもたってもいられないし……ささっと行って片付けてくる」


 今日まで過ごした幸せな日々を思い返し、鏡は感慨深くそうつぶやく。


 王都での戦いから既に半年が経過していた。クルルを助け出し、王の想像をはるかに超える価値を見せつけた鏡は、制限解除の効果によって動けなくなった後で捕らえられることはなく、捕らえようとしていたのがまるで嘘かのように丁重に王の間へと呼び戻された。


 そこから下された王の決断は、鏡でさえも「それでいいのか?」と驚愕する程に、今までの主張を覆すものだった。それは、魔王と『人間と魔族の不可侵条約』を結ぶという決断。


 長年、モンスターに悩まされ争い続けてきた相手とのその条約は、今までの暮らしの定義を大きく変化させるものであり、そんな簡単に結んでよいものではない。


 だが、それを決断させてしまう程に、王は鏡に価値を見出したという現れでもあった。


 そして同時に、そうまでしてでも救いたい『何か』の重さを鏡は自然と感じ取り、思わず額に汗を浮かばせたのが今から半年前の話。


 無論、パルナのように、それを快く思わない者が多く存在し、その条約の締結に猛反対する者もいたが「それは長年争い続けてきたが故に深い溝が出来上がっているせいである。まずは歩み寄ることから始めるのだ」という王の宣言により、全ての納得は得られていないものの条約は締結された。


 最初は嫌悪感をむき出しにしていた人間と魔族も、決定したことであると腹を括り、少しずつだが渋々と歩み寄りが始まり、半年が経過した今、それなりの交流が保たれている。


 というのも、条約を結ぶ際に歩み寄るための施策として、色々なルールが取り決められていたおかげでもある。


 元々の争いの原因であるモンスターを生み出してしまう問題に関しては、例え自分が作り出したモンスターであっても人間と協力して駆除を行い、魔族も人間が住む街の安全のために貢献する等、お互いが協力し合う体制が王と魔王との間で考案された。


 これにより、今まで身の安全のために人間から隠れて生活していた魔族達も、隠れて暮らさなくて済むようになるのであればと、協力的な態度でそれに取り組み、半年が経過した今、このヴァルマンの街でも多くの魔族が出入りする光景を目の当たりするようになった。


 無論、魔族と人間との間にトラブルは絶えない。魔族の中には人間を恨むもの、人間の中には魔族を恨むものがいるせいである。だが、それはお互いさまであると理解している者達が争ったところで幸せは訪れないと考え、より良い未来が訪れることを信じ、手を取り合って今を生きている。


 だが鏡は、変わったはずのその日常を目にしながらいつも口癖のように、「ようやく訪れたこの平穏は、まだ偽りだ」とつぶやいていた。


 そしてそれは、言葉通りだった。


「寂しい? 寂しいかいティナたん? 俺がいなくなって寂しい?」


「とっても寂しいですぅ」


「雑誌読みながら言うなよ、こっちに視線合わせて言えよ」


「時間がもったいないので」


「雑すぎて草。日に日にティナの俺に対する扱いが雑になってる気がする」


「そりゃそうでしょう」


 条約を締結すると同時に王と鏡の間で約束が取り交わされていた。むしろ、その約束があったからこそ条約は締結された。


 その約束とは、エステラーとの間に交わされた約束を引き継ぎ、引き続き一万ゴールドを溜めて一年以内にダークドラゴンの元へと行くことがまず一つ。


 一万ゴールドを集めずとも、エステラーの力でダークドラゴンの元に行くことが出来、ダークドラゴンの理解も得られるだろうが、あえて王は一年内とした。


 それは、前代未聞の力の境地へ辿り着いた鏡に対し、夢見た世界を少しだけでも見せてやろうという王なりの配慮でもあった。


 そしてもう一つの約束が、次のステージに向かった後のことだった。五年。それが鏡の願いのためだけに現在の世界を保ったままにしてあげられる最大の日数。それを過ぎれば世界は再びリセットされ、締結した条約もなかったことにされ、人類は再び魔王を討伐するために戦い始める。全てを忘れて。


 鏡が今のこの世界が偽りであるとつぶやくのは、その制限があるからだった。鏡は五年以内に王、エステラー、ダークドラゴンが望む救いを与えなければならない。


 そして鏡は、この平穏を本物にさせるため、まずは最初の約束である1万ゴールドを集める目標を果たそうと日々を過ごしていた。


 街が発行しているクエストを次々とこなし、その裏で少しでも助力になればと鏡の仲間達がカジノでせっせと働くそんな日々、そんな日々を半年間続けた結果、鏡は予定していたよりも早く一万ゴールドを集めることに成功していた。


 そこまで早く一万ゴールドを集められたのも、王都での戦い以降カジノが更なる進化と発展を遂げていたからである。


 カジノは、増築により貴族専用のVIPルーム、貴族専用の食事処から遊戯施設、娯楽施設までもが作られ、更に王直々の垂れこみにより、毎日のように貴族が押しかける程になっていた。


 それだけではなく、更に集客する範囲を広げて、魔族が利用しやすい娯楽施設もが増設されていた。というのも、魔族は基本的なステータスが高いため、人間よりもモンスターを倒してお金を集めることが容易であるため、実は人間よりも魔族の方が金を持っているからだった。


 もとより、魔族間ではお金の使い道はほとんどなかったに等しいが、人間のためにモンスターを駆除する取り決めを機に、魔族も通貨を使用して人間との交流を図るのが許されるようになり、なら魔族も客層として取り入れようというデビッドの提案によるものだった。


そのせいもあってか、この半年間の間でヴァルマンの街は全体的に大きな発展を遂げた。今では、ヴァルマンの街で魔族を見かけるのはごく普通のこととなっている。


 そんな世界を目の当たりにして、鏡はこの世界が偽りのものとしてリセットされないよう、何としてでも目標を達成してみせると改めて意気込み、まだ滞在の猶予があるにも関わらず次のステージへと今日行くことを決めていたのだった。


「む……? 今日旅立ちと聞いていたが……違ったか?」


 暫くして、黒いサーコートを身にまとった髭面の中年男性がそう言いながらドアを開けて休憩室へとやってくる。


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