向き合うこと、それが始まり-12
パルナは邪魔が入らなくなったのを確認すると醜悪な笑みを浮かべ、いまだこちらに背を向けて鏡にしがみつき続けるアリスへと手を向ける。
「さあ、とっとと離れなさい」
「……嫌だ。どうせ死ぬならボクは鏡さんの傍を離れない。ボク達のために戦ってくれた鏡さんと一緒に……ボクは逝く」
その言葉にパルナは面喰らう。てっきり泣いて命乞いをすると思っていたが、予想外にも強がった姿勢を見せるアリスに対し、パルナは不愉快そうに表情を歪めた。
「随分と強気じゃない……でもね、あんたがそのつもりならそれでもいいのよ? 遺体をいたぶるような真似はしたくなかったけど……あんたがそういうつもりなら仕方がないわね」
するとパルナは手に込めた魔力を更に強めると、至近距離で爆破魔法をアリスに向かって放った。その瞬間、アリスの背に小さな爆発が巻き起こり、周囲は爆発による煙に包まれた。
「……どうして力を弱めたの? ボクはまだ……生きてるよ」
だがアリスは、鏡の身体を爆破魔法から守るように先程と変わらず毅然とした態度で、パルナに背を向け続けていた。
「試したのよ……耐えられるかどうか。でもさすがだわ、やっぱり子供とはいえ魔族ね」
その言葉を言い終えると同時に、パルナは表情を険しくする。アリスが、パルナに視線を合わせることなく、相手にしてないかのように微動だにしない様子で鏡に向き合っていたからだ。
まるで、「お前なんかに負けない」と、鏡のように強くあろうとするかのように。
「……いいわ、どこまで耐えられるか試させてもらうから」
そしてパルナは、それから何度も何度もアリスに向かって極限にまで弱めた爆破魔法を与え続けた。一思いに殺すことも、もっと威力を強めることも出来たのに、いたぶるように爆破魔法を何度も何度も撃ち続けた。
魔族のくせに人間と一緒に居続けたい、人間のことを大事に思っているなんて、ありえるはずがない。本当はそういう自分を演じているだけで、いざとなれば泣いて命乞いをするに決まっている。そう、考えていたから。
「どうして? どうしてボクを殺そうとしないのパルナさん? ボクはまだ……生きてるよ!」
だがアリスは、決してパルナに振り返ることなく、ずっと同じ体制で毅然とした態度を保ち続けた。
「なんでよ……なんでそこまでして!」
きっと自分であれば、悲鳴をあげているであろうダメージを受けているはず。それにも関わらず全く怯んだ様子を見せないアリスに、パルナはたじろいでしまう。
そんな態度を取られても一思いに殺そうとしなかったのは、パルナ自身にも自分がどうしたいのかわからなくなっていたからだった。
パルナが殺したい魔族という存在は、平気で人を裏切り、他人の死をなんとも思わない酷く醜い存在であるはずだった。なのに目の前の小さな存在は、醜いどころか美しく、光輝いている。裏切るどころか死をも共にしようとする程に固い絆で結ばれている。その事実を前に、パルナは困惑していた。
「くそ! どきなさい! 離れなさいよ! 魔族らしくしなさいよ!」
それでも、パルナは殺そうとまではしなかったが攻撃の手を止めなかった。
認めたくなかったのだ。自分の師匠の死は、出会いの悪さから生まれたただの不幸であったと認めたくなかった。だからパルナは痛みに耐えきれず、泣き叫んで鏡を見捨てるかのように逃げ去るアリスを期待していた。
だがアリスは、一向に離れることはなかった。
「無駄だよ。ボクは……絶対に鏡さんから離れない」
するとアリスは、背中越しからでもパルナの焦りを感じ取れたのか、釘を刺すように突然そう告げる。そして――、
「ボクは…………鏡さんが、大好きだから」
そう言って、少しだけ肩を震わせた。
「魔族の……魔族のくせに!」
そして、その台詞と行動がまるで、「お前の師匠は、そう思われなかった」と言われたような気がして、パルナは押し寄せた様々な感情に耐えきれず、更に何度も何度も爆破魔法を放ち続けた。
「魔族のくせに! 魔族のくせに……いつまでも強がってんじゃないわよ!」
するとパルナはいつまでたっても背中を見せ続けるアリスに対し、今度は正面から爆破魔法を撃ちこんでやろうと、アリスの正面に回ろうとする。
「魔族のくせ…………に?」
だが正面へと回った次の瞬間。パルナは言葉を失わせて爆破魔法を放つ手を止めた。それと同時に、パルナは自分の手が震える程の後悔と罪悪感に襲われる。
ずっと毅然な態度を見せていたアリスの変化にようやく気が付いたからだ。
「あ……んた」
アリスの顔はぐしゃぐしゃに崩れていた。嗚咽を漏らすことも、肩を震わせることもなく、涙で顔をぐしゃぐしゃにさせ、悔しそうな表情を浮かべながら、倒れる鏡にただ視線をじっと向け続けながら、傷を負った鏡の背に回復魔法を与え続けていた。
アリスの背中は度重なる爆破魔法によって既にボロボロになっている。痛くないはずがない。恐らく泣き叫びたい程の痛みに襲われているはずだった。だがアリスは、その痛みで弱みを見せることなく、周囲にばれないようにただ鏡のために回復魔法与え続けていた。
自分なんかよりも、目の前の人間が大切だったから。
どれほどの辛さだったのだろう? どれほどの不安が押し寄せていたのだろう? それでも逃げずに、ただ鏡のためにこの小さな身体で耐え続けていたのだ。その事実を知って、パルナはペタンっとその場へと力なく座り込んでしまう。
「……魔族だから、なんだってのよ。馬鹿みたいじゃない……私」
そこではっきりと思い知る。自分の考えが間違っていたということに。
そして、そんなパルナの様子を見たアリスは、もう大丈夫であると確信し、ぐしゃぐしゃになった顔を必死に緩めてパルナに笑顔を浮かべ――、
「あとは……お願いね、パルナさん」
その瞬間、安心して痛みに耐えきれなくなったのか、アリスは回復魔法をかける手を止めてその場で気を失わせる。
その光景を見て、パルナは少し前にサルマリアで鏡に言われた言葉を思い出していた。
『殺さないで守ってやってくれ……頼むよ』
その言葉とは、全く逆のことをやっていたという事実。そして疑い、この事態を引き起こしてしまった自分を激しく後悔し、パルナは手で自分の顔を覆い隠すと、「ごめん……ごめんね」と、何度も繰り返すようにつぶやいた。
「魔族と人間が手を取り合う世界か……かつてそれを目指した者がいたな。もっとも……ミリタリアがワシに報告なしに勝手に処理してしまったが」
その時、あまりにも憐れな惨状に、王は遥か昔に起きたことを思い出してそう言葉を漏らす。
「懐かしいお話です。勝手ながら、王の意向を妨げる存在になるかと思い、行動させていただきました」
「まあ良いが……ミリタリア。お前の息子には価値があった。それだけは惜しく感じるが」
そして、その昔の話の対象として、ミリタリアの息子……パルナの師匠の名が挙がった瞬間、パルナは目を見開いて王と、ミリタリアに視線を向けた。