向き合うこと、それが始まり-8
「いや、それ、私死にません? うまく着地できなかったらどうするんですか、地面に激突するじゃないですか」
「大丈夫だ。なぜなら俺が以前大丈夫だったから」
「それは鏡さんだから……ってえ? ちょ? な、ええー……? これセクハ……ってまたですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!?」
悠長に会話をしている余裕もなく、すぐ近くにまで兵士達が接近しているのを見て、鏡は強引にティナのリュックサックを掴むと、螺旋階段から飛び出して螺旋の中央へと移動してすぐさま真上へと投げ飛ばした。
投げ飛ばされたティナは凄まじい速度で螺旋階段の頂上付近にギリギリ届くか届かないかくらいの場所にまで飛び上がると、螺旋階段の柵部分にかつてない程に必死な形相で手を引っ掛けさせ、ぜぇはぁと息を乱しながら再び階段へと足をつける。
「な、何すんですかああああ! 殺す気ですか!?」
そして半分泣きになりながら激怒しつつ、螺旋階段の柵から顔を出してそう叫んだ。
「おー、意外とピンピンしてるな。よし、次は……」
「え、ぼ、ボクはその、ちょっと」
すぐさま次の行動に出ようと鏡はアリスに視線を向ける。だが、さすがに酷だと感じたタカコがアリスの身体を担ぐと、「アリスちゃん、しっかり捕まってて」と告げ、軽快な身のこなしで垂直に駆け上るようにして一気にティナのいる元へと向かう。
残された鏡達もそれに続いて、兵士達に挟み撃ちされる前に同じようにして駆け上がった。
「ちょっ! どうしてアリスちゃんだけタカコさんが担いでるんですか! 私も担げばよかったじゃないですかぁ!」
「ティナちゃんはリュックサックとか色々身動きとりにくいもの身に着けてるから……まあ無事だったんだからよかったじゃない」
「よかないですよ! 死ぬとこでしたよ!」
ひとまず危機を乗り越え、安全な領域を確保した一同は一息をついてぎゃーぎゃーと言い合いを始める。
「なんともまあ……はちゃめちゃな連中だ。だが、その行動の甲斐はあったようだな」
だが、魔王が呆れた様子でそういうと、すぐさま一同は表情を真剣なものに切り替えてある一点に視線を向ける。そこには、王の間へと続く最後の通路に続く扉があった。
一同はすぐさま扉を開けてその広大な通路へと出ると、目前に迫った王の間を前に息を呑んだ。
「……ここは私に任せて先に行きなさい」
するとそこで、タカコが開けた扉を閉めながらそう言った。
「私もお供致します。お一人では苦戦するはずです……仮にも相手は王宮の兵士」
続いてデビッドもそう言うと、タカコの横に並んで閉めた扉を力強くタカコと2人で開かぬように抑えつけた。
「ここを抑えておかないと、お城の兵士達がじゃんじゃん入ってくるでしょ? 王様とゆっくり話したいなら……ここを通させるわけにはいかない。そうでしょう?」
「……わかった。二人とも、無事でいろよ」
そう言って鏡は通路の奥へと走り出そうとする。だがすぐに、「お待ちください鏡殿」と声を張り上げてデビッドが叫び引き止める。
「……もしもミリタリア様がいらっしゃった場合。充分にご注意ください」
「誰だそれ?」
「パルナ様と手を組み、クルル様とレックス様を連れ去った……ヘキサルドリア王国内でも有力な権限を持った貴族の一人です」
それを聞いて、鏡は怪訝な表情を浮かべる。
「そいつがいたら何を注意するんだ?」
「ミリタリア様は……スキルを持っております。詳細はわかりませんが……あの方の前で敵対すれば、魔力の保有量以外の基本的なステータスが極端に弱まるのです。鏡様相手にどれほど通用するかは不明ですが……」
そのスキルの内容に、鏡は一瞬表情を歪ませるが、すぐに切り替えると、「大丈夫大丈夫」と、余裕のある笑みを浮かべた。
「確かにそれが本当なら、魔法も何も使えない俺はやばいかもしれないけどさ。こちには頼れる仲間がいっぱいいる。それに魔王だっているんだ。心配せずともちゃんと話合えるはずだ」
そして、鏡はそう言うと、グッドサインを自分の仲間達に向けて送る。それを見て一同は、任せろと言わんばかりの自身満々な表情で頷いた。
「いらぬ心配でしたか。どうかご無事で……! クルル様とレックス様をお助けください!」
最後にデビッドのその激励を受けると鏡は通路の奥へと再び走り出す。途中背後から「初めての共同作業ね……」と、微妙に喜びの混じったタカコの声が聞こえてきたが、気にせず鏡は王の間へと向かった。
そして、今までとは比べ物にならない程に豪華な装飾が施された扉に手をかけ、鏡達は王の間へと突入する。
「ここが王の間か……広いな」
「壁ないですよこれ、落ちたら死ぬじゃないですか。冬とか寒そうですし」
王の間に入って、すぐさまキョロキョロと周囲を見渡した鏡とティナがそうつぶやく。
王の間は、その一つ手前にあった通路と同じくらいには広さがあった。だが、明らかに内装が豪華に装飾されており、赤く煌びやかな絨毯が中央に敷かれ、その最奥に王が座るものであるのが一目でわかる大きな玉座が設置されている。
王の間の側面に壁はなく、王の間を支える柱だけが設置されており、そこから外を眺めれば王都全体を見渡すことが出来る程の景色が広がっている。
そしてその玉座には、まるでここに来るのが予定通りとでも言いたいのか、不自然に落ち着いた様子で座る、王の姿があった。
王は、見ているだけで安心感に包み込まれてしまいそうな優し気な目元を大きな特徴として、つい言葉の真意を確認せずとも信じ込んでしまいそうな程に凛々しい顔立ちをしていた。
その傍らには、その王様を守るようにして、濃いひげを生やし、髪をオールバックにしてまとめた細身の男性ミリタリアと、以前会ったときの姿のまま何も変わらない、どこか妖艶な色気を放つパルナ、それと、どこか虚ろな瞳でただこちらを何も言わずに黙って見つめるレックスの姿があった。
「随分遅かったじゃない? あなた程の力があれば……もっと早くこれたはずでしょ? まさか……殺さずに来たから遅くなったなんて言うつもりはないわよね? 魔族と手を組んだ人類の裏切り者のくせに……っ!」
「まるで待ってたみたいな言い方だな」
「半分正解ね。王様が……あなたに興味があるみたいよ? とはいっても、ここに辿り着けなかったならその興味も失せていたみたいだけど」
話し合いをするつもりなのか、特に王から攻撃を仕掛ける素振りは見当たらず、鏡達は警戒しながらも話のしやすい位置まで移動する。
「あら? もう魔族の角は隠さないのかしらアリスちゃん?」
「ボク達はもう隠れて生きるつもりはないよ。それを伝えに来たんだ」
意志のこもった眼差しでアリスがそう告げると、パルナは小さく舌打ちし、嫌悪するような表情を浮かべた。
「魔族と……人間が手を組んで王の間に訪れたのは初めてのことだ」
すると、王はおもむろにそう言った。まるで、それはとるに足らないこととでも言いたげに動じた様子もなく、玉座から見下すように視線を送りながら。
「……ワシの城にいる兵達はどうした? 全員……殺したのか?」
「誰も殺してねえよ。気絶させるか逃げるかしてここまで来たんだ。ひとつ前の通路で、俺の仲間が今頃、兵士達が追ってこないようにくい止めてるさ」
鏡がそういうと、王は「……ほう」と、感心したかのような表情でそうつぶやいた。
「レックス? おいレックス!」
そこで、近付いても一向に反応を示すことなく、表情を変えずに鏡を見つめるレックスを変に思い、鏡はそう言葉をかける。
「デビッドとやらが言っていた……洗脳か? 洗脳というより……」
「安心するがよい……洗脳ではない」
そして、メノウが憶測を立てるよりも早く、王はそう言って立ち上がった。
「暴れられても困るのでな、軽く催眠をかけて大人しくさせているだけだ。ワシの力は一人ずつにしか使えないのでな……まずは一人、しっかりと洗脳を施してから次にこの者だ。勇者という職種は稀少なのでな、魔王を討伐してもらわねば困るのだ」
それを聞いて、この場にいるはずの存在が一人いないことに鏡とアリスとティナは不安を抱く。
「クルルは……どこだ?」