向き合うこと、それが始まり-3
「だが王は、クルル様を魔王討伐のために強く育てようと、まだ幼いにも関わらず、辛く厳しい訓練を毎日のように受けさせられたのです。まだ、戦いに不慣れであるにも関わらず……護衛がいるとはいえ、自分よりも遥かにレベルの高いモンスターの目の前に立たせて」
デビッドには、その頃の記憶を今でも鮮明に思い出すことができた。護衛の一人として戦いに参加した時、クルルは恐怖のあまり、ぴくりとも動こうとはしなかった。
レベルの高い相手であれば、特別クルルだけが恐怖で動けなくなるわけではないが、クルルは、例え相手が最弱と呼ばれているグリーンスライムであっても、みずから戦う意志を示そうとはしなかった。
「わかりますか? その日々が、どれほど恐ろしく、辛いか……?」
クルルは心優しすぎた。例えモンスターが相手であったとしても、命を奪うという行動に恐怖を抱き、また、自分の命が奪われるかもしれないということにも恐怖を抱いていた。
「私にはわかる……クルル様は毎日のように泣いておられた。来る日も来る日も恐怖で震えきった表情を浮かべ、外に出ようとすれば、また戦いの場へと連れていかれると悲鳴をあげられ……それでも王は、クルル様を強く育て上げるのをやめようとはしませんでした」
そして、いつしかモンスターだけではなく、戦いの場へ連れていこうとする自分自身に対しても、恐怖し……絶望した表情を浮かべていたのをデビッドは今でも覚えている。
「そんな日々を繰り返していたある日……クルル様は笑わなくなりました。そして、それが宿命とでも言わんばかりに、戦いを受け入れて日々を過ごすようになりました。精神が……壊れたのです」
デビッドのその言葉に、タカコとティナは表情を歪める。
「おかしいわね。少なくとも、私達が出会ったときは精神が壊れてるとは思わなかったけど」
「そ、そうですよ。確かに魔王討伐をすごく重要視されてましたが、精神が壊れていたとはとてもじゃないですが……!」
少なくとも、出会った当初のクルルは普通だった。魔王討伐を目指し、世界を平和に導くために戦おうとする、少なくとも民のために戦おうとする誠実な人物であった。
だが、デビッドは二人のその言葉を聞くと、まるで何もわかっていないとでも言うかのように、顔を左右に振った。
「それが……王の力なのです。王は、精神が壊れたクルル様を見て、王族でありながら社交性に欠けるのを問題視し、クルル様の心を修復致しました。いや……心を痛めないようにした、というべきでしょうか?」
「どういうことだ? というより、元々クルルも魔王討伐を目指していたんだろ? ならそれなりに戦いに対する覚悟があったはずだ。それで……精神が壊れるなんて思えないけど」
「クルル様は、魔王討伐をご自分から望んだことは一度もありません。戦うことを……ずっと嫌がっておられました」
「……は? ならどうして?」
言葉の矛盾に、鏡は困惑した表情を見せる。クルルは、魔王討伐を目標にこれまで強くなるための特訓を受けてきたと言っていた。だがそれは、戦いが嫌で精神が壊れたという事実と矛盾している。
「王は、他者を洗脳する力を持っています。そういうスキルを……持っておられるのです」
無感情。精神が壊れたクルルは最終的に、何に対しても反応を示すことなく、ただ、操られた人形のように行動するようになった。だがそれは、王の目的は達成してはいても、王の意図通りではなかった。
「クルル様は……壊れた精神を修復するために洗脳をかけられ、元より自分から望んで魔王討伐を目指していたと思うように洗脳されました。そして、今のクルル様になったのです」
いくら魔王討伐を受け入れたとはいえど、表情も言葉も発しない社交性に欠ける存在であっては王族として困る。その理由から、王は洗脳によるクルルの精神のリセットを試みた。
その結果が、今のクルルという存在だった。
「王は……クルル様だけではなく、これまでも、魔王討伐の意志のない優秀な冒険者を見つけては洗脳し、魔王討伐がそもそもの目的であったと思わせるように仕向けてきました」
自分の本来の意志とは異なる意志を植え付けられ、まるでそれが、本来の自分であるかのように行動させられる。そんな、非人道的な行為を、王が行っていたという事実に、その場にいた全員が戦慄する。
「そんな……そんなことって許されるの!?」
たまらず、アリスは感に堪えないような顔でそう叫ぶ。
それを見て、デビッドは視線を逸らし、辛そうな表情を浮かべる。許されるはずがない、だが、魔族は倒さなければならない存在という常識に逆らえず、デビッドは王のその行動に目を瞑ってきた。魔王を倒し、平和な世界を一刻も早く取り戻すべきであると。
「私は王に命じられ鏡様の元へと訪れた時、王の洗脳の呪縛を解き放ち、魔王討伐を望まず……またかつてのように笑うようになっていたクルル様を見て驚きました。それと同時に、あなた方という存在が、クルル様をまた笑うようにしてくれたのだと気付きました」
元々、デビッドは感じていた。こんなのは、間違っていると。いくら魔王を倒すためとはいえ、人の心を操るような真似をしてはいけないと。
「だから私は思ったのです。例え王の意志に背くことになったとしても、クルル様が大切にしていらっしゃるこの環境を必ず守ると! なのに……私はまた守ることができなかった」
そして、抱いていた感情が爆発し、デビッドは王の意志に背いて今回の行動にでた。暫くして、魔族が倒すべき存在であるという認識も、間違っていたのだと気付いた。
「お願いです……鏡殿。このままではクルル様はきっと……魔族を、アリス様を味方とは思わず敵とみなす、魔族と戦うだけの存在にされてしまう。そうなればきっと……今のような優しい笑みを浮かべなくなる。浮かべたとしてもそれはきっと……また別の……!」
その時、デビッドはぐしゃぐしゃに歪んだ必死な形相で鏡に懇願した。結局何も守ることができず、遅すぎた気付きと行動に激しく後悔しながら、それでも諦めきれない大切なもののために。
「どうするの鏡さん……このままじゃ!」
不安そうな表情でそうつぶやいたアリスを見て、鏡は手をアリスの頭にポンッと置くと笑顔を見せる。
「そんなの決まってるだろ。不安そうな顔するなって」
そして、すぐさま意を決した表情に変化すると、次にデビッドの肩をポンッと叩き――、
「頼まれなくても助けるさ。あいつらはもう俺達の良き理解者なんだ。……仲間なんだよ」
そう、掠れる程に小さな声でつぶやいた。
その瞬間、デビッドは背筋が凍るような感覚を抱いた。
肩を叩いた鏡が今までに見たことがない程に冷たく、怒りに溢れた形相をしていたからだ。
身体の全細胞が「この者に関わってはならない」と警報を鳴らしている。それはデビッドにとって初めての感覚だった。
どんな者が相手であったとしても、引かず、弱音を吐かずに立ち振舞ってきた。それが例え王であったとしても、間違っていると感じれば今回のように逆らってきた。
だが、そこにあったのは逆らう気力も失う程の威圧。
『もしもこれが敵だったら?』そう考えた瞬間、抑えていた全身の震えをデビッドは止められなくなった。
「……だったら尚更、停戦協定は結ばないとな」
「ど、どういうことです?」
たった今、王の考えを話したばかりにも関わらず、曲がらない鏡の意志にデビッドは困惑する。すると、鏡はその場で振り返り――、
「それじゃあ駄目なんだよ。この世界の仕組みが……そうさせてるんだ。だからそれを潰さないと何度でも同じことは起きる……だから」
そして鏡は意を決したような表情でそうつぶやき。自分が背負っていた荷物をデビッドに放り投げるように渡す。その直後、思わずよろついてしまう程の突風がその場で巻き起こる。
「んな!?」
あまりにも突然の突風に全員が思わず瞼を閉じる。そして暫くしてから再び開けると、そこに鏡の姿はなくなっていた。
「……私達も追うわよ! あのアホは……また一人で!」
「絶対鏡さん後先のこと考えてないですよ! クルルさんを早く助けないとって気持ちで暴走してる可能性大です!」
「……鏡さん」
また一人で無茶するのではないか? そんな不安をタカコとティナとアリスは抱えながら、恐らく鏡が向かったであろう王都へと足を急がせた。
いつもご愛読ありがとうございます。子猫です。
4月30日を迎え、LV999の村人が全国書店で発売されました。
ひとえに書籍化できましたのも、皆さまの指摘、意見、ご愛読あってのものだと思っておりますので、この場にて御礼申し上げます!
もし書店で見かけられましたら、ぜひ一度お手にとっていただけると幸いです!
それでは今後ともよろしくお願い致します!