100のお題:居間
「で、今日はどうしたんだよ」
悪友の平井がジョッキを手にして言う。枝豆の最後の一つに手を伸ばしながら、俺はため息をついた。
「帰りたくないんだ」
「……俺、そーゆー趣味はないからな」
「茶化すなよ」
平井の下品な趣味にため息を追加して、俺は答える。
「というか、おまえ一人暮らしだろ? なのに帰りたくないって、アレか? 部屋がグチャグチャで片付けるのがいやになったとか、虫が湧いて大変だとか、それ系のアレか?」
「おまえと一緒にするな」
「ぐっ……お、おれは彼女が」
「時々やってきて片付けてくれるって言うんだろう?」
「ちがわいっ。彼女がいつ来てもいいようにきちんと片付けてるって言いたかったんだよ。それこそおまえと一緒にするなよなっ」
ぐびび、とジョッキを一気に煽って、平井は追加を注文する。
「そういうアレじゃないんだよ。居間に……アレがいるんだ」
「なんだよ、アレって」
「アレはアレだよ。……口では言いたくない」
「なんだよそりゃ」
俺は部屋の居間にあるソレを思い出し、身震いをした。
「小さい悪魔が二匹……俺の部屋を食い荒らしてるんだ」
「悪魔? 二匹?」
「ああ。おかげで家に帰るのが憂鬱で憂鬱で……」
スマートフォンが振動する。俺はびくっとして着信拒否を押した。
「いまの……名前って」
俺は口を閉じてうなずいた。
「ああ、恐怖の大王だ」
「……ってもうあれから15年も経ってそれ言うか? 雫さんって言ったらお姉さんだろ? すこぶるつきの美人の」
「外面がいいだけだ」
「あの人を悪魔呼ばわりはないだろー」
「いや……家に居座ってるのはチビたちなんだよ。姉貴が置いてった」
「チビって……姪っ子がいるって言ってたな」
破壊の限りを尽くす小さな悪魔。意思疎通できるのだけが幸いだが、言葉は通じない。
「てことは、いろいろ壊されまくってるのか。ご愁傷様」
ジョッキの縁をぶつけてくる。
スマートフォンがまた振動する。メッセージの着信を知らせている。
「これ、結構怒ってるんじゃないのか? 雫さん」
「……帰りたくない」
スマートフォンの画面には、「腹減った!」のメッセージが表示されていた。