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微生物を愛でたいのだよ!  作者: まいまいഊ
1-a『間違いなく彼らはそこにいる』
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4・Oxygen(オキシジェン)とは、酸素のことである。

 ――魔法やら獣人やら魔物やらが存在する幻想的(ファンタジー)な場所にやってきたが、それらはあまり興味ない事象である。

 そんなことよりも、この美しい形態(フォルム)の微生物をみてごらんよ。この星の微生物たちも、地球となんら変わりなく神秘的な造形をしている。

 水をかき回すように力強く振るわれる鞭毛、水に漂うことに適した無駄のない形。光に透けたもふもふの繊毛は何とも形容しがたいほどに美しい。

(これはまるでゾウリムシ。こっちにはミジンコっぽいのが。これはなんだ、妙ちくりんな生き物は……)


「こんなところで何をしているんだ?」

 背後からそのような男性の声(ざつおん)が聞こえたが、気にしないことにした――




 キセノンは依頼を達成し町へ帰るところだった。いつもと変わりない草原を町へ向かって足早に進んでいた。この道は主要な町をつないでおり、それらの町からやってくる旅人とすれ違うことも珍しくない。それは何の疑問も抱くことはない日常の風景である。

 しかし、今日は少し様子が違っていた。町へ続く道から少し離れた伸び放題の草の合間に、人がいる事に気がついたのだ。緑の草原の中にある白い衣装はなかなかに目立った。うずくまるその小柄な人物は、どうやら水溜りをじっと覗き込んでいるようで、その場から動かなかった。


 キセノンは不思議に思い話しかけた。しかし、熱中している人物がその声に反応する様子はまったく感じられなかった。もしかすると聞こえなかったのだろうかと思い、再び同じ質問を投げかけた。

「こんなところで何をしているんだ?」

 すると今度は反応があったものの、キセノンの方を見ようとはせず、少し面倒くさそうに口を開いた。

「邪魔しないで」

 何の感情もこもっていない回答がその口から発せられた。

 実はこの「至福の時」に話しかけてくる者には、内容にかかわらずその言葉を半ば自動的に返す癖がついているのだ。

「ん、あぁ、すまない」

 謝りつつ、キセノンはその者を観察した。耳が少し覗く程度の短い黒髪を持ち、顔立ちは中性的で、まだ幼い雰囲気を持っている。声色からは性別ははっきりとは分からなかったが、まだ子供であることだけは間違いないだろう。

 キセノンは周囲を見回した。周囲には他に人の気配は無い。町の近くとはいえ、こんな何もない草原に子供が一人でいるのはあまりよいことではない。


「ここら辺では見かけない顔だな。どこから来たんだ?」

「邪魔しないで」

 しかし、先ほどと同じ言葉を繰り返すだけであった。

 一体何をしているのだろうかとよくよく見てみると、ただ水溜りを見ているだけではないようだ。草むらに隠れてよく見えなかったのだが、傍らに魔法具らしい本が浮かんでいることに気がついた。水面を見つめその本に何か絵のようなものを夢中になって描き込んでいるのだ。

 絵を描いているということは、芸術家か何かの卵だろうかと、キセノンはそう思った。彼らの中にはイメージがわいたら所かまわず構想を書き付ける者もいると言う。

 地面にはいつくばってでも描きたい何かがこの水溜りから感じたのだろうと、キセノンは考えた。しかし、何をそんなに夢中に描いているのか気になり、背後からこっそり覗き込む。

 そこには歪で不気味な図形のような物が描かれていた。子供の描く落書きは何を描いたのかわかりづらいものが多いが、それでもどこか微笑ましい雰囲気があるものだ。しかし、そこに描かれていたのは今にもうごめきそうな不気味な雰囲気を持ちながらも、規則的で非常に整った美しい図形だった。何を見たらこのようなものが描けるのか、何を思ってこのようなものを描いているのか、まったくもって理解できなかった。だが、非常に印象深い奇妙な絵であることは確かで、なぜか心に焼きついた。


「絵……上手いんだな」

 上手いだとか下手だとかそういう言葉では表現できない理解不能な作品だが、キセノンの知る語彙の中に適切なものがないのでそう言うしかなかった。

「今忙しいから、邪魔しないで」

 しかし、その返事は実にそっけない。心に芽生えている小さな苛立ちをのせて言葉を発してはいるのだが、何かに夢中になっている状態だと感情を適切に(うまく)表に出せない性質だった。そのため、相手に苛立ちの感情が伝わることは稀であった。それでも精一杯、「もう話しかけるな」と抗議をしていた。


「ところで一人か?」

「だーかーら、邪魔、しないで」

「しかし、な……」

 熱中すると没頭してしまう性格であるのは、見るからに感じ取れる。もしも気がつかぬうちに親とはぐれたのならば、ますますこんな草原に一人にするわけにはいかない。


「名前は何だ?」

 はぐれたのであれば、親が探しているかもしれない。名を知っていれば親が探していた場合でも、対応できるだろう。キセノンは名を尋ねてみる。

 その子供は決して顔を上げようとせず、水たまりを覗いている体勢のまま、あまつさえため息をつき、かなりやる気の無い間延びした声が返ってくる。


「その質問に、答えるから……もう向こうへ、行ってくれる? 僕の、名前はー……沖石(おきいし)、じゅん……」

 と、名を名乗ていたのだが、奇しくも、その途中で遮られた。

「そうか、お前はオキシジェンと言うのか」

「んなっ……」

(何だよ、オキシジェンって。どうして「じゅ」が「じぇ」になるんだ? なまっているのか、そうかきっとなまっているに違いない。しかし、僕は断じてそんな酸素(オキシジェン)みたいな名前じゃないぞ。認めないからな!)

「あぁ、本当にもう観察の邪魔だ!」

 何回も邪魔をされた、名前はオキシジェンと発音される、それだけで充分であった。切れやすい堪忍袋の緒が切れた。


「だから何度も邪魔するなと言っているだろう? 観察の邪魔だ、あっちへ行けよ。これだから哺乳る、ぃ……は?」

 そう声を荒げて邪魔をしてきた人物を睨み付けたが、視界に入ってきたのは見覚えのある哺乳人類(ホモサピエンス)ではなかった。

 まず頭部に生えている髪の色が尋常ではなかった。まるでクロマトグラフィーで植物色素を分離した時に現れる葉緑素(クロロフィル)のような鮮やかな緑の色だ。その髪も細長い毛の集まりというよりも、鳥の羽のような質感だ。

 そして、視線が合ってみれば、黄色い虹彩(ひとみ)に蛇のような細い切れ目が入っている。顔をよく見れば真珠のように美しい細かな鱗で覆われ、部分的に青に輝く鱗も見えた。その青は光を映し構造(にじ)色に映えているのが印象的であった。そう、そこにあったのは爬虫類の顔であった。


(そういえばここには獣人がいると、言っていたな)

 そのことを思い出し、納得をした。この目の前にいるヒト型の生物はこの星に住む人類のひとつと言うことになる。実際に動いている獣人を目にし、ここは本当に地球ではないのだなと実感した。

 彼は地球にはいない形態の生命体(ヒト)なのだが、それにもかかわらずそれが成人男性であるということが分かった。少し不思議な感覚ではあったが、ヒトの言葉が理解できるのと同様、ヒトの個体ひとつひとつを識別できる能力も付加されているのだろう。そう思うことにした。


「いや、すまない。君は爬虫類だったか」

 この星では爬虫類もヒト型の知的生命体に進化したのだろう。

 長年使い良い感じの色合いになった鎧で武装(コスプレ)したその人物は、人間と変わらないような直立二足歩行をしていた。爬虫類にまったく苦手意識はないが、背筋を伸ばし二足歩行を行う爬虫類と言うのは、どこか不気味に感じてしまう。


「僕は、その、哺乳類だけが話しかけてくる、そんな環境に住んでいたから、君のような鱗の生えた人類に話し掛けられるのは、初めてなんだ……って、何を言っているんだ僕は」

 彼にこんなことをカミングアウトしてどうするというのだ。自分の前に現れたこの奇妙な存在に多少慌ててしまったのかもしれない。


「ええと、爬虫類の人類と言うことは、君は爬虫人類なのかい?」

「爬虫、人類?」

 キセノンはそんな堅苦しい言い回しは聞いたことがなかった。

「そうは言わないのか? 正しい呼び名があるならそれに従うよ」

 こう見えて生物が専門である。生き物の名称は正確に覚えておきたいと思ってしまうのだ。

「俺たちは爬虫族(レプティリアン)と呼ばれているな」

「レプティリアンか。そうか、ありがとう。ちなみに僕はここの常識と言うものが皆無だから、あんまり関わらないほうが良いぞ。だから、さようなら 、親切なレプティリアンのお方よ」

 こう言っておけば面倒くさそうだからとこれ以上関わろうとしないだろう。と言うよりも、自分から関わりを絶つように再び水溜りを覗きはじめた。


「し、しかしな?」

 もうその子供の耳には言葉は届いていない。ぶつぶつ言いながら手元の本になにやら書き始めていた。明らかに無視しているようだった。

「やれやれ。子供が一人でこんなところにいるのは、あんまり感心することではないのだが」

 今はまだ昼で、ここは町からも近い。この辺は人を襲うような魔物もあまり現れないので、放っておいても大丈夫だろう。物騒な奴が出るのは大抵夜なのだ。とりあえずは放置しておくことにし、キセノンは町への道を急ぐことにした。

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