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微生物を愛でたいのだよ!  作者: まいまいഊ
1-f『常なる日々の記録』
30/59

30・お誘い合わせのうえご参加ください。

 青白い太陽が澄み渡った空に浮かび、その眼下に広がる緑の波に輝きを与えている。

 その変わり映えのしない波打ち際で、淡紫の蝶が時折不規則な揺れを見せる。朝の露にぬれた蜘蛛の網に光彩が微かに舞い降りて、風と戯れている。


 草原の心地良い清涼に浸りながら、魔動車は草の細波をかきわけ帆走(はし)る。

 オキシは仕事場へ向かう魔動車に揺られながら、後ろへ流れ行く草原を眺めていた。先ほどから思うのは、あの場所にはどのような生物がいるのだろう、と、そればかりである。

 ここが治安のよい日本であれば、悩むことのない悩み。しかし、ここは日本ではない、地球ですらない。平和な日本と異なり、危険が潜んでいるのである。

 草原に出ての観察にためらいを感じる原因はそこにある。一人でいるという隙を見せれば、あの殺人犯(じゃまもの)はまた姿を現すだろう。オキシは、歯がゆい思いを持って草原を眺めていた。


 いくら微生物の観察をしている時は何日も篭れるとはいえ、延々といつまでもそうしていられるわけではない。部屋に閉じこもりきりでは、周りに余計な心配をかけてしまう。面倒くさくはあるが、普通に日常を過ごせているということを示すためにも、気分転換にモモーロの雛でも仕分けに出ようとオキシは思ったのだ。

 しかし、外に出たのは間違っていたかもしれない。草原にいる微生物に想いは募っていくばかりなのだ。


 窓越しに見ているだけしかできない景色にも飽き、オキシは車内に視線を移す。朝早くからの移動ため、到着するまで寝ている人も多い。

 魔法により浮かんで滑るように進む魔動車はほとんど揺れを感じない。到着するまでの間、快適な休息を取ることができるだろう。

 ふと、隣に座るテルルと目が合った。彼女は仕事仲間であり、同年代の友人、ということになっている。本当は彼女よりも十年ほど多く生きているが、オキシの外見はこの世界においては小柄というのを通り越し、子供とみなされるほどに幼く見える。そのため、テルルもまたオキシを子供だと思いこんでいる、そんな一人だ。


「そんな今にもため息つきそうな顔して、何か悩みでもあるの?」

 そうテルルが口を開いた。

「いや、ないよ。なんとなく、良い天気なのになぁって思って」

 この町を騒がせている殺人犯に遭ったという出来事は、子供のテルルは知らなくてもいい情報だ。オキシはあいまいに返事を返す。


「そう……」

 釈然としない様子ではあったがテルルはそれ以上、追及しなかった。確かにオキシのいう通り、外は天気が良い。しかし「いい天気だ」ではなく、「いい天気なのに(・ ・ ・)」と言うオキシは、やはり何か悩んでいるのである。

 しかし、それはあまり話したくないことなのだとテルルにもすぐに分かった。聞き出そうとしても、オキシは答えてはくれないだろう。オキシが普段からあまり自分のことを話したがらないのはわかっていた。そのため、なおさらテルルにはオキシが取るであろう振る舞いの想像がつくのである。



「そういえばオキシってさ、いつも同じ服着ているじゃない?」

 テルルはふいにそんな話題をふる。話してくれないことには相談にのることはできないが、楽しいことを提供することはできる。テルルはいい考えを思いついたのだ。

「ん、うん。そういえば、そうだね」

 テルルの突然の質問に、黒い瞳を瞬かせながらもオキシはそう答えた。

 オキシが持っている服といったら、この世界にやってきた時に着ていた今も見につけているこの服と、今は部屋に置いてある白衣だけだ。元々服飾関係は興味が薄く、人目もあまり気にしない。それにロゲンハイドの魔法で適度に洗濯をしてもらっているので、清潔さは保てていた。替えがなくとも全く困ることはなく、オキシは特に気に止めたこともなかった。


「でもなんで、今更それを?」

 なぜ、そのようなことを今言われるのか、分からず首をかしげる。

「明後日から商店街で年に一度の祭りがあるんだよ。広場や大通りに各地の特産なんかを扱った露店がいつも以上に並ぶの。でも、一番の目玉は商店街の安売り。だから、もし予定がなければ、服を一緒に買いに行かない?」

 祭りは数日間行われ、一般人の趣味の楽器演奏といった様々な出し物から、大道芸人による本格的な美技まで、様々な演目が催され町は活気に満ちるのだ。

 テルルは、この町のお祭りは初めてであろうオキシを誘う。


「祭り?」

「そう、知らなかった? 町にいろいろ張り紙張ってあったと思うんだけれど」

「そういえば、派手なのは目についたなぁ」

 文字が読めるのであれば、町のあちらこちらに貼ってある張り紙からその情報を得られただろうが、残念ながらオキシはちらりっと見た程度で文字の読解をできるほど身についているわけではなかった。最近やたらと増えた張り紙は描いてある絵柄が色彩豊かだな、という印象しか残っていなかった。


「そうそう、それ。色々見て回ろうよ。服とか雑貨とか、掘り出し物があるかもよ」

 少し元気のないオキシに気分転換になるような話の種を提供することはできる。

「服か」

 国境の町であるフェルミには、様々な衣装の旅人が訪れるとはいえ、異世界の技術で作られたオキシの服は見かけない形をしている。しかも髪や瞳の色は珍しい黒を宿しているので、より目を引いていた。

 この地域で一般的な服の一つでも買えば、少しはこの町の風景にも馴染むだろうか。テルルに言われるまで特に考えたこともなかったが、確かに服はもう少し予備があってもいいかもしれない。悪くはない提案である。オキシはそう思い承諾した。


「じゃあ決まりね。待ち合わせは時計塔のしっぽ側でいいかな」

 時計塔の「しっぽ」というのは、時計塔の上空で円を描いている部分と地上から螺旋に伸びている部分の接続部分のことである。それがまるで動物の尾のように見えるので、そう呼ばれている。「しっぽ」以外にも場所によって数種類の呼び方があり、たとえば「しっぽ」と真逆の方面は「頭」と呼ばれている。

 時計塔で待ち合わせる人が多いので、時計塔のどの側付近にいるかも決めておけば、探す手間が少し省けるのだ。


「時計塔のしっぽ側だね、了解」

 こうしてオキシは、テルルと祭りを見て回る約束をしたのだった。

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