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微生物を愛でたいのだよ!  作者: まいまいഊ
1-e『非情で非常な日常』
27/59

27.・ポケットの中にはビスケットがいっぱい!


 オキシは、組合(ギルド)の一角にある治安組織の者たちが集う場所、つまり駐在所に来ていた。入り口から続く廊下には等間隔にいくつもの扉が並んでおり、オキシはそのうちのひとつの部屋に通された。

 その部屋は、木製の机と長椅子が部屋の中央にあるだけの質素なつくりで、小さな窓からは街並みが見える。月明かりに照らされ、もうすっかり夜の様相だ。

 オキシは部屋に見知った顔があることに気がついた。今回の事案を担当する者はイリジーとコルバートのようだ。


(治安維持を担当しているイリジーはとにかく、なぜコルバートがいるのだろう。確か彼は迷い子を扱う部署の配属ではなかっただろうか)

 オキシは首を傾げた。


「おや、襲われそうになった子供というのは……君か」

 子供を扱うことに慣れているコルバートは、子供の聴取するということで呼ばれたのだ。それはいつものことであった。

 ただ今回はその被害にあったという子供というのが、子供に見えるだけで実は成人しているオキシだったのである。コルバートはオキシの年齢を知っている。隙あらばサボろうとする彼は、本当の子供を相手にするよりも楽できそうだと、少しだけ喜んでいた。


「おや、二人は知り合いだったのですか」

 イリジーは意外そうに二人の顔を交互に見る。

「まぁな」

「いろいろ、あって」

 キセノンに記憶喪失気味な迷い子と思われたため連れていかれた場所で、その時の担当者の一人がこのコルバートだったのだ。


「大体の想像はつきますが……ま、とにかく座ってください」

 座るよう促され、オキシは椅子に座った。事情聴取というやつは、自分が何かしたような感じで、こわばってしまう。


「お菓子、食べるか?」

 緊張の様子のオキシを見て、コルバートは腰に携帯している袋から、色鮮やかな配色の菓子袋を取り出し差し出す。さすが、迷い子を扱う部署に所属しているだけのことはある。子供が喜びそうなものを携帯しているのだ。

 オキシの外見はどうしても子供にしか見えないので、成人しているとは知りつつも、ついついいつも子供に接しているようにしてしまう。そのせいで、この待遇である。


「さて、大体のことは他の人から聞いているので、軽く確認するだけですからね」

 人通りのない路地裏でその事件は起きた。こう言った類の案件の場合、目撃情報は少ないものなのだが、不思議な事に今回は目撃の証言だけはたくさんあった。

 赤い色彩を持つ蠍種(スコピオシー)の男がその現場にいた。騒ぎの目撃者たちは口をそろえてそう発言する。彼らの言う人相は間違いなく指名手配されている者の特徴を示していた。

 そして、その手配犯と対峙していたのが、この黒髪の子供である。しかも、あの通り魔に狙われて生きていた唯一の人物でもあるのだ。


 夜も迫る静かな住宅街で何が起こったのか、そのおおよそのことは証言から把握している。しかし、それはオキシが「火事だ」と叫んだ後からのことであり、そこに至るまでにどんなやり取りがあったのかは当事者しかわからない。


「君はあの通り魔……アーゴンに狙われる理由に心当たりはあるかい?」

 菓子をほおばるオキシを見ながら、イリジーは尋ねた。彼はオキシの年齢を知らないので、子供に語りかけるときのように声のトーンが少し高く優しいものになる。


「それが分かったら、僕も苦労はしないんだけれど……」

 オキシは言葉に詰まる。「魔物かどうか確かめる」という、訳の分からない理由で待ち伏せされたことはわかっていた。しかし、それをどう説明したものかと困惑する。


「精霊殿も何か心当たりは?」

 イリジーは、オキシの頭上であぐらをかいているロゲンハイドに視線を向ける。

「おいらも、わからないよ。でも、ここ数日妙な気配はしていたことは確かで、様子を伺って機会を狙っていたんだと思う」

 今になって思えば、昼間でも草原にいる時や、町を歩いている時、たまに感じた妙な気配はアーゴンのものだったのだろう。しかし、なぜオキィシが狙われているのかロゲンハイドにも分からなかった。


「偶然ではなく何かの意図があって、アーゴンは君の前に現れたのですね」

 イリジーは事件の事実をひとつひとつ明かし真実をつかみたかった。

「確か以前、君は草原で襲われたと言っていましたけれど」

 オキシはこの事件の唯一の生存者だった。犯人の似顔絵をここに届けに来たことは記憶にも新しい。イリジーはその時のことをもう少し詳しく聞こうと、オキシに尋ねる。思い出したくない記憶だろうが、通り魔の手掛かりになることが何かあるかもしれないのだ。


「詳しくと言われても……その時、僕は意識がなかったのでよく分からないんです」

 その言葉に嘘はない。オキシはそのとき、アーゴンの毒にやられて、ほとんど情報の得られないまま気を失っていたのだ。

「しっぽの毒で麻痺させられていたのだな」

 コルバートは蠍種が持つ特有の器官(ぶき)について思い出していた。蠍種が持つ尾には毒がある。尾の先にある鉤から出される毒は弱く、死に至ることはない。ただ麻痺させるものなのである。しばらくすると回復するのだが、死ぬことはなくとも体の自由を奪うこの毒は悪用すれば危険極まりない。


「しかし奴の手口は吸血。気を失っていたら、されるがままに血液を奪われるので、まず助からないはずなんですよ?」

 イリジーはアーゴンの極悪な手口を語った。

「そうなのか?」

 コルバートは初耳とばかりにイリジーを見る。

「手口については一般には正式に公開されていませんので、部署の違うコルが知らないのは、仕方のないことですよ」


 この通り魔事件には市民に知られていない情報がある。その通り魔の犯行は普通ではなかったのだ。被害者の状態は常軌を逸していたのである。

 現場には血の海など存在しなかった。それなのに見つかる被害者の死因はすべて失血死なのだ。大量の血液がどこかへ消えているのである。

 遺体には必ずどこかに噛み傷があり、これが意味するところは犯人が吸血を行っていたということである。しかし、その傷だけでは犯人につながる手掛かりにはならなかった。吸血種の割合は少ないとはいえ、この地域全体の人口で考えると、ひとりひとり調べるにはその数はあまりにも多い。もう少し確実な証拠が出て、絞り込むことが必要であった。

 犯人は吸血をしている。これは基本的には犯人やこの事件の捜査関係者しか知らない事実だった。この情報が公開されていないのは、吸血する種族に対して市民が不必要に恐怖しないため、そしてあらぬ風評が広がらないためという配慮から、あえて発表していないのである。

 肉を食べる種族が同族(ヒト)の肉を食らわないのと同じで、吸血の種族である者たちも同族の血をすすることない。殺人を犯すような者であっても、その基本的な行動は変わらない。しかし、この度の殺人鬼は同族の血を食すという、それは異常なことであった。

 普段は気にも止めない事象でも、少数派の者による異常な事件が起きると、それに属する他の者たちも同類と見なされてしまうことがある。すべての者がそうではないとわかっていても、己と異なる嗜好の者は、理解しがたいがゆえに生理的に嫌悪し、排除しようとしてしまう。

 さまざまな種族の行き交うこの町で、特定の種族に対していらぬ風評を防ぐ意味でも、情報公開にある程度の制約を設けることは必要であった。

 このような理由で犯人の手口については規制された情報なのだ。そのため、配属が異なればそのことを知らない者も多い。


「詳しく知りたいのであれば、資料を読むことができますよ?」

 組合の職員ならば、許可さえとれば資料を閲覧できるのだ。

「犯人の手口なんて興味無い。手口が吸血だなんて知りたくもなかった」

「見かけによらず、切った刺したの嫌いですからね……」

 鋭い嘴を持ち肉食であるはずのこの鳥族(アベシアン)の男は、外見に合わず流血沙汰が苦手なのである。


「吸血……あぁ、そういえば。さっきアーゴンは『おなか壊して、ひどい目に遭った』とか言っていたから、僕の血が口に合わなかったんじゃないかな。だから、途中でそのまま放置したとかね。僕は結構丈夫にできているから、生きていたけれど」

 まずいとは一言も言っていなかったような気がするが、血を吸われていたのは事実。実際にはかなりの血液を失っていたはずだが、オキシにとってその状態は命には関わらない。オキシが不死身に近い体質であることを知らないアーゴンは、もう何をしても助からない状態とでも思ったのだろう。普通ならそう思うはずである。

 オキシは自分の特異な体質については隠しつつ、アーゴンに関する情報を提供した。


「あとね、オキィシは再生持ちだしね。だから、ちょっとくらい深く刺されたり、血を失ってもわりと平気なんだと思う」

 付け加えるようにロゲンハイドは言う。

「え。な、何で知って……?」

 オキシは自身の再生能力についてロゲンハイドに言った覚えはない。あえて避けて語っていただけに、その急な話題の発生にオキシは困惑した。

「だってオキィシは虫に刺されても、とげとげした葉や蔦でちょっと切り傷やかぶれを作っても、すぐに治っちゃうの見ているし。

 それに再生する時は傷に見合った魔力が消費されるから、おいらには再生が行われたことがすぐにわかるんだよ」

 しかし、ロゲンハイドも知らない。その再生はこの世界のそれを凌駕していることを。ロゲンハイドが見たのは本当に軽い傷が治る様で、実際のところオキシの能力がどれ程のものかまでは知らないのだ。


「再生持ちか。珍しいな」

「再生持ちですか。久しぶりに会いました」

 コルバートとイリジーはそれぞれに感想を言う。

 再生能力はこの世界においては珍しいとはいえ、ヒトにも発現する性質なので、おかしなことではないのだ。


「再生は珍しいのか」

「この町に二、三人もいればいい方ですね」

 そこそこ人口の多いこの町においても、その程度しか存在しないのだ。


「まさか、再生持ちだったとは。……あぁ、だからお前は鈍いのか」

 コルバートは納得したように頷いた。彼は町の片隅で独りでいるオキシを見かけたことが何度もある。話し掛けたことも数回あるが、その時のひとつひとつ返答を得るまでにかなりの時間を要したのを思い出していた。

 再生持ちは大なり小なり状況の変化に対して、おざなりな傾向にある。マイペースというのか、感覚が鈍いというのか、どこかのんきでおっとりしているのだ。


「うんうん、オキィシは鈍いね。おいらもオキィシの危機感の低さ(にぶさ)には辟易しているよ」

 ロゲンハイドも同意するように頷き、首を横に振る。再生できる能力があるからといって、危険に近づいていい言い訳にはならないのだ。


「……鈍くて悪かったね」

 それは再生能力を持っているが故の性質によるものではなく、平和な場所で育ったために培った性格なのだ。それに加え並外れた集中力を持つせいで周囲の働きかけを遮断してしまい、結果的にそういう状態になってしまうのである。


「……にしても、何でそれを言わなかったんだい?」

 コルバートは疑問をぶつける。

「再生ってさ、なんか気持ち悪いと思わない?」

 オキシは本音を言う。元々そのような再生能力のある生物であったならばまだ分かるが、あいにく普通の地球人はそのような再生の能力は持ち合わせていないのだ。

 地球の動物においても、完全な再生を行う生物はそう多くはない。再生能力を持つといえばしっぽの自切をするトカゲが有名だが、実はトカゲの尾は骨までは再生しないのだ。

 素晴らしい再生能力を持つ生物といえば脊椎動物の中ではイモリが有名だろう。それはトカゲのしっぽ再生など比ではない。イモリは四肢を切断しても指先まで完全に再生するのだ。しかし再生能力を持つ彼らでさえ、欠けた部分を完全に再生するには数日かかってしまう。

 一方でオキシの場合は、失った部分が数刻ですっかり元通りになる。常識ではでは考えられない速さで再生する。それこそびっくり生物である。

 そう言う理由もあって、オキシは自分の常識を逸脱した能力は、自身のことであってもどこか不気味な感覚に陥るのである。


「……そうか」

 オキシのその言葉を聞き、嫌なことを思い出させてしまったのではないかとコルバートは思った。

 珍しい能力は迫害の対象になることがある。コルバートはオキシが魔法のない地方から来たと言っていたことを思い出す。そのような未開の地では珍しい能力に対して負の迷信が語られていることがままあるのだ。

 オキシが故郷を離れて旅に出た理由はそこにあるのではないかと、勘違いな方向に解釈した。故郷にいられなくなって、旅に出たのならば過去や自分のことをあまり語りたがらないのも頷けるのだ。


「……お菓子もっと食べていいぞ」

 この話題はもう終わらせた方がいいと、コルバートは懐から次々に菓子を机の上に出しまくる。どこにそんなに隠し持っているのかと、一同が思うほどに。

「……いや、もう大丈夫です」

 甘いものは嫌いではないが、好きというほどでもない。目の前に積まれていく菓子の山に、オキシはどうしたものかと悩む。



「お菓子はこれくらいにして、話を戻さないと。オキシちゃんは襲われた時のこと、あんまり覚えていないんだね?」

 イリジーは話題の軌道修正を図る。そろそろ夜も深けてきたので長々と無駄話はできない。

「はい。気がついた時には傷もだいぶ再生して治っていて……最初は何が起きたのかさっぱりでした。僕は、本当に運が良かったのです」

 気絶していたせいで死にかけていたという実感はないに等しい。しかも、オキシは腕がなくなる、血がなくなる程度では死なない体質のため、どんな大怪我を負っても大した事にはならないのだ。


「運よく、なんとか再生できる程度の傷だったと……なるほど」

 いくら再生能力があろうと怪我が酷ければその力は働かないことをイリジーは知っている。今回の場合、運よく治る程度の傷ですんだのだろう。オキシの持つ能力の特異性を知らないイリジーは、そう思い込んだ。


「ま、何はともあれ、今後どうするか、だ」

 斬ったり何だりの話に翼に寒気が走りぱなしで早めに切り上げたいコルバートは腕を組み、今後について考えている。

 アーゴンがオキシの前に現れた理由の詳しい事はわからないが、まだ目的は果たせていないだろう。となると、オキシを狙って、再びアーゴンが現れる可能性はおおいにありうる。ただし、それは確実性にかけるので、常時監視の目を光らせておくのは難しく現実的ではない。


「とにかく君にとっての最大の対策は、人っ気のないところは避けることですね。君、そういう所によくいるでしょう?」

 イリジーもまたオキシの日ごろの行動をよく知っていた。オキシがよく草原にいたり、人気のない水場や公園の片隅にいるのを知っているのだ。まるで狙ってくださいといわんばかりに無防備で危険極まりないのだ。


「善処します……」

 人気のない場所に危険が潜んでいるのがわかった以上、今までのように観察するのは難しいだろうとオキシも感じた。

 あの殺人鬼が再び現れるかもしれないという危険もそうであるが、それ以上にこの一件のせいで問題になるのは、オキシが一人でいれば声をかけてくる人が確実に増えることである。

 旅人の多い場所で起きたのなら、彼らがこの町を去ってしまえば関わることもないが、あの事件はこの町の住人が多く住む地区で起きた。おせっかいな住人たちが心配して、今まで以上に干渉してくるにちがいないのだ。そのせいで観察に集中できなくなるのは、残念で非常に腹立たしかった。


「すみっこで遊ぶのも程々に、あんまり心配をかけるような行動はしないでくださいね? さて、今日のところはこれくらいにしましょうか」

 イリジーは釘をさしつつ、事情聴取を終了する。そして彼は部屋の隅にある内線で人を呼んだ。あんなことがあった後だ、一人で夜道を歩くのは心細かろうと、イリジーはこれから町へ見回りに出かける者に頼んで、オキシを虎狛亭まで送り届けるよう働きかけた。


 少ししてイリジーに呼ばれた者がやってくる。オキシはイリジーとコルバートに向かって軽くおじぎをして、その者の後について帰途についた。



 オキシが部屋から去った後、イリジーはコルバートに尋ねた。

「そういえば、何かつかめたのですか?」

 オキシが最近まで組合(ギルド)の宿舎にいたことをイリジーは知っていた。宿舎を子供が利用することは稀なので、ちょっとした噂になっていたのだ。子供関連はコルバートの管轄なので詳しいことを知っているだろうと、イリジーは尋ねた。


「目下調べ中。手掛かりを求めて近くの町へ行ってみたが、これといって何も目撃の情報はなかった」

 親や仲間といった同伴者もなく、一人でどこからかこの町に来たのだ。オキシはこれといった荷物も無く、非常に軽装だったので、周辺を調査すればどの方面からやってきたか、すぐに見つけられると思っていた。しかしその認識は脆くも崩れた。目撃情報は、まったくなかったのだ。

 オキシは黒という珍しい色彩を持つので、その町を訪れていたら人々の記憶に何か残っている可能性は高いはずなのだ。

 付近の町での情報が無いとなると、考えうるのはただ一つ、ウェンウェンウェム方面からやってきたという可能性である。


「さすがにウェンウェンウェムまでは気軽に手を伸ばせないからな。あの森は空気が悪い」

 翼ある者とはいえ行動範囲に限度がある。森には旅人を惑わす妖精や、人を襲う魔物もいる。よほどのことが無い限りは行きたくはない場所なのだ。ウェンウェンウェム地方が絡むとなるとコルバートは完全にお手上げだった。


「君が担当者だったのですか」

 オキシとコルバートが顔見知りだった理由がわかった。

「ああ」

 コルバートは頷く。

「しかし、あの場所を一人で、ですか」

 ウェンウェンウェム地方には、休憩できる場所や妖精たちの集落がいくつかあるとはいえ、子供一人で抜けられるほど甘くは無い。


「定期便に乗ってきたのかもしれないが、そっち方面でも今のところ何の情報が無い。とにかく謎が多い。どこから湧いて出たのか」

 運転手が覚えていないだけかもしれないが、子供が一人で国境を超えるほどの旅をしていればいれば目立つだろう。そうなると車に乗っていない可能性もあるのだ。


「謎というよりも不思議ちゃんですよね。普段もあんな場所で何をしているのか、さっぱりわかりません。よほど森の奥地から外へ出てきたか……」

 ウェンウェンウェム地方は未開の地で人間が住むには過酷であるが、まったく住んでいないわけではないのだ。

「仮にそこ出身だとしたら、いっつもすみっこの暗がりや、じめっとした場所にいるのも納得できるかもな」

 コルバートはウェンウェンウェム地方のうっそうとした森を思い浮かべる。もしもオキシがウェンウェンウェム地方から来たというのならば、太陽の光もあまり届かぬその場所が、深い森が広がる故郷の雰囲気に似ているので落ち着くのかもしれない。


「しかし……出身がどこであれ、おそらく良いところの子だろう」

「まさか」

「ああいう細い顎は、柔らかいものを普段から食べていた環境で育つと見られる。食べやすく、よく料理されたものを普段から、食べることができたのは、貴族や金持ちくらいだ」

 人を見る仕事をしているため、顔の特徴を見出すのは得意なのだ。


「でも、あの子はものをほとんど食べないらしいですよ?」

 キセノンがそのようなことを言っていたと、イリジーは思い出す。

「そりゃ、庶民の食べ物なんて固くてよく噛まなくちゃならないんで、顎が疲れて、量は食えんだろう。さっき食べていた菓子も、袋から一個一個ちまちまと出して、しかも食い散らかさないように、器用に食べていたしな。庶民慣れはしているが、所々で所作がお上品なんだよ。あの子は」

 一度身につけた動作は、余程訓練しなくては、抜けないものだ。

「よく観察しているものですね」


「あれは記憶喪失ではなく、本当に分からないのかもしれないな」

 住んでいた場所が違いすぎると常識が通じないということもあるだろう。

 いづれにしろ、この国と文化が異なる場所からやってきたのなら、そういった奇妙な行動も多少は納得できる。


「ま、本人が今、幸せそうで困っていないのならば、俺たちが無理に調べることもないのかもしれないがな」

 時々ではあるがオキシは過去を捨ててきたような雰囲気を醸し出すのだ。本人は隠しているようだが、職業柄そういう人間を多く見てきたこともあり、なんとなく分かってしまうのだ。

 軽い記憶喪失というのは、過去を語らなくてもいいようにするための建前ではないだろうかと。特に故郷に関する情報や旅の目的をあやふやに語るので、余計にそう感じてしまう。

 そういうこともあり、無理に過去を詮索はしないでそっとしておいた方がいいのかもしれないと、コルバートは思う。


「そうですね、私もそう思いますよ」

 イリジーもコルバートの意見に賛成だった。

 二人は部屋の後片付けをしながら謎多き小さな者についてしばし語らった。片付けを終えると彼らはそれぞれの持ち場へ戻る。

 町の住民たちに安心と安全を与えるために、彼らは今夜も働き続けるのだ。

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