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微生物を愛でたいのだよ!  作者: まいまいഊ
1-c『異世界社会生活』
16/59

16・動物のヒトは獣人、植物のヒトは……?

『面妖な……』

 朱をまとった(ふく)を着こなし、揺らめきに染まる肌を持つ精霊は面白いものを見るように、その橙の目を細めた。

「どうした? フェルム?」

 いつもは静かに付き従う精霊が突然口を開いたので、フォスファーラスは精霊の視線を追った。視線の先には、先ほどまで受付にいた爬虫族(レプティリアン)の青年と哺乳族(マンマリアン)の子供がいた。爬虫族の方は何度か見かけたことがある人物なので、フェルムが反応したのは、おそらく黒髪の哺乳族の方だろう。


「あれがどうしたのだ? 何か気になることでも?」

 黒色を持つ者はめったに見ることがない希少種だが、それ以前に人に興味を持つとは珍しいと、フォスファーラスは己の精霊にそう問うた。

「左様、なかなかに特殊な気配を持つ童よ」

 その子供には注目に値する点があった。見た目はすでに確立した個であるのに、まるで生まれたばかりの赤子のように、世界に対して馴染んでいない不安定さを感じたのだ。

「そうか、おまえでも面白いと思うことはあるのだな」

 フォスォーラスはフェルムとは異なり、あまり興味がないと言った様子で受付へ向かう。


「あら、久しぶりね」

 サルファは二人にあいさつをする。

「久しいな。これを」

 フォスファーラスは、己の登録証と証拠となる魔物の部位が入った瓶を提出する。

「はい、確かに受け取りました。壊れやすいので採取がなかなか大変だったでしょう?」

「これくらい、何ということはない」

 魔物を倒したと言う証拠は、魔の特徴がよく現れている部位を採取することが基本である。魔物の残す遺留品、それがその魔物を倒したという証拠になるが、魔物によって残していく部位や壊れやすさが異なっている。さらに魔物は様々な毒を有するので、正しい扱いが求められるのだ。

 魔物討伐の難易度は強さや生息地といったもの以外にも、扱いやすさも関係してくるのである。

 中にはどんなに倒しても全てが塵となり、ほとんど何も残さず消滅してしまう魔物もいるが、そう言う魔物は森の奥に住み、人里近くで見かけることはまずない。

 人に害をなさない生物は基本的には討伐の対象にならない。そう言う類の魔物の駆除依頼が出ることはほとんどないと言っていい。

 証拠の部位がなくとも退治したことを証明する方法はいくつかあるが非常に時間がかかるため、大抵の場合は死骸の一部を適切な保存の魔法がかけられた瓶に入れ、証拠としているのである。


「最近、魔物の被害も増えてきたわね。十二年前みたいに大量発生なきゃいいけど」

 規模の大小の差はあるが、魔物は定期的に大量に発生する。その周期は詳しくわかっていないが、数年から十数年周期でそれはやってくるのだ。

 サルファは今の仕事についたばかりの頃を思い出す。就任早々、大量に報告される魔物発見情報の整理や、運ばれてくる魔物の鑑定に、夜も眠れぬ日がしばらく続いたのだ。

「魔物は、地道に減らしていくしかないだろう」

「そうね、みんなには頑張ってもらわないと。頼りにしているわよ、フォスさん」



 魔物の鑑定をこなしながらもサルファは、彼の精霊がオキシを目で追っていることに気がついた。

「……もしかしてあの黒髪の子が気になるのかしら?」

 サルファはフェルムにそう語りかけるが、フェルムは沈黙を貫いている。あまり多くを語るような精霊ではないのだ。

「相変わらず無口なのね」

「すまないな、こう見えて恥ずかしがり屋なのだ」

「フォスさんが謝ることはないわ。あの子はね、さっき登録していた子よ。かわいいよね」

 サルファはにこやかにそう語る。

「あんな子供よりも、サルファ、君の方がかわいいよ。今晩、どうだい? 一緒に食事にでも行かないか」

 フォスファーラスは、彼女の勤務時間を把握している。今日は夕方にはあがることを知っていた。

「フォスさん、あなたにはたくさん(・・・・)の恋人がいるでしょう。その()たちと行ったらどう?」

 皮肉を含んだ言いまわしで言葉を投げかける。

 彼の種族は木犀種(オスマンタシー)。動物のヒトである「獣人」ではなく、植物のヒトである「樹人(じゅじん)」だ。彼らの種族は生涯を多くの異性と共に過ごす、恋多き者なのだ。彼との関係は一夜のこともあれば、一生涯続くこともある。基本的に、来るものは拒まず、去るものは追わずなのだ。


「君が一番(・・)であると、いつも言っているだろう?」

 フォスファーラスは、迷いなく自信たっぷりに、そして意味ありげに赤い唇をして笑む。サルファのいうように彼に何人もの恋人がいたとしても、その言葉を発した時、フォスファーラスは間違いなくサルファを一番に思っているのだ。

「さて、どうかしらね。食事だけよ?」

 まんざらでもない様子で、サルファはその誘いにのる。

「そのあと、そのまま愛しあってもかまわないのだが?」

 フォスファーラスの赤い瞳に、情感のこもった微笑が揺らめく。

「それは駄目よ。こんな昼間から、何を言っているのかしら?」

 彼女は「うふふ」と表情をゆるめた。

「わたしはいつでも歓迎するぞ?」

 フォスファーラスも、にやりと笑み返す。

「戯れはこれくらいにしておいて、いつもの場所で待っているからな」

「わかったわ」

 約束を無事に取り付け、全てを済ませフォスファーラスは去っていく。


「なんであいつばっかり」

「サルファちゃんと、うらやましい」

「誘う勇気もないくせに……君たちはいつも妬んでばかりだね、ぬふふ」

「なにを」

 ひそひそと待合室の人々はささやきあう。そこは嫉妬の嵐に包まれていた。これもまた、いつもの風景である。

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